第4話 時間厳守

「あらあら、あの方、亡くなったんですねえ、残念だ、せっかく教訓をえたのに」

 スグルという男が万屋にやってきたのは、ずいぶん前の事だ。だが当人はここに入り浸りになっていることを“都合よく”忘れているようだったが。

「今日はどうなさいます?」

「ああ、そうだな“生き写しの鏡”を頼む」

「そうですか、でも、あなたのような妙な扱い方をする人は、そうそういませんよ、生きている人を映す鏡ではありませんからねえ」

「何かいったか?」

「い、いえ何も」


 スグルは、とある会社で働くバリバリの仕事熱心な中年男性だ。やせ型で、常に口をまげて、厄介ごとがあるとこめかみに力をいれるクセがある。ずいぶん昔のドラマでよくみた俳優のようだった。


 スグルには悩みがあった。その悩みのため、心霊万屋にきては“心の治療”に当たるのだという。ここがふさわしいと彼がいうのなら、必要なのは心療内科ではなくここなのだろう。今のところは。


「すまなかった、タケル……」

 スグルの少し後に会社に入社したタケルは窓際社員だった。成績も振るわず、人気もなく、ほとんど仕事に熱中する事もなかった。だから、放っておいたのだが、上層部の締め付けがきつく、部長であったスグルは仕方なく彼の指導を強くしていった。


 今までは、何てことはなくそれとなく接してきた。というのも彼は大学の後輩で、大学時代はずいぶん仲が良かったからだ。この会社を選んだのだって、きっとそういう理由からだろう。だが、助けてやる事はできなかった。何事も、本人のやる気次第だ。


 時間を見つけては、タケルの手伝いをした。しかし、ほとんど自分でやったほうが何倍もうまくいく。しかし、それも彼の為だとおもった。だがある時、タケルがあまりに仕事が遅いので叱責してしまった。

「お前やる気があるのか、ないのなら辞めてしまえ!!」

 周囲の目線を感じたが、しかし、皆スグルに同情的だった。


 しかし、それもタケルがその一週間後に自殺するまでの話だった。今はもう、何もかもパワハラや、セクハラ、モラハラになってしまう。むしろ力あるとされてきた側さえも怯えるほどだ。もちろん場合や状況によるだろうが。スグルは徐々に会社に居場所をなくし、居心地が悪くなっていった。


 自宅に帰ると、パソコンを開き、タケルのしていた仕事、タケルのしぐさ、行動を模倣する。意味がない事はわかっている。もう、犯してしまった罪はふりだしにもどせない。“彼は死んだ”のだ。


 だがそうするしかない。彼になりきり、彼の意志を自分に憑依させる。万屋のハミラからかりている”鏡”にはその力がある。鏡の中に映るタケルが私に指示をだし、そして、私の体に乗り移り、パソコンを動かす。


 しかし、その日は妙だった。いつもしている仕事や、持ち帰っている仕事の処理ではなく、奇妙なエロサイトや、ゲームを起動して遊び始めた。

(そんな、タケルがこんな事をするはずがない、私はずっとみていた、あいつはそこまで落ちぶれた奴じゃない、あいつは……謝っていたじゃないか“あなたの時間を無駄にしてもうしわけない、あなたの貴重な時間を無駄にして”)

 そして、私は耐えきれず鏡に向かって叫んだ。

「どうしたんだ、お前は本当にタケルなのか?」

 そして、鏡をみていると、タケルの姿は変わって、自分の顔が浮かんだ。どういう事だ?自分の顔を見て驚いた。鏡の中に移っている自分の姿が、スグルという男の姿が、むしろタケルにかぶって、まるで幽霊のように半透明に存在している。そしてスグルが口を動かした。

「この鏡は、亡霊を映すだけの唯の鏡さ」


 すぐに万屋にいそいだ。

「おい!!ハミル!!どういう事だ、私とタケルがいれかわっているじゃないか」

 ハミルはいった。

「ええ、そういう約束ですよ、もともとあなたが“タケル”です、あなたは自分がスグルだと思い込む事で現実逃避されていたので、しかし、稼ぎも少ないあなたのために、安く“暗示”にのめりこめる鏡をレンタルにだしたのです」

「どういう事だ、私は、私は一時一時を大事にして生きる、バリバリの仕事人だぞ!!」

「ええ、そういう“設定”に逃げたかったのでしょう?タケルさん、あなたが責められたとき、あなたは、ひどく落ち込み、そして精神科に通っていることを白状し、上司を糾弾した、上司のスグルさんをね、スグルさんは調子を崩し、その一週間後になくなったのです、あなたは自分の怠惰と精神科に通っているという嘘によって、パワハラを告発し、上司を追い込んだのです」

「そんなわけがない、そんな訳が、私は時間を!!」

「ええ、大事にしていたでしょ?くだらないゲームやエロサイトをひらいて、上司やほかの人が通る時にだけ、画面を切り替えた、それがあなたの“仕事”です、ですが問題はないのです、あなたさえ心をいれかえれば、これからじゃありませんか、上司もそうおっしゃってますよ」

 鏡を取り出し、覗いた。しかし、タケルは鏡を思い切りたたき付けると、その場を後にしたのだった。


 スマホには、飛び降り自殺の文字。ハミルはたぐいまれな霊感により、その文字から誰が無くなったか知る事ができた。

「耐えられなかったのか、自責の念に……」

 ハミルは、スマホをスワイプし、次の欄を読み進めた。














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