第33話 私は――

「私は魔法庁の職員で、そこにいる彼女――ファイやスノーの上司にあたる人間。今回の怪人達による大規模な襲撃。その被害を最低限に食い止めることができたのは君のお陰になります。こんな場所になりますが、魔法庁を代表をして、感謝させて頂きます。貴女のような少女に、このような負担を強いたことを」



 魔法庁の職員という米山の言葉に、固まる自分。

 確かにこの体になってから色々とあったが、別にそれ自体を苦に思ったことはない。



「――大丈夫です……。『私』がやりたいと思ったことですから……」

「そう言ってもらえて助かるわ。でしたらこの話はここで終わりとして……一つ提案があるけどよろしいかな?」

「提案……?」



 嫌な予感がする。思わず掛け布団を強く握りしめて、米山の次の言葉を待つ。



「――クロさん。魔法庁の保護を受けませんか? 今までの貴女の活動を観察した結果、貴女が置かれいる状況は非常に危ういものだと認識しています。何か困りごとがありましたら、相談を受け付けます」



 保護。その言葉が意味するということは、自分に関する全ての情報が筒抜けになってしまう。

 肉体が少女のものに変化したせいで、生活面で多くの支障が発生していた。アパートの家賃問題。家族や友人への連絡。

 魔法庁という大きな組織の理解や補助を受けることができれば、それらの問題は解決する可能性はある。



 しかし信じられるだろうか。男が女になる。

 怪人や妖精。魔法が現実に存在するとはいえ、中々信じ難いではないのか。

 何よりこの事実を知られれば、ファイに幻滅され距離を置かれるのではないのか。



 急に黙り込む自分に、ファイがこちらを心配そうに覗き込んでくる。

 そうしていると突然右手がファイに握りしめられる。

 大丈夫。この人なら受け入れてくれる。

 そう信じることができた。



「問題ないでしょうか……?」

「はい……ですが『私』の身に起きたこと。少し長くなりますけど……」



 そうして自分は語り始めた。長いようで短い、少女になってからの出来事を。





「――以上になります。『私』が経験したことは」



 一時間程の時間を要して、自分の身の上に起きた出来事について語り終えた。

 米山やファイの反応は気にせず、話し続けた。

 少しでも意識が逸れると、話す意志が折れてしまう気がしたからだ。



「――――」

「…………」



 二人の反応は沈黙だ。どう思っているのかは不明で、この先の自分の処遇もどうなるかは分からない。



 怪人であるクロと融合し、魔法を継承した自分はどのような扱いになるのか。

 怪人として討伐されるのか。希少なケースとして実験或いは飼い殺しにされるのか。



 最悪の場合だけ考慮して、いつでも変身できるようにしておく。



「そうですか……。魔法の存在がありますからあり得ない話ではないけど……あの魔女の怪人との融合……」



 米山の方は現実的に脳内で検証しているようだ。

 小声で無意識に考えている内容が、口から溢れ出ている。



「信じてくれますか……? 自分でも言っても現実味がないんですけど……」

「いいえ、白さん。魔法庁の職員として色々な人を見てきました。貴女が嘘をついていないことは目を見たら分かります」



 真剣な面持ちで言い切った米山。

 一方のファイの反応は――。



「クロちゃん――いや白さんでいいのかな……。私達より年上だったんだ……」

「ごめんなさい……騙すようなことをして……」

「ううん、別に怒ってる訳じゃないの。少し驚いているだけ。白さんには何度も助けてもらった訳だし、それに困っていることも聞けたから。私で良ければ、力になりますよ?」



 ある意味予想通りであった。

 彼女は優しい人物だ。嘘をついていた自分でも受け入れてくれる。

 そのことはこれまでの交流、そしてクロの記憶の中の一つ。

 それを共有した自分であれば、この結果は予測できた。

 それでも彼女自身の言葉で聞けると、安心感や幸福感が段違いだ。



 思わず顔が緩んでしまう。

 ファイの方はともかく、魔法庁もこんなにあっさりと受け入れてもらえるのであれば、逃げ回るように活動しなくて良かったのかもしれない。

 まあ、もう過ぎた話だが。



「――一つだけお願いしていいかな……?」

「別にいいけど、何ですか? 白さん」



 本命の課題はクリアすることに成功した。これで今後の生活面に関しての問題はある程度は解決するだろう。

 だから、この頼みごとはただの個人的な感情に因るものだ。



「今は見た目も小さいままですし、よかったらこれまで通りに接してもらってもいいですか? 何だか年上として接されるのも、違和感がありますので……」



 あはは、と乾いた笑い声が続く。自分の頼みごとに対して、ファイは笑顔で答えてくれた。



「私もそれで……白さん――白ちゃんがいいのら喜んで。でもその代わり私のことも名前で呼んでもらってもいいかな?」

「う、うん……」

「ありがとうね。それで私の名前は理恵。柏崎理恵」



 そう名前を告げたファイ――理恵の表情は、自分が今まで見た中で一番魅力的なものであった。

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