第29話 新たなる波乱/二度目の別れ

「――お■達、早く戻■」



 吸血鬼の怪人は他の怪人達に指示を出し、いつの間にか出現していた門の方へ誘導する。辺りに散らばっている肉片の回収は忘れずに行われていた。

 悪魔の怪人をクロ――魔女の怪人の魔法『ネクロマンサー』で傀儡にするためだろう。



 しかし術者が意識を失っているのに、ここまでの自由意思を見せるとは。改めてクロの魔法に対する認識を改める。



 クロを抱えたまま吸血鬼の怪人は、ゆっくりとした足取りで、こちらに近づいてくる。

 私は警戒する気力も起きず、会話に応じようとした。けれど、一つの懸念がある。妖精であるアイスマンの存在だ。

 争い合う関係にある妖精と怪人。そこにどういった理由があるのかは、一切不明。

 そんな状態の彼らをもう一度話し合わせるのは危険ではないか。いくら吸血鬼の怪人が、他の怪人と違いクロの魔法の支配下にあるとはいえ。



「――魔法少女。別■気にするな。以前■■うあれ、今は主に仕■る忠実な下僕だ。主が争■意思がない以上、私■それに従うまで。そちらがど■■は知らんがな」

「――今の所こちらにも争うつもりはない。この問題は一妖精の管轄をとうに超えている。妖精王様の判断を仰がなければ」

「――妖精王?」



 若干剣呑な雰囲気になりながらも、問題なく会話を進む二人。その内容の中で聞き慣れない単語が耳に入り、つい言葉を挟んでしまった。



 ――妖精王。言葉からの印象では、妖精のトップという感じだろうか。厳格そうな、年老いた男性のイメージしか湧いてこない。



 私のその言葉に、吸血鬼の怪人は意外といった表情を見せる。



「――おやおや、最近の魔法少女は妖精のことに関して、あまりご存知ではない様子だ。よほど知られると不都合が多いようだな」

「――――」



 嘲笑を浮かべながらの吸血鬼の怪人の言葉に、反論せず沈黙を貫くアイスマン。暗に肯定しているようなものだ。

 つまりアイスマン――妖精には、魔法少女に知られることで悪影響がある情報が開示されていないということになる。



 魔法少女としての決して短くない活動期間を共にしてきた相棒。命を預け合う関係にあり、それなりの信頼を置いていた存在は、今や得体のしれない別の何かに見えていた。



 私からの疑惑の視線に気づいたアイスマンは、言葉を発する。



「――黙っていたことは謝る、スノー。元々魔女の怪人がどういった経緯で魔法少女の真似事をしていたのか不明だが、遅かれ早かれこうなっていただろう。場所を設けて説明させてもらおう」

「――その話し合い、妾も参加させて頂いても?」



 アイスマンの言葉に被せるように、一人の女性の声が響く。

 鈴を転がすような、脳髄を犯すような、蠱惑的な声であった。



 何もない闇。虚空に霧のような魔力がどこからともなく現れて、一体の人型を形作っていく。

 そして現れたのは、怪人であった。

 傾国の美女。九尾の狐。

 その怪人を見た時に、私に浮かんだ単語はそれであった。

 人と獣。それぞれの特徴を合わせ持ちつつも、それらの要素が反発することなく、見事に調和していた。



 その類まれなる美貌を右手に持った扇子で隠しつつ、微笑みを浮かべている。



 その怪人の姿を見て、吸血鬼の怪人は言葉を溢す。



「――久■■りだな、九尾の怪人」

「――そっちこそ、久しぶりよな。吸血鬼はん」





 ――ああ、自分はこのまま死ぬのであろうか。



 曖昧な意識のまま、暗闇の中を揺蕩う。

 記憶が朧げだ。

 悪魔の怪人に魔法『堕落への誘い』を使用されて、それから一切の記憶がない。

 唯一覚えているのは、自分が関心を寄せていた魔法少女――ファイが腹部から血を流している姿であった。



「――うっ……!」



 それを思い出したことをきっかけに、意識がはっきりと覚醒する。

 慌てて辺りを見渡す。どこかで見たような景色。色合いこそ違えど、この摩訶不思議な空間は、あの日自分が文字通り生まれ変わった時に見た――。



「――シロ。久しぶりだね」

「――もしかして、クロなのか!?」



 もう二度と会うことがないと思っていた姿。

 家族と言っても過言ではない存在――愛猫のクロがそこにいた。



 前回力を授かった時のように、現実離れした空間で言葉を交わすことができている。

 そのあり得ざる奇跡に、今はただ感謝の気持ちしか出てこない。



 色々と湧き上がってくる感情を押さえ込んで、唇を噛み締める。



 そんな自分の様子をクロは、優しい眼差しで見守ってくれていた。



 時間がどれだけ経っただろうか。小さい手で目を擦り、頬を伝う涙を拭う。

 夢のような空間だ。体は元の男のものに戻してくれてもいいだろうに。これでは格好がつかないではないか。



「落ち着いたかい?」

「う……まあ……ある程度は……」



 自分が冷静に戻った頃を見計らってクロが声をかけてきた。それに対して、一番確認したいことを尋ねる。



「お姉さん……ファイは無事なのか?」

「――ああ、彼女なら大丈夫だよ。後もう一人の子もね」

「もう一人……もしかしてアンのことか!?」

「名前までは分からないけど、多分その子のことで合っていると思うよ」

「良かった……」



 生きていた。ファイが、アンが。

 自分の弱いせいで、取りこぼしてしまったと思っていた二人の生存が確約された。

 その事実だけで、自分は救われる。



「シロを虐めた奴も、もう倒しておいたよ」

「えっ!? クロって、そんなに強かったのか……」

「いやあ、それほどでも……」



 照れたように前足で顔を掻く仕草をするクロ。それだけの動作を見ていると、まるで過去に戻ったようだ。

 何も考えず、クロと過ごしてきた日々に。



 クロが小声で「確かあの蝙蝠野郎……ボクも殺してくれたよな……もっと痛みつけていれば……」と物騒な内容が聞こえてきたような。

 気のせいだよな。



「……まあ、感傷に浸っている所悪いけど、ボクの意識がこうやって残っているのも、後ちょっとだけなんだ」

「そんなこと言わないでくれよ……! せっかくこうやって話ができたんだ! 何かお前も生き返る方法を……!」

「――シロ」



 聞き分けの悪い生徒に言い聞かせるような、柔らかい嗜める口調。



「前にも言ったと思うけど、ボクは君――君達から色々なものをもらった。だから、もういいんだ。それに図々しく生き返るには、少しボクは他の命を奪い過ぎた。怪人も魔法少女も関係なく」



 その言葉に言い返すこともできず、黙り込むことしかできない自分。

 だが、感情が否定している。もう離れたくないのだ。家族と等しい存在と。



「――クロ……」

「――シロごめんね……。もう一度話せてよかったよ。これからはボクの知識と記憶がシロに力を貸してくれると思うから」



 そんなクロの言葉を最後に、自分の意識は暗転していった。

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