第28話 魔女狩りの終焉

 吸血鬼の怪人の後を追いかけて、もう一つの戦場――クロがいるはずの場所へと向かった。

 あの場に置いてきたファイと少女に関しては、魔法庁の方に緊急の連絡を入れて、保護を申請している。



 魔法庁の職員が到着するまでの安全は、アイスマンに使用してもらった魔法『アイスウォール』で、ある程度は保証されている。

 正直な所、先ほどのアイスマンと吸血鬼の怪人の会話内容を考えれば、アイスマン――というよりかは、妖精全体が信用しにくいのだが。



 どちらにせよ魔法少女としての力を行使するには、アイスマンの協力は不可欠であるため、問いただすのは後だ。



 そして追いかけた私が目にした光景は、想像を遥かに超えるものであった。



「――嘘でしょ……圧倒的じゃない……」



 羽の生えた醜い小型の異形。それが何十と集り、手で、爪で、一つの何かの肉体を雑に解体していた。その様は、まるで鳥葬のようだ。

 ――いや、その表現は鳥達に失礼だろう。自然界に生き、餌を得るための行為が人間側から見て、そう判断されるに過ぎない。

 小型の異形達が行っているのは、あくまで遊び。生存のために、糧として喰らうという、生き物の営みからは程遠い。



 その集団の中に、赤鬼の怪人はいた。得物である金棒を振り上げ、力強く下ろす。その動作を、何度も、何度も。その度に粘着質な肉の弾ける音が響く。味方であるはずの小型の異形を巻き込むことも厭わずに。

 振り下ろされている対象は、小型の異形達が集る何か。その正体は一体何であろうか。



 状況を考えれば、思い至るのにはさほど時間はかからない。クロが洗脳から解放され、その手駒である怪人の支配権が無事に戻っていた。

 その上で集団で暴行を超えた仕打ちを受けているのは、悪魔の怪人しかいない。



 こちらから見えるだけでも、既に悪魔の怪人の肉体は原型を留めていない。一瞬酷いと思いそうになったが、この惨状を招いた本人なのだ。妥当な末路だろう。



 そして凄惨とも言えるこの光景も、魔法少女として活動している以上、似たようなものは何回か見る羽目になり、多少の耐性はついている。それが良いことなのかは分からないが。



 この怪人達を操る主の場所はどこか。視線を動かし、その姿を探す。数秒の時間をかけて、目的の人物を捉える。



 黒色の衣装に、禍々しい杖。傍に吸血鬼の怪人を控えさせている少女――クロは冷めた目つきで、悪魔の怪人がボロ雑巾を通り越した肉片に変貌していくのを眺めていた。

 その様子には、先ほどまでのような機械的な無機質さは感じられない。しかし今の彼女には全く別種の異様さがあった。

 読み取れた感情は、怒り。大切な物や人を無下に扱われてことに対する激情。そういった類のものを、クロから感じ取れた。

 一見無表情を取り繕うとしているが、胸の奥から溢れる感情を抑えきれていない。



 偶に怪人討伐の現場で会う際の彼女とは、雰囲気が異なっていた。普段であれば、大人ぶろうとしつつも、年相応な仕草や態度が所々見られる少女なのだが、今はまるで別人のようだ。



 まだ洗脳による影響が残っているのか。そう思いながらも、クロに声をかける。いつまでも、戸惑っていても時間の無駄でしかならない。

 傍の吸血鬼の怪人は近づこうとする私には無関心のようで、特に反応はない。



「――クロ、貴女大丈夫だったの?」

「――ん? 君は……確かスノーだったかな……。すまないね。見ても分かると思うが、今取り込み中でね……」

「……貴女誰なの……?」



 その言動に、疑心が確信に変わる。この少女は私達が普段接している『クロ』ではない。

 術者である悪魔の怪人があの有様である。魔法による洗脳は、とっくに解けているのが普通のはずだ。



 私の不信感に感づいたのか、目の前の少女――クロの皮をした誰かは答える。



「――ああ、こうやって君と会話をするのは初めてかな。『ボク』は君達が言う『魔女の怪人』だよ。シロがいつもお世話になってるね」



 さらりと、とんでもない内容の宣言をされた。

 確かにここに来る前の米山さんの話で、クロと魔女の怪人には関連がある可能性は示唆されていたが、本人の口からこうもあっさりと言われるとは――。



 それよりも、何故クロの体で魔女の怪人の意識があるのか、『シロ』とは誰のことなのか。

 聞きたいことは山程ある。その旨の質問を投げかけた所、魔女の怪人は口を開く。



「――それも答えたいんだけど、今の『ボク』の意識があるのも、一時的なものだから全部の質問に答えるのは難しいかな……。だけど今回の件で『ボク』の持つ知識や記憶は、シロ――君達がクロと呼ぶ子に共有されると思うから。目が覚めたら、クロに聞いてみてほしい。そこの――というより妖精全体には不都合なことが多分に含まれるかもしれないけど、よろしくね?」

「――よろしくね、って……気軽に言ってくれるわね……」



 言いたいことを全部喋り終えた魔女の怪人は、電池の切れた機械のように気絶した。

 そんな彼女を吸血鬼の怪人は優しく抱きとめられた。



 私はこれから起こるであろう事態を想像して、頭を押さえ、深くため息を吐いた。

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