第30話 九尾の怪人

「――久■■りだな、九尾の怪人」

「――そっちこそ、久しぶりよな。吸血鬼はん」



 ――九尾の怪人。突如現れた怪人を指して、吸血鬼の怪人はそう言った。

 人間に近しい容姿。けれど決定的に異なる部分、頭部に生えた狐耳。時折動くことで、それが作り物でないことが察せられる。



 発せられる魔力。少しの隙をみせない佇まい。

 それだけで、この九尾の怪人が先ほどまで戦っていた赤鬼の怪人に匹敵するレベルだろう。

 吸血鬼の怪人は主君であるクロを庇える体勢に入りつつ、九尾の怪人の様子を伺っている。表面上余裕の笑みを浮かべながらも、警戒を怠っていない。



 その様子を見て、九尾の怪人は益々その端正な美貌で、可笑しそうに笑い声を溢す。

 その何気ない仕草一つをとっても、同性の私から見ても、女性的魅力が感じられた。



「――最近の魔法少女も、可愛い娘がおるようではないか」

「――っ!」



 九尾の怪人の視線が、私に向けられる。その瞬間、九尾の怪人から目を離せなくなり、意識が遠く感じられ――。



「――いき■■誘惑か。節操がな■な、貴様は」

「――許してほしいわぁ。ついつい癖でなぁ」



 急激に意識が覚醒する。どうやら九尾の怪人に何かしらの魔法を行使されていたらしい。

 吸血鬼の怪人の一言で中断した辺り、あちらには攻撃の意思はなく、戯れの一つに過ぎなかったようだ。



 突然意思に影響を与える魔法。先の悪魔の怪人を連想させる効果。脅威度Aを優に超える怪人達には、精神を自在に操る魔法が標準装備なのだろうか。



 あっさりと魔法にかかった自分自身の弱さと、九尾の怪人の強さ、その一端を身を以て知ることになった。



 呆れたように言う吸血鬼の怪人に、九尾の怪人は相変わらず小さな笑い声を上げるのみ。そして私から視線を逸らすと、再び吸血鬼の怪人の方に向き直る。

 いや扇子から覗く目線は、吸血鬼の怪人が抱きかかえる少女――クロに向けられていた。



「――この少女が魔女はんの力を受け継いだと……。あの人の考えていたことは最後までよう分からなかったけど……他者を思いやる気持ちまではなくなってなかったようやわぁ」



 クロに向けられた視線には、それまでの玩具を見るような嘲り地味たものが混じっていない、純粋な慈しみが感じられた。

 まるで旧知の仲に会ったような感じであった。九尾の怪人と魔女の怪人との間に、過去何があったのか。第三者の私には想像することしかできない。



 これまでの九尾の怪人の印象がひっくり返る。

 他者を弄ぶ悪女としての側面。

 実際それは間違いではないのだろう。現に彼女の魔法の凄まじさ、その片鱗を直接体感した。

 怪人としての階級は、脅威度A以上に分類されるに違いない。



 けれどクロに対する態度からは、そういった怪人としての在り方ではなく、同胞を気づかう人間と何ら遜色ない印象であった。



 ――怪人にも、人間とそう変わらない存在なのかもしれない。



 そう考えてしまい、万が一の時に私は彼女に武器を向けることができるだろうか。

 そんな懸念を抱いてしまう。



「――スノー。信頼を損ねている私が言うのもあれだが、彼女に関しては問題ないだろう。堂々とこの場に現れたんだから。向こうにも争う意思はないに違いない」

「そこの妖精さんの言う通りやわぁ。妾は話し合いに来たんよ」



 肯定を返す九尾の怪人。タイミング的に、てっきり仇討ちか何かでやって来たのかばかりと思っていた。

 しかし怪人が人間側、ひいては妖精側と話し合いとは妙な話だ。

 何か裏があるのか。今更平和的思想に目覚めたのか。

 疑念は尽きない。



「――まあ、疑う気持ちも分からくはない。妾達怪人と、お主ら人間と妖精は敵対関係にある。手を取り合うことは不可能。そう思っておるのやろう?」



 九尾の怪人は続けて、言葉を紡ぐ。



「――少し事情が変わっての。先ほどまでお主らが戦っていた怪人――悪魔はんの魔法。『堕落への誘い』やったか。自分の死をトリガーに、妾と数名を除く怪人が対象になっての。今の所は別の怪人が食い止めておるが、そう遠くない内に大量の怪人が襲来に来るであろうよ」

「――それを私達に教えてどうしたいの? 黙って見ていれば、貴女達怪人の一人勝ちじゃない」

「――妾達とて無駄死にしたい訳ではない。そもそも怪人が何故妾達がお主らと争っているか、知っておるのか?」

「――知らないわ」



 吸血鬼の怪人とも似たような会話もした。いったい何があったら、種族間で命を奪い合う争いまでに発展するのか。

 いい加減私が聞きたい所だ。



 私の返答に、呆れたような反応の九尾の怪人。



「――そうか、やはり知らぬか。妾から説明してもいいが、そうすると魔法少女と妖精との信頼関係に罅を入れることになりかねないからの。どちらかの存在が欠ければ、魔法少女としての力は扱えん。妾も積極的に戦力を削り訳ではないからの。一旦、妾から言いたいことはこれですべて。また時が来れば、こちらから顔を出すとしよう」



 そう言葉を締め括ると、姿を一瞬にして消す九尾の怪人。張り詰めいた空気が弛緩する。

 吸血鬼の怪人は警戒態勢を解いたようだ。私も大きく深呼吸をして、神経を落ち着かせる。



「――九尾の■人は帰ったか。しかしあの話が本当であったと■たら、大分面倒なこ■になるな」



 ――あの話。悪魔の怪人の魔法に、洗脳された怪人の軍勢による侵攻。

 規模のでか過ぎる話で、一魔法少女の私にどうこうできる領分を超えている。

 けれど、無視できる類の話題ではない。一刻も早く魔法庁に帰還して、報告しなければならない。



 ――だが、その前に確かめる必要なことがある。



「――怪人と妖精。そして魔法少女。それらに関する秘密を全部教えて」

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