第26話 魔女の怪人③

「――お姉さん?」



 口から気の抜けたトーンで、言葉が吐き出された。

 頭の中にかかっていた靄が晴れたような感覚と共に、意識が覚醒する。

 そんな自分の前に映し出された光景は、先ほどまで以上の地獄のような光景であった。



 会いたいと思いつつも、無意識内に避けていた少女――ファイが腹部から大量の血を流して倒れている。

 早く行動を起こさなければならない。そう頭で理解しながらも、体が動こうとしない。

 こうしている間にも血が流れ続け、ファイの命が散ろうとしている。



「――思ったよりも期待外れだったが、まあ仕方ないだろう。また傀儡共の補充をしてもらわねば――」



 ファイに致命傷を負わせた本人――悪魔の怪人が何かを喋っている。

 しかしその内容は全くといっていいほど、頭の中に入ってこない。

 今の状況に至るまでの過程は、さっぱり不明だ。

 けれど、理解できたことが一つだけある。



 ――悪魔の怪人を殺さねばいけない。

 殺意。ただ一つの衝動に支配される。

 意識が別の誰かに切り替えられる感覚と共に、魔法の使用が更に洗練されていくのを感じる。



「――魔法発動『ネクロマンサー』」



 連戦に続く連戦で枯渇寸前の魔力を総動員して、魔法を使用する。あの門を通した先にある謎の空間から引き出せる死体はもうない。

 だが周りには、一度魔力切れで操作から外れた怪人の肉体が多く転がっている。



 その中で手近にあり、性能の高い怪人を再起させる。終わったはずの偽りの命を再び吹き込む。



「――あ■、主よ。よう■■お目覚めにな■れましたか。な■ば忠臣足る者、一働きし■■せましょう」



 その対象は吸血鬼の怪人。完全な意識外から行われた魔法行使は、完全に油断をしていた悪魔の怪人に強烈な一撃をお見舞いできる機会を作った。



 辺りに散らばる大量の血液。それを魔力で操り、一本の剣を作り上げる。普段であれば無数の剣の作成、操作に、魔力及び集中力を使う。だがその全てが一本の剣にのみ集約された時、絶大な威力と速度を得る。

 そしてその切っ先が向けられたのは、悪魔の怪人であった。



 通常であれば、絶対に届かない一撃。

 しかし、悪魔の怪人の油断と吸血鬼の怪人の渾身の魔法。その二つが重なり、悪魔の怪人の右腕を吹き飛ばすことに成功する。



「ぐ、がぁ――」



 何事が起きたのか理解が追いついておらず、激痛を堪えるかのように声を洩らす悪魔の怪人。断面を押さえ、辺りを見回しやがて状況を飲み込んだようだ。



「き、貴様……いつの間に吾輩の洗脳を……!」

「黙っててほしいな……今の『ボク』は冷静じゃないからさ……さあ、好きなだけ喰らえ――キメラ」

「Guuu■■u……!」



 『ネクロマンサー』の応用、蒐集した肉体同士を繋ぎ合わせることで生み出される複合生物。少し距離の離れた場所で隔離されていたその生物――キメラが自慢の爪を以て、悪魔の怪人に襲いかかった。



「ぐっ……!」



 これ以上の負傷を恐れた悪魔の怪人は無事な左手から魔力を雑に放ち、キメラを牽制して距離を取る。

 そして悪魔の怪人はそのタイミングで、残していた異形達との魔力的パスが切れたことが察したようだ。

 


「貴様……! 吾輩の手勢まで取り込みよって……!」

「悠長にしていてくれたお陰で、十分時間をかけることができたよ……。流石の君でも、その傷でこれだけの数を相手にするのは厳しいんじゃないかな?」



 悪魔の怪人を取り囲むように現れたのは、赤鬼の怪人、吸血鬼の怪人を始めとした、『ネクロマンサー』の制御下にある傀儡達。そして、一体のキメラ。

 その中には、悪魔の怪人が召喚した異形達の姿もある。

 先ほど意識を取り戻した段階で、赤鬼の怪人に遠隔で指示を下し、残っていた悪魔の怪人の取り巻きをまとめて『ネクロマンサー』の影響下に置くことができた。



 数の有利は覆り、相手は手負い。包囲はほぼ完全であり、このまま戦闘にもつれ込めば、こちらの勝利は揺るがないだろう。



 その前にファイと、赤鬼の怪人に重症を負わされた少女――アンの安全を確保しなければ。

 一番自我がはっきりとしている吸血鬼の怪人に命令を与える。



「――お姉さんとあの子を安全な場所まで運んで。二人に変なことしたら、二度と呼び出さないから」

「もちろ■■すとも。そ■辺は重々承知■■おります」



 吸血鬼の怪人は包囲の輪から離脱。その後二人を遠くに連れていく。恐らくだがファイと一緒に来ていた魔法少女と合流するのだろう。

 その魔法少女が無事であることも、赤鬼の怪人を通して把握している。

 吸血鬼の怪人の血を操る魔法で、二人に対して応急処置を施すことが可能だ。緊急を要することには変わりはないが、一先ずの安全は確保できた。



 残るべき問題はただ一つ。この状況を作り出した愚か者だけだ。



「じゃ、さっさと殺ろうか。『ボク』の気が済むまでボコボコにしてあげるから。シロもお世話になったようだし、お前には前回の借りが残っているからね」

「貴様……もしや……!?」



 静かに、けれど確かに宣言する。



「――『ボク』の家族を傷つけた対価はしっかりと払ってもらうよ」

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