第25話 魔女の怪人②

 赤鬼の怪人をスノーに任せた私は、クロの前に躍り出る。相変わらず、彼女からの反応はない。

 虚ろな目でどこか遠くを見ているようだった。そんな彼女に、私は話しかける。



「――ねえ、クロちゃん。絶対に私が助けるからね。――だから、大人しくしててね」

「――魔法発動『ネクロマンサー』」

「――魔法発動『ファイヤーランス』!」



 私とクロはほぼ同時に魔法を行使する。

 私の持つ杖が魔力を纏い、別の形へと変化していく。それは炎の槍であった。持ち手部分まで炎に覆われいるが、別に熱い訳ではなく、問題なしに両手で構えることができている。



 近接があまり得意ではないが、過去にそのせいで苦戦したことがあった。その際にベルの助言で、一つぐらいは接近された時に使用できる魔法があった方がいいと言われたことがある。

 そして苦労の末に作られた魔法が、この『ファイヤーランス』であった。



 対するクロの方は、いつもの如く現れた門から、赤鬼の怪人に続いて、新たな傀儡を召喚する。



「――Guu■■uu……!」



 それは一体の怪人――ではなかった。いや元は怪人だったのだろうが、その異形は原型を留めていない。

 一言で表わすのであればできるキメラ。そうとしか形容できない見た目をしていた。

 頭が獅子、尾には蛇。そして胴体には鷲の羽。まさにギリシャ神話に登場するキメラそのものと言っても過言ではない域であった。



 しかし本当に神話に出てくるキメラな訳がなく、クロに――というよりは『ネクロマンサー』の応用の一つで、魔女の怪人が過去に用いたことがある使い方によって――創られた生物である。

 その応用とは、収納した怪人同士の肉体を繋ぎ合わせる。言葉にするとそれだけなのだが、実際に行われている行為は残酷としか言いようがない。

 人類に仇なす敵といえど怪人も歴とした生物なのだが、『ネクロマンサー』によって無茶苦茶に合成されたキメラからは、生命への冒涜しか感じられない。



 そんなキメラを見ても、クロの表情には嫌悪感や忌避感が浮かんだ様子はない。それだけ、あの悪魔の怪人による洗脳の影響が強いのだろう。

 


「G■u■■uu……!」



 意図的に創り出されたキメラは産声を上げる。醜い、汚い、悍ましい産声を。

 鼓膜を震わすその不快な鳴き声に顔を歪め、集中力も乱されそうになる。

 けれど怖じ気づいている場合ではない。炎の槍に変化した杖を強く握りしめて、キメラと相対する。

 クロはキメラを一体召喚しただけで、追加の傀儡を呼び出す気配はない。

 もしかしたら、手持ちの怪人のストックが枯渇寸前なのかもしれない。そのせいで、残りの怪人同士の肉体を合成し、一体当たりの強さを盛っている可能性がある。

 ならば、ここで一気に畳み掛ける。



「――えいっ!」

「G■u■■uu!」



 私が力の限り振るった『ファイヤーランス』は、キメラの鋭い前足の爪と激突する。ガキン、と金属にぶち当たったような音が辺りに響く。

 拮抗したのは一瞬だけであり、すぐに押し返されそうになった。



「くっ……!」



 押し返される力を上手く利用して、キメラから距離を取る。

 荒くなる呼吸を整えつつ、キメラの出方を伺う。警戒するような低い唸り声を上げるだけで、積極的に攻撃を仕掛けてこようとしない。

 我ながら情けないが、その方が有り難いので、ゆっくりと次の手を考える。



 僅かな間といえど、発生した頓着状態。その束の間の静寂は、私の一声によって破られた。

 私の肩に乗っかるような形で、姿を現しているベルに大きく声を向ける。



「――ベル、お願い!」

「――本当に妖精使いの荒い契約者だ。『ファイヤーウォール』!」



 私が変身を維持、魔法を使用するのに消費する以外の魔力を残して、ベルが防御魔法を行使する。

 大量の魔力が込めれたその魔法は、いつもとは大分異なる形で展開された。



 本来『ファイヤーウォール』は、名の通りに炎の壁を発生させて、敵からの攻撃を防ぐ及び威力を減衰させることが目的の魔法となる。

 その魔法を別の用途で使用する。



 キメラを閉じ込めるように現れた火の壁。いきなり目の前に現れたそれに、キメラは困惑の鳴き声を洩らす。



「Guu■■■u……!」



 爪による引っ掻きで突破しようと、突進によって炎の壁を打ち抜こうと。自らの肉体に組み合わせられた怪人の性能で、脱出を試みた。

 しかし何れの手段も失敗に終わる。



「――無駄だよ。限界ギリギリまで魔力を込めたんだ。そう簡単に破られたら、妖精の名折れだよ」



 ベルの頼もしい発言に、咄嗟の思いつきの作戦が上手くいったことを確信する。

 思わず安堵の息をつきそうになるが、まだ早い。



 これでクロから抵抗する術は全て剥奪した。

 『ネクロマンサー』で追加を召喚しないのができます何よりの証拠だろう。



 ベルの『ファイヤーウォール』が持続している間にけりをつける必要がある。

 得意の魔法が事実上封じられたクロであるのなら、私でも勝機がある。

 再び『ファイヤーランス』を握り直して、クロに目掛けて突撃する。彼女を正気に戻すために。



「――クロちゃん! お願い! 元に戻ってき――」

「――中々に面白い余興だったぞ。しかし思ったよりも強くなかったな。やはり、先ほどの戦いで削り過ぎたか」



 突然腹部を襲った痛みにより、私の言葉が中断された。視線を落とすと、毛深い獣のような腕が私の腹を貫通していた。



「がはっ……」

「ちっ、汚れてしまったではないか」



 口の中から血の塊がこぼれ落ちる。赤を基調とした魔法少女の衣装が、別種の赤で上書きされていく。

 襲撃犯――悪魔の怪人は腕を引き抜き、心底嫌そうに表情が歪んだ。



 ――後もう少しだったのに、ごめんね。



 薄れゆく意識で、私にはクロに詫びることしかできなかった。



「――お姉さん?」

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