第24話 魔女の怪人①

「――魔法発動『ネクロマンサー』」



 クロが魔力を練り上げて、魔法と行使する。彼女の背後には、報告でもあった――実際に何度も見た鉄の門が出現する。

 その門には何かを封じ込めるかのように、厳重に鎖で閉ざされていた。

 クロはその体躯に合わない、大きな杖を指揮棒の如く振るう。

 この一連の流れ。クロと呼ばれた少女――嘗て魔女の怪人――の魔法にとっては前座に過ぎない。本領はこれから発揮される。



 バキン、と激しい音を立てて、鎖が弾け飛ぶ。そして門が自動でゆっくりと開く――前に、体当たりをするような形で、一体の異形が飛び出てきた。



 アスファルトを破壊しながら登場した異形――赤鬼の怪人は、正気とは思えない叫び声を上げながら、立ち上がる。

 体の部位にはいくつもの欠損が確認でき、他の支配下にあった怪人と同様に、その部分を補う泥のようなものが脈動しているのが見える。



「■■■■ーーっ!」

「――潰せ」



 命令は単純であり、明快であった。主の指示により、外敵を金棒で叩き潰さんと迫る。その外敵というのは、もちろん私達であるが。



「――っ!」

「――魔法発動『アイスショット』!」



 物凄い勢いの振り下ろしを、私達はギリギリの所で避ける。金棒が叩き込まれたアスファルトは無惨にも破壊されてしまっている。

 そのは顔力に、後始末で魔法庁の職員や関係者が苦労するだろう、と気が現実逃避を始めそうになる。



 そんな私と違い、スノーは攻撃を躱すと同時に、魔法による攻撃を赤鬼の怪人に向けて発射した。

 短い詠唱に、瞬間的な魔法の構築。それでいて威力を損なわず、対象に牙を剥く。



 スノーの魔法によって作られた拳大程度の氷の礫。即席で放たれたとは思えない速度で、赤鬼の怪人の怪人に着弾する。



「■■■■ーーっ!?」



 スノーの『アイスショット』は、的確に赤鬼の怪人の右肩を撃ち抜いた。

 血とも泥とも言えない、不可思議な黒色の体液が溢れて、醜い悲鳴が上がる。



 怒りに任せてか、金棒を持ち上げて、スノーを目掛けて再び振り下ろす。

 攻撃した隙を突かれた形になり、硬直している所に致死の一撃が当たろうした瞬間に、分厚い氷の壁が現れる。



「――魔法発動『アイスウォール』!」



 その防御魔法を発動したのは、スノーの契約妖精である、アイスマンであった。

 妖精が自力で行使できる魔法の一つ、防御魔法。アイスマンによって作られた氷の壁は、金棒を何とか食い止め――ることはできなかった。

 それでもスノーが立て直す僅かな時間は稼げたため、その間に攻撃範囲内から急いで離脱する。



「大丈夫、スノーさん!?」

「――ええ、問題ないわ。だけどあんな怪人いたかしら……?」

「……いや、クロちゃんが倒した怪人にはいなかったと思うけど……」

「外見的特徴から考えると、他の魔法少女達を襲撃した怪人でしょうね」



 スノーの考察になるほど、と思う。実際に米山さんに見せてもらった魔女の怪人のデータや、クロの戦闘記録にも、あの赤鬼の怪人については一切の情報はなかった。

 十中八九、赤鬼の怪人が襲撃犯の主犯だろう。

 恐らく襲撃に居合わせたクロが赤鬼の怪人を討伐し、魔法で取り込んだ後、悪魔の怪人と連戦になってしまった可能性が高い。

 流石のクロといえども、脅威度A以上の怪人を相手に厳しかったようだ。結果はこの通りである。



 クロに使役されている赤鬼の怪人に視線をやる。

 一瞬の攻防であったが、どの程度の強さは肌で実感できた。この怪人も、先ほどの悪魔の怪人と同じほど――脅威度に換算してA以上――で間違いないだろう。



 過去に行われた魔女の怪人に対して、一つの考察があった。魔法の性質上一度支配下に落ちた対象は、その肉体の損傷具合によって弱体化する。

 事実そうであろう。魔法少女としては甘く見ても、中堅に位置する私達が初撃で倒されなかったことが物語っている。



 とは言っても、眼前の赤鬼の怪人は強敵だ。ベルとアイスマンのサポート込みで、私達二人でどうにかなるかというレベルである。

 クロには最初の召喚以降動きはない。こちらの戦闘の様子をじっと見ているだけだ。

 元々術者本人の戦闘能力には直結しない魔法であるが、いつ増援を呼ばれるか全く以て不明。正気に戻すことも考慮すれば、どちらかが赤鬼の怪人を足止めしている間に、クロを単身で打破する必要がある。



 どうするべきであろうか。必死に悩んでいる私を見兼ねたのか、スノーがある提案をする。



「――あいつの相手は私がするわ。だから、貴女がクロをさっさと正気に戻しなさい」

「えっ……でも、あの怪人を一人で倒すなんて――」

「誰が倒すなんて言ったのよ。あくまで私がするのは、時間稼ぎ。死ぬ気で足止めするから、貴女も頑張りなさい」



 空いた手で私の肩を軽く叩くスノー。しかしその作戦とも言えない配役では誰かが犠牲になってしまうのではないか。そんな不安が私の脳裏を過る。



 けれど、スノーは断言した。



「――いいから、行ってきなさい。私のことは心配せずに、クロやあっちの子を助けることだけを考えなさい」

「――うんっ」



 その言葉に、私も力強く返事をした。地面を蹴り、赤鬼の怪人の傍を通り抜けようとする。

 当然だが、赤鬼の怪人は金棒を振り、進路の妨害を試みるが――。



「――こっちよ、鬼さん」

「■■■■ーーっ!」



 スノーの魔法による攻撃で、妨害は中断された。

 内心で感謝と無事を祈りながら、私は飛ぶ。



 ――魔女の怪人という肩書きが全く似合わない、少女の下へ。

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