第23話 お誕生日おめでとう■■の怪人
「――増援か。魔法少女もご苦労なことだな」
私達の存在に気づいたのか、山羊頭を持つ怪人はゆっくりとこちらに振り向いた。その動作は一見油断や慢心をしているように感じられたが、魔法少女としての勘が告げている。
――この怪人は今まで戦ってきた中で一番強い。
脅威度Aの怪人との戦闘経験自体はある。しかしそのどれもが、まともな一対一の状況下での戦闘ではなかった。
ある時はランキング上位の魔法少女の補佐として。
ある時は背後の民間人を庇いながらの戦いで。
それを考慮しなくとも、自分自身の実力をどれだけ甘く見積もったとしても、単独で撃破できるのは脅威度Cの怪人まででしかない。
そんな私が逆立ちしても勝てないと感じられる圧。強者としての余裕。そういった類のものを滲ませながら、その怪人は悠然と佇んでいた。
今はその怪人のことはどうでもいい。私達が気にするべきは、救助対象である新人の魔法少女なのだが――。
視線を動かすと、少し離れた場所に全身から血を流している少女の姿があった。
その少女の格好は私服であるが、恐らく重症のため変身が維持できなかったのだろう。
若干遠目であるが、息があるのが確認できた。だが急いで然るべき処置をしなければ、助かる見込みはなくなってしまう。
短期決戦を目指す。私とスノーは目配せで、その考えを共有した。
けれど、問題は怪人と救助対象の少女だけではない。
怪人の傍に立つ一人の少女。その少女は見慣れた黒色の法服に似たデザインの服に身を包み、小さな手には禍々しさを匂わせる杖を握りしめている。
その見慣れた――私が会いたかった――少女はクロ。
普段の男性のような口調から感じ取れる大人びた雰囲気と、時たまに見せる年相応の表情。それらが生み出すギャップ。それがクロという少女の魅力であり、魔法少女達や一般市民の一部に人気があったのだが――。
今の彼女にはその面影はなかった。顔に浮かぶのは人形の如き無表情。目の焦点も合っておらず、遠くのどこかを見ているような感じである。私達や傍の怪人には
彼女の力や出自に複雑な要因があるのは、初めて出会った日や米山さんの話を聞いた上で理解している。
又戦力集めが目的だとしても、怪人とは基本的に敵対していた。そのはずなのに、すぐ近くにいる怪人や異形達には攻撃しようとしない。
明らかに様子が異常だ。怪人や魔法少女の扱う魔法の種類は様々。そのことを考慮すると――。
――駄目元で聞いてみよう。
「――そこの山羊頭! クロちゃんに何をしたの!」
「山羊頭って、貴女見たままじゃない……それ」
我ながら気の抜けたやり取りをしていた私達に対して、怪人は愉快そうに笑う。その笑い方には下品な感じはなく、むしろ品性の方を感じた。
この怪人がもしも人間であれば、老紳士のイメージが個人的にピッタリだと思ってしまった。時と場合を考えなければだが。
「はは、久しぶりに笑わせてもらったよ。今の吾輩は気分がいい。教えてやるとしよう」
言葉通りに機嫌の良さそうな怪人は、クロの頭に動物地味た毛深い右手を乗っけると、壊れ物を扱うように優しく撫でる。
――な、何してるの、あの怪人!? 私だってまだ碌にお話できたことないのに!?
私が少しだけ別方面の怒りが湧いてきたのかを察知したのか、スノーは呆れたように嗜めてくる。
私達の様子を見つつも、怪人は話を続ける。
「――その前に名乗っておくとしよう。吾輩は悪魔の怪人。そして横にいる彼女は――魔女の怪人だ」
「――っ!?」
「――そ、そんなはずないわ! 彼女――クロは魔法少女よ! それに貴方達怪人と敵対しているのは何度も見てきたわ!」
「――ああ、勘違いさせて悪かったな。何も彼女は――クロだったか? 怪人そのものではない。貴様ら純粋な魔法少女とも違うがな。人の身で怪人の力を宿した稀有な存在だ。どのような経緯でこうなったのかは、吾輩でも分からんがね」
そこで怪人――悪魔の怪人は言葉を止めて、クロの頭から手を離す。
「――そして吾輩の魔法『堕落への誘い』。端的に言えば、対象の洗脳だ。彼女は今吾輩の魔法の影響下にある。本物の魔女の怪人は強くて、吾輩であっても直接手が出せなくてな。その癖、吾輩達に同調せずに魔法少女だけではなく、同族を殺しまくる――裏切りもいい所だ。――だが今の段階であれば吾輩の魔法の影響を受ける。お陰でいい手駒が手に入ったがな」
「――――」
悪魔の怪人の言葉に、クロは肯定も否定もせず、無言で立つだけだ。心ここにあらず、という状態で魔法による洗脳が解けなければ、半永久的に彼女はこのままになってしまうだろう。
――そんなこと絶対に許されるべきではない。
私が魔法少女になったのは、何のためか。困っている誰かを助けたいと思ったから、私は魔法少女になったのではないか。
目の前には、助けを求めることすら封じられた少女が一人。そしてその少女を利用し、悪巧みを目論む怪人。
ならば、やることはただ一つ。
悪者を倒して、囚われの少女を救う。
王道に沿った、解決法に則るだけである。
「――スノーさん、協力してもらえる? クロちゃんとあの子を助けるのに?」
「――当然でしょう。何のために、こんな夜の遅い時間帯に来たと思っているのよ?」
私達から立ち向かってくる意思を確認した悪魔の怪人は余裕な態度を崩すことなく、一言クロに命令した。
「そうらしいぞ、クロ――いや、新たな魔女の怪人よ。手始めに、あの魔法少女共を血祭りあげろ。吾輩は遠くから高みの見物でもさせてもらうとしよう」
「――はい」
この場に来て初めてクロが口を開くが、その返事も機械的なものだ。そして悪魔の怪人は、周囲の異形達はそのままに、姿を晦ませた。
彼女を魔法の縛りから解放するために、私達は魔力を練り始めた。
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