第22話 落ちる、堕ちる

「――ほれ、もう終わりか?」

「うぐっ……」



 悪魔の怪人に呼び出された異形の一体に、髪を掴まれて宙吊りの状態にされる。

 髪を掴まれた痛み、全身に走る苦痛により、苦悶の声が漏れる。



 ――戦況は完全にこちら側の不利に傾いていた。



 悪魔の怪人の魔法『眷属招来』と、自分の魔法『ネクロマンサー』。それぞれの魔法で呼び出した軍勢同士による激突。

 数の上では互角。吸血鬼の怪人や女怪の怪人を始めとした、脅威度A級の怪人達。それらの存在を考慮すれば、序盤こそ自分が有利であった。

 けれど、幾らこっちの怪人達が向こうの異形を倒しても、その度に追加で召喚が成された。



 魔力さえあれば、無限に生み出される手勢。『眷属招来』の最大のアドバンテージを潰すために、術者である悪魔の怪人を優先的に攻撃をさせようとした。



 壁となる矮小な無数の異形で構成される肉の壁。それは確実にこちらの戦力と魔力を少しずつ削っていった。

 吸血鬼の怪人の攻撃手段である、血で創造された剣群の掃射。これにより大半の異形を吹き飛ばせたが、肝心の悪魔の怪人に届く前に、更なる魔法行使。

 追加で召喚されたのは、脅威度に換算してA級以上――単純な強さであれば、先ほどの赤鬼の怪人以上であった。それが複数。



 こちらの支配下にある怪人は軒並み再利用が不可能になる程破壊されて、残りの個体も魔力切れによってただの死体に戻りその場に倒れてしまった。



 以上が戦闘の経緯であった。始めから不利だと承知していたが、想定の範囲を超えていた。

 このまま殺されてしまうのだろうか。最早抵抗する手段も気力はない。



 自分を持ち上げる異形の不愉快な笑い声。突き刺さる愉悦を孕んだ視線。



 せめてもの抵抗に、悪魔の怪人を睨みつける。そんな悪足掻きにもならない行動は、人外共には響かなかったらしい。――というよりかは、余計に加虐性を刺激しただけだった。

 髪を引っ張る力が強められ、顔が痛みで歪む。

 悪魔の怪人は変わらず、気持ちの悪い笑みを崩そうとしない。



 痛みのあまり、頭がぼうっとしてきた。脳内に浮かんでくるのは、クロと過ごした日々や魔法少女として活動していたここ数日の記憶。

 そして一人の少女――ファイの顔が脳裏を横切る。



(走馬灯を見るのは、あの時以来だな……。お姉さんもどうか無事で……)



 魔法少女――悪魔の怪人の言葉が正しければ、怪人であったクロから力を引き継いだ自分を現す単語としては不適切な気がするが――になってから、苦戦したことはほぼない。

 ああ、あの変態吸血鬼のことを忘れていた。

 支配下に置く前から癖の強い怪人だったが、『ネクロマンサー』の制御下にあってもそれは変わらなかった。性能面も良く、会話も可能なため、それなりに重宝していたが――。

 視線を少し動かせば、吸血鬼の怪人も他の個体と同様に、『ネクロマンサー』の支配が及んでおらず、糸の切れた人形のように、四肢を投げ出した状態で横たわっていた。




 諦めの境地に入ったのを悟ったのか、ようやく悪魔の怪人が口を開く。



「――あの時は力が強く、吾輩であっても不意打ちでしか手がなかった。だが、今は違う。魔女の力は別の小娘に引き継がれ、大幅に弱体化した。この魔法も通用するだろう。――魔法発動『堕落への誘い』」

「な、何を――」



 悪魔の怪人は異形から自分の体を受け取り、頭を掴む。そして静止の言葉を待つはずもなく、魔法が自分を対象に発動された。



 ――その瞬間、自分の意識は暗闇に落ちていった。





「――魔法少女ファイ、契約妖精ベル! 応援に駆けつけました!」

「――同じく、魔法少女スノー、契約妖精アイスマン。応援に駆けつけました」

「ああ! ようやく来てくれたか!」



 私達は応援要請があった魔法庁の支部に到着した。

 職員と思わしき人物が、大声で出迎えてくれる。私達の姿を見たことで、職員の顔に希望が浮かんだ。



「――早速ですが、状況を確認しても?」

「は、はい! 現状ですが――」



 魔力による飛翔を解除して地面に降り立つと、スノーはすぐさまに職員に質問を投げる。

 職員は慌てながらも、しっかりとした口調で答えていく。緊急事態であるというのに、できる限り冷静であろうという態度が素晴らしいと感じた。



 職員の話の内容は以下のようであった。



 数時間前に、複数の地点で怪人の集団が出現。規模も大きく、近隣付近の住人に避難勧告を行った後、この支部に所属している魔法少女達が各地に派遣されたのだが――。



 半数以上の魔法少女との連絡が途絶えた。その魔法少女達と契約していた妖精とも連絡が取れない。

 連絡が繋がった魔法少女も重症を負っており、現在は病院に緊急搬送されている。

 未だかつてないレベルの危険性を予測した支部の上層部が、近隣の支部に応援要請をした。



 それが一連の流れであった。話の内容を多少の時間をかけて理解したスノーは、職員に対して指示を仰ぐ。



「私達はどちらの方に行ったらよろしいのですか!?」

「この場所の方になります!」



 職員から教えられた場所に急行する。

 その場所には他の地点より出現した怪人が少なく、新人の魔法少女が派遣されていた。

 他の怪人が出現した場所には、私達が到着する前に来ていた魔法少女が向かったらしい。という訳で、残されたその場所を目指して、再び飛翔をする。



 五分間の時間をかけて、指示のあった場所に行き着いた。そこで私達が見た光景は――。


 

 ――無数にいる、小型の醜い異形。そして――。

 ――山羊頭が特徴的な怪人と、その傍にいる虚ろな目をした黒色の魔法少女の姿であった。

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