第21話 魔女狩り④

「――俺の家族をこれ以上侮辱するな」



 先ほどから、不快な言葉を囀りまくる山羊頭の怪人。そいつに対して、宣言する。



「絶対に殺してやる……!」

「濃厚な殺意だ。だが『魔女』本人なら吾輩であっても少々厳しいだろうが、所詮は力を与えられただけの紛い物。吾輩の目的も達成しやすい」

「紛い物かどうかは自分の身で体験したらどうだ――魔法発動『ネクロマンサー』!」



 赤鬼の怪人との戦闘の最中背後にずっと出現していたままになっていた門の中に、山羊頭の怪人によって絶命した体を放り込まさせる。

 頭部が吹っ飛んでいるため、弱体化は避けられないだろうが、ある程度の戦力の回復はできた。



 相手の強さが未知数な以上、完全に安心できないが多少マシな状態で相対できる。



(――さあ、どう出てくる?)



 数メートルの距離を空けて、自分と山羊頭の怪人は睨み合う。――いや警戒しているのはこちらだけで、相手側は気楽そうに佇むだけだ。

 神経をすり減らしているのは、自分だけ。その事実が余計に苛立ちや焦燥感を煽るが、極力冷静さを失わいように努める。



 『ネクロマンサー』による手数の多さ。それが自分の持つアドバンテージだが、呼び出した対象が多ければ多い程、一体ずつの操作が大雑把になってしまう。



 そうならないために浅く呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。

 山羊頭の怪人は、依然と動こうとしない。



「どうした? ビビってるのか?」

「いや、何。そちらの準備が終わるまで待っているつもりだったんだがな。急かすのであればしょうがない。魔法発動『眷属招来』」



 山羊頭の怪人から、魔法発動特有の魔力の揺らぎが見られる。背後に無数の魔法陣が瞬時に構築されて、その中から小型の異形が大量に現れた。

 小型の異形の見た目は、小鬼の怪人の肌を黒や緑色にして、その背中に翼を生やしたものと言えば伝わるだろうか。

 端的に表現するのであれば、醜い赤子。まるで悪魔のような。それが一番近い容貌であった。



 山羊頭の怪人が、得意気に己の魔法について語り始める。



「これが吾輩――悪魔の怪人の魔法の一つ、『眷属招来』。その名の通りに、吾輩の下僕を魔力の限り自由に生み出せる。言うなれば、お前の上位互換だ」

「――っ!」



 山羊頭の怪人――改めて、悪魔の怪人は語る魔法『眷属招来』について。手勢を増やして、その手数の多さで攻める。概要だけを取り出せば、『ネクロマンサー』に通ずるものがある。

 しかし、大きな相違点があった。

 魔力の貯蔵がそのまま戦力に直結する。その一点だ。

 こちらが一回の戦闘ごとに敵の肉体を回収する手間があるのに対して、あちらの『眷属招来』は魔力の消費だけですむ。



 長期戦はなるべく避けたい。

 それが今の自分と、悪魔の怪人の戦力比を考慮して出した結論であった。



「どうした? 今更怖じ気づいたのか?」

「――はっ! そんな訳ないだろ!」



 ざっと見ただけでは、『眷属招来』によって召喚された異形の数は、今現在自分が呼んだ怪人の数と互角だ。

 相手側の一体ずつの強さが不明なため、一概に戦力が拮抗しているとはいえない。

 また魔力の残量次第では、追加の召喚が行われてしまう。それだけは、回避する。

 そのためには、短期決戦で術者である悪魔の怪人を倒す。それしかない。



「――まあ、精々楽しませてくれたまえ」



 悪意に満ち、喜悦に満ちた笑みを溢し、悪魔の怪人は指揮者の如く、配下の異形に指示を下す。

 


 ――死者の軍勢と、悪魔の軍勢がぶつかり合う。





「――魔女の怪人……?」

「――そう、過去にこの怪人がいてね。脅威度はA以上。魔法少女に限らず、同族であるはずの怪人との戦闘する場面も多々目撃されていた。先ほど見せた女怪の怪人や人狼の怪人とも戦闘もしてたようね。恐らく魔法によって傀儡にするためだろうね」



 米山さんから告げられた内容が、私の脳の働きを一時的に麻痺させる。それだけ衝撃の強い内容であった。

 スノーの方も、私同様に言葉を失っている――いや、何かを考えているようだ。

 それよりも、米山さんが言ったことが事実だとしたら、あの娘――クロが怪人だということに――?



 私達の様子を見兼ねた米山さんは、落ち着いた様子で話を続ける。



「混乱させるようなことを言ってすまない。あくまでクロと魔女の怪人との両者には、行使する魔法に類似する部分がある。そういう話だよ」



 その言葉に、私は安堵の息を吐く。スノーは相変わらず、考え中のようだ。

 でも、どうして魔女の怪人とクロの魔法は似ているのだろうか。ただ同じような魔法なだけであれば、米山さんは度々話題に出さないはず。

 何かしら理由があるのだろう。その意図を聞きたい。

 米山さんの話の続きに、耳を傾けようとした瞬間――。

 巨大なアラーム音が鳴り響いた。しかもこの音は非常事態によく聞く――怪人が出現した際にそれを知らせるものだ。



『――至急! 魔法庁内にいる全職員に通達する! 繰り返す! 魔法庁内にいる全職員に通達する!』



 アラーム音と同時に、設置されたスピーカーを通じて、かなりの焦燥感を含む男性の声がした。焦りながらも発せられる内容は、この場にいる私達の耳を疑うものであった。



『――近隣エリア担当の魔法少女が複数の怪人に襲撃された! こちらの支部に対して応援要請が来ている! 出動可能な魔法少女は直ちに向かってくれ! 繰り返す――』



「――これは」



 米山さんは口にしかけていた言葉を飲み込み、黙り込んだ。

 それと交代するように、私とスノーが契約した妖精がそれぞれが話しかけてくる。



「――ファイ、行けるかい?」

「――うん、大丈夫」

「――スノー、君も問題ないかい?」

「――ええ、もちろん」



 覚悟を問われる問い。それに対する私達の回答は変わりない。

 ――そもそもここで逃げるのであれば、私達は魔法少女になっていない。



 準備を手短に終えた私達は、米山さんの指示を受けて、要請のあった魔法庁の支部へ急行した。



 ――私達の長い夜は、まだまだ終わりをみせない。

 

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