第18話 魔女狩り①

「――群れる割には、今日の怪人は弱かったな……」



 俺は日課であった怪人討伐で、隣の街まで来ていた。時間帯は夜の遅い時間帯。対峙した怪人は、緑色の小鬼のような見た目をした怪人であった。それが三体いた。強さは以前に、使い潰した人狼の怪人よりも遥かに下であった。脅威度に換算すれば、D〜Cにギリギリ届く程度であろうか。

 俺の魔法――『ネクロマンサー』の真骨頂は、時間経過で増えていく物量だ。脅威度Aに相当する怪人は七体もいるため、今は気軽に消費できる個体が欲しいと思っていた所である。



 魔法使用時に出現する巨大な門。その中に倒した怪人の死体を持ち帰る、女怪の怪人を見送り魔法を解除する。



 ――その日の夜は何か奇妙であった。何とも言えない違和感を抱えつつも、怪人にやられかけていた――恐らく成り立てで戦闘経験の浅い――魔法少女に視線に目をやる。

 傍には、少女が契約しているであろう妖精がいた。青い小鳥の姿をした自分の負傷には目もくれず、回復魔法で少女の傷を癒やしていた。

 少女の負傷がほぼ終わった段階を見計らって、要らぬ警戒心を持たせないように声をかける。



「――おい、大丈夫か?」

「はい……。あ、ありがとうございます……。助けて頂いて……」

「私からも礼を言います。あのままではこの子――アンもやられていたでしょうから」

「いいよ、別に。俺も一応魔法少女の端くれだからな。それにお前、見た所魔法少女になって日もそんなに経ってないだろう」

「――! 何で分かるんですか!」

「そのぐらいは少し戦闘に慣れた奴ならすぐに分かるぞ」



 見事予想の当たった新人の魔法少女――アンと、その妖精は、こちらに礼を述べてくる。今の自分と同じほどの背丈から考えると、小学生だろうか。この年齢の少女が怪人とのやり取りに身を投じている事実に、何とも言えない気分になる。

 それが表情に出ていたのか、アンはこちらの機嫌を伺うような視線を向けてくる。



(小学生ぐらいの女の子に気を使わせるなんて、元年上の大学生としては失格だな……)



 アンの視線に耐えかねた俺は、場の空気を切り替えるために、近場の魔法庁の支部に送ることを提案する。



「――いえ、大丈夫です。助けてもらってばかりでは申し訳ないですから。ね、セン?」



 アンの問いに、青い小鳥の姿をした妖精――センは同意の言葉を短く返す。

 小学生にしては大人びた対応であったため、忘れそうになった忠告をする。



「――もしも怪人との戦いが自分に合いそうにないのなら、早めに辞めることを勧めておくぞ。無理に続けても碌な結果にならないだろうからな」

「は、はい……」



 正直な所いくら複数体の怪人が相手だったとしても、この脅威度の怪人に遅れをとるようでは先は長くないだろう。

 そもそも新人一人で――契約している妖精はいるが――怪人討伐自体が無茶振りでしかない。

 そんな魔法庁の方針に疑問を抱きつつも、努めてそれが表情に出ないようにする。何度も気を使わせるのは、申し訳ないという理由で。



「じゃあ、帰るなら早く帰りな」

「あ、あの……よろしければお名前を……」

「ん、俺の名前か? あー、クロだ」

「えっ! クロって、最近魔法庁の方で噂の……」

「どういう風な噂か知らないけど、多分それで合ってるよ」



 他者に対して名乗る際に、『クロ』と名乗るのには未だに抵抗を感じる。若干言い淀みながらも、アンの問いに答えると、年相応の表情を表に出す。



「セン、セン! 見てよ! 生のクロさんだよ! 私と同じぐらいの年なのに、怪人の撃破数はトップに近いし、魔法少女ランキングにも未登録で十位前後にいる人だよ!」

「知っていますから、傍で大声を出すのを控えて頂いてもよろしいですか。耳に穴が空いてしまいます」

「もう……センの意地悪……」



 先ほどまでとは違い、喜怒哀楽の百面相を見せる。その元気な様子に、もう大丈夫だろうと思い、再度帰宅を促す。



「では、本当にありがとうございました」

「いいよ、気にしなくて」



 アンとは別れて、今夜はこれで終わり。隣街とはいえ、彼女が魔法少女を続けていくのであれば、今後も会う機会はあるだろう。そう考えていた。



 ――しかし日常というものは、いつもあっさりと壊されるものだ。それを忘れていた。



「あ――」



 肉が轢き潰される、鈍い音。辺りに響いたその不快な音は、どこか現実味のない静寂を招いた。

 アンの断末魔もと言えない、か細い声は瞬く間に血や肉が飛び散る音で上書きされる。



「え、アンどうし――」

「――これでは八匹目だ。次は――」



 アンを呼びかけようとした瞬間、体が大きな力で吹き飛ばされた。急激にかかった空気抵抗を受けて、華奢な体が地面を何度もバウンドして転がっていった。



「――九匹目の始末完了だ。山羊頭の野郎から、もう少し特徴を聞いとけばよかったぜ。お陰で、チビの魔法少女を片っ端から殺しているが、どれが正解なんだ。よく分からな――あ? 手応えが鈍くかったが……こっちに来て初めてだな」



 シェイクされた脳味噌の思考を大急ぎで整える。高速で回転する視界の中で、一人分の血溜まりができていた。会って間もないアンの末路に対して、余計に思考が乱されそうになる。――いや、今は無駄なことを考えるな。

 襲撃者の姿を、ぼやける視界で捉える。



 大柄な肉体に、剥き出しの赤い、ゴツゴツとした肌。右手に持った、対象の殺害だけを目的として造られたであろう、巨大な金棒。

 ――鬼。日本で古来より語り継がれてきた怪異の一つ。有名所で言えば、桃から誕生した侍に討たれる話であろうか。



 その赤鬼の姿をした怪人を先頭に、先ほど倒した小鬼の怪人と、似たような見た目の怪人が無数に率いられていた。



「――今ので殺ったと思うが、一応念のためだ。お前達、あそこの餓鬼も確実に殺しとけ」

「ゲゲ!」



 知性を感じさせない返事を、小鬼の怪人がする。その手に持った、切れ味の悪そうな鉈や剣で、こちらに止めをさそうと迫ってくる。



(悠長に見ている暇はないな。――来い!)



 無理やり魔力を練り上げて、魔法を発動させる。突然の魔力の動きに異変を感じたのか、赤鬼の怪人は大声で自分の配下に指示を出した。



「お前達! さっさと殺りやがれ――!」



 魔法を使用した際に出現する門が、普段よりも早く、開いたそこからは馴染みのある異形が飛び出してきた。



「■■■■――!」

「ゲ――」



 門から勢いよく現れた豚男の怪人が、小鬼の怪人を得物である斧で、複数体叩き潰した。

 その一連の流れに驚くものの、すぐに冷静さを取り戻した赤鬼の怪人。



「――な、あいつは。――そうか、あの女随分と小さくなってんだな。ようやく正解が引けたか。今度こそ、この俺が殺してやるよ」

「――誰のこと言ってるか、分からないな。俺の前で人を殺しやがって……! 覚悟しろよ」



 ――人知れず、怪人達による魔女狩りが開始された。

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