第17話 怪人達も会議はします?

「――どうして最近人間界に行った奴らからの連絡がないんだ!」



 ここは人間界と妖精界とも異なる世界。多種多様な異形が存在する場所は、形容するなら、罪人が死後に行き着く地獄のようであった。

 この世界自体も、墨をぶち撒けた色合いをしており、普通の人間が居れば一瞬の内に正気を失ってしまうだろう。



 この世界は、異形――人間や妖精からは怪人と呼ばれる存在が住まう場所であった。その中で大柄の鬼のような見た目をした怪人が、その体格に相応しい怒号を上げる。

 よほど苛立っているのか、その怪人は地団駄を強く踏み下ろす度に、足を中心に地面に大きな亀裂が走る。

 しかし人間界とは違う物理法則が働いているせいか。数秒後には、ひび割れた地面は不快な粘着質のある音を立てながら、元通りの状態に復元されていた。

 それでも苛立ちが収まらない鬼の怪人は、尚も周りを破壊するような素振りを見せる。



「――落ち着いてくださいな。赤鬼はん」



 鬼――赤鬼の怪人を諌める、鈴のような女性の声がした。その声の持ち主に対して、赤鬼の怪人は態度を改めることなく、語気を強めて言葉を放つ。



「何寝言言ってんだ、狐! 同じ怪人として情けなくないのか! 俺は恥ずかしいぞ! 奴らが俺と同じ存在として人間共に区分されているのを!」

「それこそ気にするだけ損では? あんさんは強いのでしょう? お好きのままに力を振るえばいいのではなくて?」



 赤鬼の怪人に言葉を向けたのは、珍しい女性型の怪人であった。その怪人の容姿は、人間の美的感覚に沿えば間違いなく傾国レベルの美女であり、現に過去にはこの怪人の美貌に狂い、滅びた大国がいくつも存在した。

 男だけではなく、同性である女であっても目を奪われる程の完成された顔。女としての理想的で豊満な双丘に、整った肢体。

 それを晒すかのように着崩すされた、派手な着物。江戸時代の遊郭から飛び出してきたような、時代錯誤というよりかは場所そのものを間違った装いの人物であった。



 しかしこれほど容姿端麗の人物も、この場に居て赤鬼の怪人と気安い会話を交わしている時点で、この女性も同類と察するのは簡単だろう。

 そのことを証明するかのように、女の頭部には通常の人間ではついていない部位が確認できる。それは、狐を思わせる獣耳。その部位が紛い物ではないことを、時折ピクピクと動いていることで第三者には明らかであった。



 ――九尾の怪人。それが女の正体であった。

 妖艶に微笑む九尾の怪人は、右手で持った扇子で口を隠す。その仕草一つ一つが上品であり、並の感性を有する人間であれば、男女関係なく理性を放り出して、その肢体に貪りたい衝動に駆られてしまうに違いない。



 幸か不幸か。この場にはそんなまともな感性を持った存在は一体もいないが。居るのは怪人達だけだ。



 口元を扇子で隠したまま、九尾の怪人は言葉を紡ぐ。鈴の音が鳴るような声で。



「――妾も不思議に思っておりんしたが、最近人間界に行った怪人達はそれなりの強者だったでありんしょう? どんな方が屠りなさったのかのう?」



 九尾の怪人の純粋な疑問。それも当然の疑問であった。普段は全く協調性が皆無である怪人達。しかしある一点において、渋々ながらも協力――ほぼ単独の特攻で終わるが――している。



 だが大半の怪人は、人間界に存在する現地勢力に滅ぼされている。もちろん身体能力においては人間程度は余裕に上回っており、兵器の類も多少の傷をつけること以上の効果は見込めない。



 その上で人間界に襲撃にやってきた怪人は倒されているのだ。年端かない少女達の手によって。

 そこには絡繰があった。何の理由があったか不明であるが、妖精と契約して絶大な力を得た少女――魔法少女が相手であったからだ。



 それだけであるのならよくあることなので、赤鬼の怪人がここまで激昂することはなかったであろう。しかし九尾の怪人の発言の通り、ここ最近で人間界に送り込まれた怪人は平均以上の強さ――脅威度に換算するとBに相当する。中には脅威度A以上の怪人も存在した。

 一体ぐらいでも、帰還ぐらいはしてもいいはずだろう。けれど、その数はゼロ。その事実に赤鬼の怪人は怒りを覚え、九尾の怪人は警戒心を抱いていた。

 その相手が何者であるかを。



「――聞いた話では、吾輩が始末した奴が生きていたらしいが」



 二体の怪人が話をしている間に、更に割り込んでくる声が一つ。彼らがその視線を向けた先には、黒い服装に身を包んだ、山羊頭が特徴的な怪人がいた。その正体は、悪魔の怪人。



「何しに来たんだよ、山羊頭」

「いやいや。我ら怪人の中でも有数の力を誇る君達が、何やら真剣に悩み事をしているようだったからね。一つ助言でもと思ってね?」

「あ?」

「まあまあ、赤鬼はん。少し頭でも冷やしなさいな。それで悪魔はん。その下手人というのは?」

「ああ、すまなかったね。少々迂遠な言い回しなってしまって。恐らくだが奴だ――魔女の怪人だよ」



 悪魔の怪人が告げたその名に、二体の怪人は驚きの感情を見せる。束の間の静寂の後。赤鬼の怪人が見た目を裏切らない、大声を上げる。



「はあ!? おい、山羊頭! あの女はお前がきっちりと殺したと言っていただろう!」

「まあ、確かに吾輩はこの手であの魔女を殺めた。そして奴の肉体をバラバラに刻んだはずだが――」

「――でも、生きていたんしょう? 魔女の怪人はんは」

「――ああ。配下の怪人が今際に遺した言葉。それには、奴の魔法で操られていると思わしき怪人に襲われたとあった」



 その悪魔の怪人の言葉に、赤鬼の怪人と九尾の怪人は悟った。かつて同族や人間の区別なく殺戮を行い、死体の山を築き上げた最悪の魔女が蘇ったのだと。



「――クソが! 生きていたんだったら、話は早い。今度は俺が直接引導を渡してやる! 何体か雑魚共は連れて行くぞ」



 そう言い終えると、赤鬼の怪人は辺り一面に漂う闇に溶けるように、姿を消してしまった。発言の通りであれば、部下を率いて人間界に襲撃を仕掛けるのだろう。

 その様子を見て、九尾の怪人は呆れたように息を吐く。



「はあ……。赤鬼はんも血の気が多いことで……。それで悪魔はん。普段表に出てこないあんさんが一体何を企んでおる?」

「――全く人聞きの悪いな。吾輩は共通の目的のために邁進する同志ではないか」

「――よく言うはるわ。この蝙蝠が」



 その発言を最後に、九尾の怪人もこの場から姿を消した。後に残された悪魔の怪人は、己の頭部に生えた立派な角を撫でながら、佇むだけであった。



「――魔女狩りの開始ですな」

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