第15話 彼女の正体についての考察

「それで、今日呼び出された用件って何だろうね?」

「そうね。一体何かしら」

「――それは私の方から説明させて貰おうか」



 魔法庁の廊下にて。私とスノーの二人で、呼び出しの内容について色々な想像を巡らしていると、聞き覚えのある女性の声が割り込んできた。

 二人の視線が声の方に向くと、眼鏡をかけてスーツ姿の女性――米山玲香さんであった。彼女は、私達の地区担当の魔法庁の職員だ。

 怪人討伐の指名や事後報告などは、主に米山さんを通して行われている。



「ここでする話でもないからね。私の部屋にでも来てくれないか?」

「はい、わかりました」

「承知しました」

「いいね、君達は話が早くて助かるよ」



 米山さんはここにはいない誰かを思い浮かべながら、疲れたような顔をしていた。普段崩すことのない表情の変化に、私達二人は珍しいものを見たと思い、くすりと笑ってしまった。

 いつもは優しいけれど、凜とした顔つきが当たり前となっていたので、初対面の人間には厳しい印象を与えてしまっていたため、内心勿体ないと思っていた。

 本人と話をすれば、そのような誤解はすぐに解けるものであるが。



「……何かおかしいかね?」



 米山さんは更に表情を一変。恥ずかしいのか、若干頬を赤らめてこちらを睨むような目つきが飛んでくる。

 私達の間で流れる気まずい沈黙。その雰囲気に耐えかねた米山さんが、ゴホンと咳払いをして仕切り直しを行った。



「まあ、君達も大人になれば嫌でも分かるものだよ……。この話はもういいだろう。続きは私の部屋でだ」

「はい……」



 何とか持ち直した米山さんを先頭に、廊下を進んでいく。歩き始めて数分もしない内に、怪人討伐の報告の際には、訪れない領域に足を踏み入れる。



(帰る時、迷わないかな……)



 三人別々の靴が硬い床と触れる時に発生する音だけが響く廊下。すれ違う他の職員の数は、進む度に疎らになっていった。

 更に歩き続けて、数分後。米山さんが、とある一室の前で立ち止まる。



「ここだよ。まあ何の面白味のない部屋だが、入ってくれ」



 扉の横に設置されていた機械に、暗証番号を打ち込んでいく米山さん。扉のロックを告げる電子音が鳴った後、室内に通された私達。




 部屋の印象は、米山さんの言う通り変わった所は特になかった。整理整頓された書類の数々に、必要最低限の机やパソコンといった仕事道具。

 米山さんの見た目から抱くイメージと乖離しない内装の部屋であった。

 来客用の椅子だろうか。若干座り心地がよさそうな椅子を差し出されて、一言断りを入れて座る私とスノー。



「今日は夜遅くにすまなかったね」

「いえ……これも仕事ですから」

「私も同じです」

「本当に君達は話が早くて助かるよ……早速本題だが――」



 一呼吸の間をおいて、米山さんは話し始める。それまでの優しげな態度が、真面目なものへと変化する。



「君達は『クロ』と呼ばれる魔法少女は知っているね?」



 ――その内容とは、最近私が気になっている少女のことであった。



 話題が『彼女』に関してのことであるため、自然と握り締めていた掌に力が入る。

 少しでも、あの少女について知れることがあるのなら。どんな些細なことでも聞き逃さないように、耳に全神経を集中させる。

 一方のスノーも、表情が堅くなっていた。



「――まあ、当然知っているだろうね。そもそも『クロ』との初の接触を果たしたのが、ファイさんなんだから」

「はい、その通りです」

「その日君は昼間に出現した豚男の怪人の討伐に向かった先で、『クロ』と会ったと……そう報告書にはあったね」

「はい……」



 あの少女と出会った日と、吸血鬼の怪人から助けてもらった日を思い出す。庇護すべき少女は私と同じ――いやそれ以上に強い魔法少女であった。

 しかし彼女が見せていたあの顔に似たものは、魔法少女として活動する日々で、何度も見てきた。あの表情は、救いを求める人間のものだ。

 だから、私はあの少女――クロをこんなにも気になって仕方がないのだろう。



「そして次の日に現れた推定脅威度A吸血鬼の怪人を、多少の苦戦もあったが撃破。それだけなら野良ではあるが、有望な魔法少女というだけでこの話は終わるのだけど――『クロ』は他の魔法少女とは違う部分がある」



 そこで米山さんは話を一旦止め、部屋に備えつけられたパソコンの画面にとあるサイトを映す。そのサイトはよく見慣れた魔法庁が運営しているものであった。

 表示されているのは、野良の魔法少女について纏められているページで、そこには件の少女の姿があった。米山さんは手際よい所作でパソコンを操作して、その少女についての詳細を出す。



「――現在確認できている『クロ』の魔法は召喚系のものと推測されている。そこで『クロ』が使役しているものがこれだ」



 画面に映し出される異形の数々。その中のいくつかは、私も見たことのある姿もあった。長身の女性の姿をした異形。歪に肉片を繋ぎ合わせたような豚男の怪人。狼男の異形。そして吸血鬼の怪人。

 私は知らなかった怪人もあるが、召喚されているのは過去に『クロ』に倒されている怪人が多数を占めている。つまり、それが意味することは――。



「――そうだ。『クロ』の魔法は彼女が倒した存在を操作する能力だろう。理論上、怪人が現れ続ける限り『クロ』の魔法は強化されていく。その危険度は並の怪人を凌駕する」

「――それは大丈夫ですよ! あの子――『クロ』がそんなことするはずがありません! 現に怪人だって報酬もなしで自主的に倒しているじゃないですか!」

「だから、さっきも言っただろう? 『クロ』にとっては怪人討伐自体が戦力を補充する手段なんだ。優先的に倒すはずさ」

「そ、それは……」



 感情的に繰り出してしまった私の反論は、米山さんの意見に打ち負かされてしまった。私が黙り込んだタイミングで、米山さんは更に言葉を続けていく。



「妖精達からも、興味深い報告があってね。君達も知っていると思うが、妖精は互いにその存在を知覚し合えるんだ。しかし『クロ』からは契約しているはずの妖精の存在を一度たりとも確認できたことがないんだ。そこから導き出される仮説だが――『クロ』は魔法少女ではないかもしれない」

「そ、そんなこと……あるはずが……」

「……」



 米山さんから告げられる、とんでもない可能性。それに絶句するしかない私とスノー。

 私達の反応を伺い、米山さんはパソコンを操作して、ページを別のものに切り替える。

 次に表示されたのは、過去に目撃・討伐された怪人の一覧であった。



「――そこで私は過去に出現した怪人のデータを漁っていたね、『クロ』の魔法によく酷似した能力を行使する怪人がいたんだ。――その怪人の名は、魔女の怪人」



 パソコンの画面に映っているのは、『クロ』とは対称的に背が高く、黒い服装に身を包む女性の姿があった。

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