第14話 現在の俺/私

「今日の怪人も大したことなかったな……」



 最近の日課である怪人退治を終えて、俺――佐々木白は居住地であるアパートへと帰ってきた。

 怪人が出現したのが、夕方近くであったということも含めて、辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。

 蛇の頭部を持った怪人自体はそれほど強くなく、すんなりと倒すことができた。まあ、怪人を直接下したのは、自分の魔法『ネクロマンサー』によって召喚された、吸血鬼の怪人なのだが。



 自分が現在『ネクロマンサー』で召喚できる中では、結構強い部類に入る。誠に遺憾であるが、他にも別の召喚体と異なる部分があり、重宝はしている。会話も行おうと思えば、ノイズ混じりの雑音に近いけれど、できなくはない。

 長身の女性の姿をした怪人――女怪の怪人や、豚男の怪人などは強さこそは上級レベルだが、最低限の意思疎通しか取れないのが難点である。

 それだけで吸血鬼の怪人は、他の怪人よりかは優れていると言える。呼び出す度に、こちらに向けてくる視線が鬱陶しいことこの上ないけれど。



「けど……怪人の死体も結構手に入ったな……」



 自分が行使する魔法『ネクロマンサー』。肉体の一部を取り込んだ怪人を使役できる魔法。討伐した怪人の数がそのままこの魔法の強さに直結する。本来こういった何かをストックすることが前提の魔法は、最初の使用に苦労するのが基本のはずだ。

 しかし自分が初めて『ネクロマンサー』を使用した時――魔法少女として覚醒した時から、強力な女怪の怪人を呼び出すことができた。魔法に名付けを行った以降では、女怪の怪人以外にも多くの個体を召喚が可能だと直感的に理解できた。

 その理由は全く不明であるが、自分が性転換した上で魔法少女をやる羽目になった原因――ただの猫でしかなかったはずのクロの過去に何かしらあったのだろう。

 小さい頃から一緒に過ごしていたはずだが、思った以上にクロについて知らないことがまだまだ多いようだ。と言っても、調べる手段も何もないのだが。



 因みに、呼び出した怪人の生前の自我がどうなっているのかは不明だが、今の所召喚した怪人が自分の命令に逆らうようなことは起きていない。

 むしろ、こちらを上位存在として敬っているようだ。唯一言葉を介しての意思疎通が可能な吸血鬼の怪人がいい例だ。言葉の節々から、自分のことを「主」と呼んでいる。

 反逆される心配がほぼ無いため、安心して魔法を行使できるので助かっている。



 順調に怪人を倒して、『ネクロマンサー』で使える手駒を増やすことに成功している。何故自分が精力的に、怪人討伐を行っているのには理由がある。



 ――怪人に対する徹底的な復讐だ。自分が現在の状況に陥るようになった怪人達を、この世から殲滅する。それが今の自分の目標だ。『ネクロマンサー』で操る怪人で、同じ怪人を倒す。怪人達の尊厳を破壊しつつ、世の中が平和になるのだ。我ながらいい考えである。



 それに加えて、もう一つ。他の魔法少女の負担を減らすことが目的でもある。成長途中であり、多感な時期である少女達には、怪人達との命のやり取りは悪影響が大き過ぎる。

 そうであるならば、実年齢が高く元男であった自分が、少しでも怪人の討伐に力を入れれば、世のためにもなるだろう。それに――。



「――俺はもう死んだ人間だしな……」



 そう、佐々木白という人間はあの日――豚男の怪人によって、愛猫のクロと一緒に殺されている。今ここにいるのは、『クロ』という名の魔法少女に過ぎない。もちろんこの名前は自分から名乗っている訳ではなく、魔法庁の所属の魔法少女達からそう呼ばれている。

 不本意ではあるが、この力の源がクロから受け継いだものだと考えれば、『クロ』という名も自然と受け入れることができた。



 ――今やることはただ一つ。怪人を一体でも多く倒して、他の魔法少女の手助けをする。所詮死人でしかない自分には、それだけしかできないのだから。



 ――頭から離れない、赤い服装の魔法少女の姿を必死に無視をしながら。





 私――柏崎理恵には、最近頭を大いに悩ます問題がある。それは一人の少女についてのことであった。



「今日も会えなかったなぁ……」



 時間を遡ること、二時間前。

 中学校での授業が終わり家の自室で寛いでいると、スマホの方に魔法庁から緊急の連絡が入ってきた。一日の疲れで鈍い体でその内容を確認してみると、呼び出しのようだ。

 眠気を訴えていた脳でその事実を飲み込むと、慌てて契約しているベルを呼び出す。



「ベル……お願い……」

「――ああ、わかったよ」



 ベルから送られてきた魔力を自分の中で循環させて、着ていた部屋着をいつもの赤い魔法少女の衣装に変換させる。

 何故わざわざ魔法庁行く際に変身する必要あるのかは、全ての魔法少女が持つ認識阻害の能力に理由がある。

 変身前の姿で年齢の若い少女が、魔法庁に出入りしていると、一般で正体に簡単にバレてしまう。そういった事故を未然に防ぐために、魔法庁に行く時には変身が義務付けられている。



「こんな遅い時間帯に、いったい何の用件なんだろう?」

「まあ、行けばわかるよ」

「それはそうだと思うけど……」



 魔法庁に到着した私はベルと下らない会話をしつつ、入り口を潜り廊下を進んでいく。そうしていると、顔見知りの人物と出くわした。



「あっ! スノーさん!」

「――あら、ファイさんじゃない」



 同じ地域を担当しており、同年代である魔法少女であるスノー。彼女も私と同じように、魔法庁からの呼び出しを受けたようだ。

 私と視線が合った一瞬、スノーの顔が歪んだだような気がするけれど、目の錯覚だろう。



「スノーさんも呼び出しを受けたんですね」

「いえ、私の方は先ほど出現した怪人の討伐についての報告に着たのよ。倒したのは私じゃないけど……」

「それって、もしかして……」

「ええ、彼女よ……貴女がご執心の……」



 スノーの顔がこれ以上ないぐらいに、聞いてほしくない話題に触れられたような顔になっているが、今の私が関心を抱く内容になり、眠気が吹っ飛んでしまった。



 私が現在興味というか、関心を一点に持っている少女であった。



 豚男の怪人を倒した時が最初の出会いであり、吸血鬼の怪人の戦闘の際には助けてくれた命の恩人。

 初めは助けたいと思った少女は、実は私以上の力を持っており、私が及ばなかった怪人を多少の苦戦しつつも倒していた。



 最近では『クロ』という仮の呼称が特徴的な服装からつけられた彼女は、頻繁に怪人を倒している。

 しかし魔法少女であるのならば、必ず契約しているはずの妖精とは、魔法庁は全然連絡を取れていない。そのため『クロ』は、完全に報酬を目当てとしていない上で、怪人を倒しているのだ。



 ――いつか、きちんとあの子と話してみたい。

 それが現在の私の願いであった。

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