第13話 魔法少女スノーの憂鬱

「結局あの子にいいようにされるだけだったわ……」



 歳下の少女に振り回されただけで終わったことについて、私――魔法少女スノーは大きくため息をついた。



 怪人の出現を感知した魔法庁からの指令によって、今日も怪人討伐に乗り出したのだが――。



「――今日も間に合わなかった……」



 現場に到着した時には、全てが終わっていた。広がる血溜まりの中に、二人の少女の姿があった。一人の少女は寝間着らしき物を着ており、所々薄汚れていた。心細い中、避難してきたのだろう。横目で確認できた顔には、涙が流れた後があった。



 問題はもう一人の少女であり、その姿には見覚えが多少以上にあった。黒い法服のような服を着込んだ、小学校四年生程度の少女だった。清廉さとは真逆に位置する雰囲気を醸し出す杖を、その小さな両手で抱えていた。



 ――忘れたくても、忘れられない顔。

 あの吸血鬼の怪人がした日から、精力的に怪人の討伐を行っている野良の魔法少女。

 知り合いであるファイを助けてくれた際の感謝を伝えたいのだが、中々会話をする機会を得られていない。

 完全に魔法庁の関係者ということで、警戒されているらしい。



 この時出会った時も碌な会話もできず、保護対象である少女を任されて、彼女は退散していった。



「はあ……ファイには何て説明しようかな……」

「――また、あの子のことかい」



 私の独り言に答える声が聞こえてきた。それは幻聴の類ではなく、実在の伴った音声である。その証拠に、それまでは何もなかった空間が歪み、小さな何かが現れた。その何かは氷の結晶に、顔を連想させる三つの点が存在していた。現にそれらの点は、よく見ると動いている。



 その奇妙な氷の結晶の正体は、私が契約した妖精――アイスマンであった。ファイが契約している妖精であるベルと比べてみると、些か特異的な姿形をしている。ベルの見た目が童話の挿絵から、そのまま切り取ったようなものであることに対して、アイスマンはどちらかと言うと、妖怪の類ではないだろうか。自分が契約しているとはいえ、彼を見る度にそんな下らない思考をしてしまう。



「取り敢えずは保護した女の子を、職員に任せたらどうかな?」

「それも、そうね。……待たせてごめんね?」

「う、うん。大丈夫……」



 魔法庁のロビーにあるソファー。そこに座っているのは、蛇男の怪人に襲われていた所を、間一髪でクロによって救出された少女であった。助けた直後は、凄惨な場面に出くわしたせいか、放心状態であった少女も、幾分か落ち着きを取り戻したようだ。

 少女が安心できるように、優しい声色で語りかける。



 保護した少女を魔法庁の職員に預けると、前から交流のあった同僚の魔法少女――ファイのことについて考える。

 赤い服装を身に纏い、炎魔法を操ることに長けた魔法少女。彼女は無愛想な私と違い、優しく誰に対しても別け隔てなく接する、まさしく絵に描いたような『魔法少女』であった。「困っている人を一人でも多く助けたい」、というのがファイの座右の銘であり、彼女の精神性を表していると言える。

 私はそんな彼女を好ましく思っており、できれば同僚の魔法少女としてではなく、普通の友人として付き合いができたらいいと考えていた。

 今の段階では、私達は互いに魔法少女としての姿しか知らず、変身前の姿を見たことがないのだ。



 そのファイについてだが、最近彼女の様子はどこか異様であった。普段では異常を感じられないのだが、魔法庁でも最近話題の黒ずくめの魔法少女――クロのことになると、少しだけ変になってしまう。――ちなみに『クロ』という呼称は、彼女の服装の色に由来している。



 どう変であるのかを説明するのは難しいのだが、一言で表現するのであれば、「恋する乙女」という言葉が的を得ているとは個人的に思う。

 クロの話題になるとファイの顔が赤くなったり、クロの目撃情報がある度にその場所に急行しようとするようになった。

 その割にはクロと会うことができても、緊張のせいか、上手く話かけることができていない様子だったが。



 ファイがクロに熱心になる理由も、分からなくはない。あの日出現した吸血鬼の怪人から、自分を助けてくれた恩人なのだ。想いを寄せること自体は理解できる。その対象が自分たちよりも、歳下の少女でなければの話であるが。

 所謂吊り橋効果というやつだろうか。中々厄介なものだ。



 今回クロに遭遇したことを告げれば、「どうして、私に言ってくれなかったの!」と、頬を膨らませて怒る姿が容易に想像できる。まあ、ファイがこういったことで本気で怒ることはない。

 それでも憂鬱であるのには変わらず、私は再びため息をもらすのであった。



「その年でため息ばかりついていたら、幸せが逃げてしまうよ?」

「余計なお世話よ!」



 現在の悩みの種を解決するために、思考を割いている傍で、親のような発言をする相棒に対して声を荒げてしまった。





「――ふむ、やはり異常だな」



 ここは、魔法庁にある一室。その部屋に設置されているモニターと、にらめっこをしている一人の女性がいた。眼鏡をかけてスーツを皺一つなく着こなしているその様子は、まさにキャリアウーマンといった感じだ。

 理知的で綺麗な顔立ちであるのだが、女性はその顔を神経質そうなものに変えていた。女性の視線の先にあるモニターの画面には、多くの魔法少女の姿が映し出されていた。しかも現在モニターに映っている彼女達全員、魔法庁に所属していない――野良の魔法少女である。

 女性の視線は、その中でも一人の少女の情報に注がれていた。



 黒一色で統一された、最近魔法庁内だけではなく、世間を賑わせている魔法少女――仮称『クロ』である。



 クロの特異性は、彼女の活動が報告を受ける度に明らかになっていっている。



「次の議題は、彼女についてだな……やれやれ仕事はまだまだ山積みだ……」



 女性――米山玲香は溜まった仕事を片付けるために、作業を再開したのであった。

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