第12話 魔法少女クロ
「に、逃げないと……」
暗い夜道を一人走る少女の姿があった。その少女は、何者かに追われていた。変質者の類であれば、周囲の大人に助けを求めれば、解決する問題だっただろう。
しかし少女を追いかけるのは、変質者ではなく、もっと恐ろしい何かであった。
「Guuuu……!」
その正体は、まさに怪物としか形容できない見た目の生物だった。胴体部分は人間に近いのだが、頭部は爬虫類――蛇を模した形となっている。
腕には鋭い爪があり、それを少女の背中に突き立てようと早足で迫る。
その怪物は一般的に、「怪人」と呼称されていた。十年前に突如として現れた怪人は、世界各地で猛威を奮い、多くの犠牲者が出たと記録されている。
当然だが人間達は抵抗した。警察組織や軍隊が武装をし、未知の敵に対して精一杯の抵抗を。けれど結果は死体の山を増やすだけに終わった。
この少女は、今その怪人に追われていた。避難勧告がすぐに出されて、一斉に人々は怪人が出現した一帯から離れることに成功する。しかし病弱であり家で療養が必要な少女が、一人残されることになってしまった。
「はあ、はあ……いやぁ……来ないで……」
少女の息が乱れていき、長く続いた逃走劇の幕が降りようとしていた。疲れきった足はもつれてしまい、冷たいアスファルトの上に倒れてしまう。
少女が倒れ込む様子を見て、蛇の頭部を持った怪人――蛇男の怪人は少女にゆっくりと近づいていく。
当然だが顔面部分も蛇のものであるため、正確な表情を第三者が読み取るのは難しい。けれど、今蛇男の怪人の表情筋は『笑顔』を形作っているのは明らかであった。捕食者が獲物を前に浮かべる類のものであるが。
「Guuuu!」
「いやぁ!」
蛇男の怪人の腕が振るわれて、鋭い爪が少女に致命傷を与えんと迫る。凶器が自分の体に近づいてくる瞬間を見たくないためか、少女は両手で顔を塞ぎ体を丸め込む。人気のない路地に少女の悲鳴がしたのは一瞬のみで、次に訪れたのは僅かな静寂。その静けさを塗り潰すような絶叫が辺りに響く。その絶叫を出したのは、少女ではなく蛇男の怪人の方であるが。
「Gaaaaーーっ!?」
「――うるさいな。鼓膜が破れたらどうしてくれるんだよ」
少女に振り降ろされようとしていた蛇男の右腕が、鮮血を雨のように散らしながら吹き飛んでいった。
「え?」
少女は呆気に取られて、状況の変化を飲み込めなかった。
少女と蛇男の間に割り込むように、一人の乱入者の姿があった。その乱入者は、地面に倒れている少女と同じ年頃の少女と外見から推察できる。
絶対絶命の窮地。そこに現れたその少女の姿は、まるでフィクションに登場する『魔法少女』のようであった。
特徴的な服装――黒い法服のような衣装に身を包んだ少女は、傍に気品があり貴族服を着こなす男性を従えている。その男性が後ろを振り向くと、倒れている少女に柔らかい表情を向ける。
「お嬢■ん、も■安心し■■ださ■ね」
「ひっ!」
少女は思わず、抑え込んでいた悲鳴が少しだけ漏らしてしまう。それも無理はないだろう。男性の顔には生気がまるで感じられず、両目は完全な白目を剥いていた。言葉遣いもどこかおかしく、舌足らずの子どもというよりかは、聞き苦しい雑音に近かった。
「おい、何やってんだよ。ロリコン野郎。お前の相手はあっちの蛇男だろ」
「おや■や、■が主は手厳■■もので■■な」
「黙って、さっさと仕事をしろ」
「■解し■■た、我■■よ」
黒い法服姿の少女の指示に従い、気色の悪い男性は自らの手によって右手を盛大に切り裂いた。噴水の如く飛び出した血は、辺り一面に広がる――ことはなく、無数の剣群を形成する。その矛先の対象は、蛇男だ。
「Guuuu……!」
「人語すら■■ない、愚者■。我■主のためだ。潔く良く■ね」
真紅の剣が一本、二本。続いて数本ずつ。片腕になっても、攻撃体勢を緩めなかった蛇男に突き刺さっていく。
「Gaaaaーー!? aaaa……」
断続的に響く、肉を切り刻む不快な音。それに比例するように、静かになっていく蛇男の鳴き声。成人向け映画さながらの状況に、蛇男に追われていた少女は頭を再び抱え込み、現実から逃避をしようとしていた。
それから勝負に決着がついたのは、数分後であった。至る所に穴の空いた蛇男の体から、血液を操作して回収する男性。そして蛇男の体を足から掴み、逆さまの状態で持ち上げる。
抵抗なく持ち上げられる様は、糸の切れたマリオネットと言った所だろうか。
「おい、それ持って早く引っ込め」
「了■しま■た」
男性は蛇男の体を片腕で持ち、自分の服に血が当たらないようにしながら、いつの間にか傍にあった鉄製の門の中へと消えていった。男性の姿が見えなくなる同時に、扉は閉じられて門は幻影の如く揺らめき消失した。
その一部始終を横目で見ていた黒い法服姿の少女は、被害者である少女の方に振り向き話かける。
「もう、安心してくれ。悪い怪人はもうやっつけたからな」
「あ、あ……」
「やばいな。俺の魔法じゃ穏便な倒し方とかできないからな……この子どうしようかな……」
困った、という感情を顔に浮かべつつ、腕を組み思考する。そうしていると、その場に第三者の姿が現れた。
「――今日こそはお縄につきなさい! 魔法少女クロ!」
「ええー。またお前かよ。後その俺のことを『クロ』って呼ぶのは止めろと、何度言えば……」
「それは貴女が名前を言わないからでしょ! それに服から杖まで黒一色の癖に」
その第三者は、青色のドレスに似た衣装を身に着けた少女であった。衣装と同じ色合いの杖を持つ姿は、本当の意味で『魔法少女』らしいものだ。比較対象が、この場にはクロと呼ばれた少女しかいないのだが。
「まあ、いいか。スノー。その子のこと頼んだぞ」
「ま、待ちなさいよ! 今日の所は仕方ないけど、次会ったら、ただじゃおかないからね! この子のことも、放っておく訳にもいかないし」
「では、そういうことで――」
クロはそう言い残すと姿を消し、後には二人の少女が残されるだけであった。
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