第11話 魔法の名
「ぐっ……!」
決着はあっさりとついた。自分の魔法によって召喚された二体の異形の手により、吸血鬼の怪人は四肢をもぎ取られたダルマ状態になっていた。断面からは夥しい量の血が、アスファルトの上に垂れている。
消耗具合が激しいせいか、攻撃の媒介となる血がこれだけあるのにも関わらず、荒い呼吸を吐くだけで行動を起こそうとしない。
「あ……終わったのか」
制御下を離れていたとはいえ、自らの魔法で召喚した存在によって作られた血溜まり。苦戦を強いられた怪人がこうも簡単に無力化できるとは、にわかに信じられなかった。
異形達による怪人の解体ショーを、呆然と眺めていて放心状態になっていた。多少の時間をおいて、正気に戻った俺は二体いる異形の内、その一体に目を向ける。
昨日肉塊に変貌してしまった豚面の怪人。既に死んでいるはず存在が、何かの間違いかこうして動いている。
――自分の魔法の効果は、倒した敵を味方にする力。と言えたら、何とも魔法少女に相応しい、夢と希望に満ちた魔法ではないか。
しかし召喚された豚面の怪人をよく見てみれば、体には欠損部分が多々確認できる。その欠損部分を補うかのように、泥に似た何かが蠢いていた。
他の特徴を上げると、ごつごつとした硬い肌には生気が感じられなく、両目は完全に白目を剥いていた。
豚面の怪人の横にいる長身の女性の姿をした異形も、どちらかと言えば死者特有の何とも言い難い雰囲気を纏っていた。表情に関しては、目深に被られた帽子によって、見ることはできないが。
――動く死体。リビングデッド。そしてそれを使役する、命を冒涜する力。それが自分の魔法。
命名するとすれば、『ネクロマンサー』が妥当であろうか。
「ははは……何が魔法少女だ。大分物騒な力じゃないか、クロ……」
乾いた笑いが溢れる。この力を命と一緒に譲渡してきた家族に、つい小言を言いたくなってしまう。しかし自分の言葉は、誰にも聞かれることなく、ただの独り言で空気に溶けていった。
「クソがっ……! 満足か、魔法少女。我々の仲間の死体を弄び、この私を倒すのが……!」
「いや……お前にはあまり言われたくないんだが……」
瀕死である吸血鬼の怪人が、物語の味方側の登場人物のような台詞を放ってきた。どの口が言うのか。散々こちらの方を見て血を啜りたいとか、ほざいていた気がしたが。
「文句なら精々今の内に言っておけよ」
「ん? どういう意味だ、それは」
「いや、俺も自分の魔法について完全に理解しているとは言えないけど……昨日と同じなら……」
吸血鬼の怪人のダルマになった体が、女性の異形によって持ち上げられる。豚面の怪人は、武器である斧を持つ手とは反対の手で、切断された四肢を抱え込んでいた。
「なっ、貴様ら……こんな小娘如きに良いように操られおって!」
「最後まで癖の強い奴だな……。じゃあ、よろしく」
「――――」
「■■■■……!」
「お、おい! 待て――」
二体の異形――奴の言うことが正しければ、元仲間――に連れられて、吸血鬼の怪人の姿は門の奥へと消えていった。それに続くように、魔力で編まれた門も徐々に霧散していく。
「ふう……」
ようやく一息がつける。状況が一段落したことで、思考に余裕が生まれて、自分が何のために吸血鬼の怪人と戦うために来たのかを思い出す。
「お姉さん! 大丈――」
慌てて振り返ると、ファイが少女を庇うように抱きかかえており、妖精――ベルと呼ばれていた――がこちらを警戒するような目つきで睨んでいた。その様子に、口に出しかけていた言葉を飲み込む。
どうやら対応を間違えてしまったようだ。ファイとベルにとって、今の自分は先ほどまでの怪人と同じかそれ以上の脅威に相当するのだろう。
詳しい原因は不明ではあるが、自分は何故か魔法少女ファイに執着があるようだ。その対象にまるで怪物のように見られるのは、中々堪えてしまう。
自分は今、どういう表情をしているのだろうか。
「あっ、違うの。私そんなつもりじゃ……」
よっぽど酷い顔をしていたのか。ファイの顔が厳しいものから、こちらを心配するものへと変化する。ベルの方に関しては、依然警戒的な態度に変わりなかった。
「ファイ、油断しちゃ駄目だよ」
「何言ってるの! あの子のお陰で、私達が助かったのよ! そこの所分かってるの?」
「分かってるよ。だけど彼女が使った魔法は危険な――」
「そんなことはどうでもいいの!」
ファイはそれまで抱きかかえていた少女を丁寧に離すと、こちらに向き直る。その顔に浮かんでいたのは、先ほどまでとは打って違い、優しげな表情であった。
「ベルはああ言ってるけど、貴女のお陰で助かったよ。ありがとうね」
ファイが手を差し伸べてくる。気がつかない内に流れていた涙を拭い、その手を握り返そうとした時――。
「――ファイ、その子から離れなさい」
この場にいない第三者の声がした。ファイの方に伸ばしかかっていた手を止めて、視線を声がした方向へ向ける。
その声の主は、ファイと年の頃はさほど変わらない少女であった。青色のドレスをモチーフとした衣装に身を包んでおり、魔法少女であることが伺える。
「えっ! スノーさん。どうして此処に!?」
「魔法庁からの命名よ。それに私の管轄内でもあるしね、この辺りは。遅くなって、ごめんなさいね」
「それは大丈夫だよ……。あの子が助けてくれたから……」
「ふうん……そうなんだ」
どうやら、スノーと呼ばれる魔法少女はファイの知り合いらしい。二人のやり取りを横目で見ていると、スノーがこちらに話しかけてくる。
「それよりも、そこの貴女。未登録の魔法少女ね。怪人の討伐の協力は感謝します。しかし原則的に魔法庁への所属が義務づけられているわ。私達に付いてきてもらえるかしら?」
スノーは、こちらが魔法庁への同行することを望んでいるようだ。
どうするべきであろうか。彼女の要求に従えば、性別を元に戻す手段が判明するかもしれない。けれど死んだ人間が生き返り、その上で男が魔法少女への変身したのだ。どう対応されるのか、全く以て不明だ。
以上の理由を考慮すると、この提案を受ける選択肢はない。この場から逃走をするために、本日二度目の魔法を発動させる。
「ねえ、聞いているの……って、この魔力!」
「――魔法発動『ネクロマンサー』」
再び背後に鉄製の門が現れて、鎖が弾け飛ぶ。そして門の中から出てきたのは、先ほどまでの二体の異形ではなく、別の個体であった。
「Gurrrrrーー!」
魔法に名付けを行ったせいか、呼び出す対象を自由に選ぶことができるようになった。
召喚したのは、手入れのされていない体毛に覆われた、犬頭の大男――人狼の怪人だ。当然使役対象は死体であるため、この怪人も元から息がない。
強さの度合いで言えば、吸血鬼の怪人から数段劣る。しかしファイとスノーの二人相手であれば、時間稼ぎぐらいはできるだろう、と判断した。
「じゃあ、よろしくね」
「Gurrrrrーー!」
「ま、待ちなさい!」
スノーの静止の言葉には耳を貸さず、人狼の怪人に二人の足止めをするように命令を下す。殺すことは決してないように、と念を押すことも忘れない。
「待って!」
地面を蹴り上げて、魔力による飛翔を行う。この場から離れようとした瞬間に、ファイに呼び止められる。
一瞬だけファイの方に視線を向けたが、全速力で空を駆けて離脱した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます