第10話 吸血鬼の怪人③

「――覚悟しろよ、クソ野郎」



 怪人の現れた場所が近場で助かった。お陰で、最悪の事態は避けることができた。



 ニュースで魔法少女ファイの窮地を知った俺は、アパートから全力で飛行して現場に到着した。

 ファイやその妖精であるベルと状況把握のために、いくらか言葉を交わす。その後目の前の怪人に向き直った。



「おやおや、今度の魔法少女殿も可憐なお嬢さんではないか。さっきの彼女も美しかったが、中々食欲が唆られる。さぞかし美味な血が頂けるだろうな」

「ちっ、気持ち悪い。血が飲みたいだなんて、吸血鬼か何かか?」

「そう言えば、自己紹介をしていなかったな。ああ、そうだとも。私は吸血鬼の怪人だよ。君や後ろの彼女ような少女の生き血には目がなくてね」

「――よし、もう喋るな」



 貴族服に身を包む怪人――自称吸血鬼の怪人は、口を開けば不快な言葉を吐き続けている。それが癪に触り、さっさと決着をつけるために魔法を発動させようとした。



「魔法発動『■■■――!」

「悠長に魔法の発動など、待つわけないだろう?」



 怪人は自分の右腕を盛大に切り裂き、血を大量に出血させる。吹き出した怪人の血は地面に垂れることなく、意思を持つかのように空中で蠢き、剣群が生み出されていく。その中の数本がこちらに向かってきて、魔法の発動が妨害される。



「くそっ……!」

「ほらほら、どうした。さっきまでの威勢はどうした?」



 魔法を使用する際に発生する一瞬の隙。そこを狙って、嫌らしく攻撃を仕掛けてくる。回避に専念しなくてはならず、魔法を使う暇がない。



(このままでは魔力を無駄に消耗するだけで、じり貧だ。どうしたら――?)



 こちらが魔力を練り始める兆候を見せた瞬間に、剣を飛ばしてくる。同じような攻防が繰り返される。

 怪人は先ほどから一歩も動くことなく、攻撃を続けるだけで余裕の笑みを崩そうとしない。



 それまでこちらにばかり飛んできていた剣群から二三本ほど、後ろの少女達の方へと飛ばさた。



「――! 俺が相手だろ!」



 慌てて射線上に踊り出て、自分の体を盾にする。体の数カ所に剣が粘着質のある音を立てながら突き刺さった。瞬間、神経に異物を無理やり突っ込まれたような痛みが全身を襲う。



「――――っ!」



 昨日頭部を潰された際には、感じる暇もなかった激痛。本能的に脳内で鳴り響く、猛烈な警告音。自然と呼吸が荒くなり、視界も明瞭なものからピントがズレたものに変わっていく。



「どうしたの――え?」



 自分が守る対象とした少女から、不思議そうな声が上がる。いつまで待っても、訪れない凶器に疑問を持ったのだろう。



「ごふっ……」



 血の塊が吐き出され、口の中が鉄臭さで満たされてしまう。



「きゃあーー!」



 どこか遠くで、誰か――ファイの悲鳴が聞こえる。痛みのせいで碌に聞こえない聴覚に、思考が取られていく。怪人の前ではその隙が命取りとなる。

 体に刺さった剣を力任せに引き抜き、放り投げる。剣は乾いた音を立てて転がる――ことはなく、生成された時同様に液体に戻り、操り手である怪人の方へと戻っていく。

 これが怪人が自分の血を大量に武器に使いながらも、血液不足にならない絡繰であった。



「よし、今のはいい一発が入ったな」

「がぁ――ペっ。俺に攻撃が当たらないからって、後ろの人間を狙うとはつくづく性根がひん曲がってるな!」

「何とでも言うがいい。最終的に勝てばいいだけだからな」



 口内に溜まっていた血の塊を全て出し尽くす。それでも不快感は消えることなく、残り続けている。息を大きく吸い、呼吸を整える。



(このままだと、埒が開かないな――)



 一方的に不利なるだけのやり取りに焦りを覚える。思考を極限まで加速させて、様々な手段を模索する。



(――直感だが、魔法さえ発動できれば奴は倒せる)



 根拠のない確信。そもそもまともに魔法を使ったのさえ、昨日の豚面の怪人一回切りだ。自分の魔法ではあるが、詳細な情報は全くない。

 しかし豚面の怪人を簡単に挽き肉に変えた存在を思い起こす。二メートルを優に超えている長身の女性を模した異形。それを召喚できれば、一気に形成が逆転ができるという自信があった。



 魔法を使うための僅かな時間。それを作り出すために、起死回生の一手を選択する。縮んでしまった身長と同程度の長さの杖を握り締める。

 両足を起点に魔力を込めて、刹那の内に爆発させて地面を思い切り蹴り上げる。

 アスファルトが鈍い音と共に盛大にひび割れを作る。

 


「なっ――!」



 それまで崩れることのなかった怪人の慢心に満ちた態度が驚愕に変わる。自分が選択したのは、単純な一手。瞬間的に高めた魔力を起爆剤にした、急激な加速による突撃。

 体にかかる負担を度外視すれば、最良の攻撃手段であったみたいだ。



 アスファルトを蹴り上げると同時に、小さな体に圧がかかる。――と思っている内に、頭が怪人の腹の中央に激突する。



「ぐっ……!」

「はあ……ようやく隙ができたな!」



 虎視眈々と狙い続けていた瞬間が訪れる。こちらにもそれなりのダメージがあったが、先ほどの剣による負傷よりマシであった。

 衝撃で揺れる脳をいち早く持ち直して、距離を離して魔法を発動させる。



「魔法発動『■■■■■■■』!」



 体外に魔力が放出されて、巨大な鉄製の門が現れる。厳重に封鎖していた鎖が勢いよく弾け飛び、中から二体の異形が出現した。



「――――え?」



 自分の魔法についての知識は全くないのだが、そういう類の娯楽小説には何度か触れたことがある。正確な魔法名すら把握できていないが、自分の魔法が召喚系のものだと推測はしていた。呼び出せるのが、魔法少女には似合わないモンスターであるけれど。



 今回自分が召喚したのは、どちらとも見覚えのある異形であった。一体は前回も召喚した長身の女性の形をした異形。



「――――」



 相変わらず、その異形は訳の分からない言葉を囁いていた。

 問題はもう一体の異形であった。それの見た目は見覚えがある所か、昨日命を奪い奪われた関係であった豚面の怪人だった。しかしその外見は昨日見た時よりも、醜悪になっていた。

 一見五体満足に見える肥満な肢体。けれど所々体が欠損しているように見えた。まるで足りないパーツを無理やり別の何かで補っているようであった。



「■■■■……!」



 豚面の怪人だった物が低い唸り声を上げる。



「なっ……! 貴様らは……何故魔法少女如きに使役されている!」



 怪人の驚きを他所に、二体の異形は怪人に襲いかかる。女性の異形が素早く動き、怪人を両手で拘束しにかかる。

 その動きを察した怪人はすぐさま回避したのだが、隙をついてもう一体が手に持った斧で畳みかけていく。



「がぁ――!」



 斧が怪人の右腕を綺麗に切断した。断面から盛大に血を噴き出す。苦痛に歪んだ怪人が、辺りに飛び散った血を使い剣群を創り出す。その数は自分が相手をしていた時の倍以上であった。



 怪人が剣群を一斉に飛ばして、二体の異形はそれを避けたり、武器を使い叩き落とす。



 ――召喚者である自分の手を外れた異形達と、怪人の戦いを見守るだけしかできなかった。

 

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