第9話 吸血鬼の怪人②
「惨めだな、魔法少女よ」
「はあ……」
もう既に私には、怪人に答える気力は残っていなかった。何かトラブルが発生したのか、他の魔法少女が到着する前に、私は逃げ遅れた一般人を庇って攻撃を被弾してしまった。
背後にいる幼い少女。彼女を安心させるために、右肩に刺さってしまった剣の痛みを無視しながら、私は強張る表情筋を使い、不格好な笑みを浮かべる。
「お姉さん……大丈夫?」
「うん、大丈夫」
その言葉は、果たして守るべき少女に向けたものか、それとも自分を鼓舞するために言ったものか。
それすらも曖昧なまま、一度だけ少女の頭を優しく撫でる。
「これから、あの悪い奴倒してくるから。いい子にして待てる?」
「うん!」
先ほどまでの悲しそうな少女の表情が、少しだけ和らぐ。度重なる防御魔法の使用により、魔力不足に陥っているベルに声をかける。
「――ベル。この子のこと、お願いするね」
「構わないけど……ファイの援護ができない」
「大丈夫。私は魔法少女なんだから」
右肩に刺さっていた剣を無理やり引き抜く。碌に力が入らない体に鞭を打ち、何とか立ち上がった。衣装に合わせた赤色の杖を構え直して、怪人と相対する。
覚悟を決める。今まで戦ってきた経験からして、目の前にいるこの怪人の強さはかなりのものであった。
怪人の脅威度は、アルファベット順で一番下からE、D、C、B、A、Sの六段階で分類される。怪人の生態は未だ不明な点が多い妖精のものより、謎に包まれている。
魔法庁の公式サイトにおける、魔法少女のランキング。その順位はそれぞれの魔法少女達の人気具合に大いに影響を受けている。しかし支持されるだけでは決して上位に食い込むことはできない。トップの面々は相応の数や脅威度を誇る怪人を討伐している。
私はこのランキングで中間を彷徨っており、最も高かった脅威度はBだ。それも単独の討伐ではなく、同じ区間の担当である魔法少女の手助けがあったからだ。それ以上の強さである脅威度Aの怪人には、一度だけ出くわしたことがある。脅威度がAほどになってくると、単独で撃破できるのはランキングトップ10前後の魔法少女になってくる。
その時は魔法庁の指示によって援軍として来てくれた上位勢の一人の補佐に徹していたが、戦闘――という名の蹂躙劇を間近で見ることができた。もちろん被害者は怪人の方だ。
当時は初見の怪人の迫力に押されて、上澄みの中の上澄みの魔法少女の活躍に圧倒されるだけだった。
目の前の怪人からは、過去に見た脅威度Aの怪人と似たような圧を感じる。余裕な笑みを崩すことなく、こちらに近づこうとしてきた。
(――ベルには強がりを言ったけど、勝てる気がしないなぁ)
右肩を初めとして、負傷している節々から激痛が走り視界が点滅してくる。しかし泣き言など言っている場合ではない。私の頑張りで救える命があるはずだ、と自身に言い聞かせる。
気力を振り絞り、ベルから送られてくる微量な魔力を効率よく循環させる。無駄使いなどできない。
「魔法発――え?」
相手の方から接近してくれるのであれば、大技を叩き込むことができる。そんな考えの元、虎視眈々と発動の機会を伺っていた最中。
私と怪人の間に割り込むように、小さな人影が舞い降りた。かたん、と固い靴とアスファルトがぶつかる音が響く。
その小さな人影の正体は、一人の魔法少女であった。黒一色の法服。禍々しい造りの杖。つい先日出会ったあの少女であった。
少女は私の方に振り向くと、一瞬だけ優しげな顔でこちらを見てきた。
「無事でよかった……」
十歳頃の少女が出せない、大人びた表情で安堵の感情を見せる。その表情を見て安心したのか、それまで緊張していた神経が緩む。軽い音を立てながら、体が崩れ落ちた。自分で気づかない内に、とっくに限界がきていたようだ。
彼女はベルと保護されている少女に視線をやる。その時には、彼女の顔は無表情に戻っていた。
「そのいかにもな見た目……。妖精って奴か」
「その様子だと、魔法少女なのに妖精を見るのは初めてだね……」
「えー、俺も変身したのが昨日が初めてで、そこら辺のことはよく分かってないんだが」
「だとすると、あの豚男の怪人を倒したのは君かな?」
「まあ、そうだけど」
「なるほど……」
どうやら昨日の怪人を倒したのは、やはり彼女のようだった。その後もいくらか言葉を交わす二人。ベルとの会話の最後に、「お姉さんと後ろの子のこと、しっかりと守っとけよ」と、少女らしからぬ口調で告げて、怪人に向き直った。
「あ、あの――」
「いや、止めなくても彼女なら大丈夫だよ、ファイ」
一般人を守りながらという重い枷があったとはいえ、私でも単騎では相手にならなかった、推定脅威度Aの怪人。
死地へと赴こうとしている彼女を呼び止めようと、口を開きかけるが、その言葉はベルに中断させられる。
「何言ってるの、ベル。私よりも小さい、それも昨日初めて魔法少女になったばかりの子に任せるだなんて……」
「安心して、もうすぐ他の魔法少女もくるはずだよ。それに私の勘だけど――多分今の君よりかは強いよ、彼女は」
「――え?」
後で知ったことなのだが、未だ正体不明の彼女に討伐された豚男の怪人。その怪人自体の正確な脅威度は不明であった。しかし過去に登場した類似個体の怪人の脅威度はAであったという。
それと同等の強さであった怪人を、肉塊にできるぐらいの実力。そんな力を昨日今日で魔法少女になったばかりの少女が秘めている。
同時に、昨晩のベルの言葉が思い起こされる。
『――あの子は見た目は魔法少女に似ているけど、多分別の何かだ』
少女とあの怪人を戦わせて、その正体を探ろうとしているのだ。窮地に陥ったとしても、計算的な思考を曲げようしない姿勢。いつもは頼りになるベルだが、その有り方に言い表しようのない違和感を覚えてしまった。
■
「ん? ようやく増援の魔法少女か。結構待たされたぞ。相談事は終わったか?」
呑気に俺に向かって語りかける怪人。それに対して、俺は冷たく言い放つ。
「――覚悟しろよ、クソ野郎」
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