第7話 気になるあの子は
『――緊急速報です! 〇〇市に一体の怪人が出現! 現在は近くにいた魔法少女が単独で相手をしているようです!』
ニュースキャスターの声が、耳を右から左へ通り抜ける。テレビの映像には、一体の洒落た服を着た青白い肌色の怪人と、一般人を守りながらその怪人と戦う、赤い衣装を身につけた魔法少女の姿があった。視線はその魔法少女に釘付けになっていた。
――先ほどまで苛立っていた感情は、嘘のようにかき消えていた。
映像の中では、彼女が逃げ遅れた一般人を庇い、強烈な一撃を食らってしまっていた。
自分の体は無意識の内に立ち上がっており、既に変身を完了させていた。部屋の窓を開けて、魔法少女としての衣装である黒い法服を風で棚引かせながら、怪人が現れた場所へと急行した。
■
今日の昼間。街の通りを前触れもなく襲った悲劇。その下手人である豚面が特徴的であった怪人。その討伐を魔法庁から指令を下された私――柏崎理恵は、結果を報告しにいった後、一人の少女について考えていた。
――血溜まりの中に佇んでいた、この世の全てに絶望したような瞳の少女。
私が救助すべき無力だと思った彼女は――なんと私と同じ魔法少女であった。初めて出会ったはずの少女なのに、彼女の姿に既視感があった。
その既視感の正体は分からなかった。しかし私が魔法少女を続ける理由――困っている人を一人でも多く助けたい――に従ったのだが、当然魔法少女である彼女には私の助けは必要なかったけれど。
他にも尋ねたいことはあったが、呼び止めた私を無視するように、彼女は立ち去っていった。
魔法庁に帰還した際に、私が討伐を任された豚面の怪人を倒した少女について報告した。その時の魔法庁の職員――米山玲香さんは「いつもの未登録の魔法少女か」と興味なさそうにしていた。その後の細かい処理は米山さんに任せて、私は自宅に帰ることにした。
家に帰宅した私は、普段と何の変わりもない生活を送る。具体的に言えば、母親の作った料理を家族で食卓を囲み、楽しく会話をしながら食べる。食後は順番に風呂に入り、入浴後は学校の課題をこなしたり、友人とスマホで連絡を取り合う。
たったそれだけの、何てことのない日常。私の手の届く範囲内でしかないが、この日々を確かに守ることができていることを噛み締めて、思わず笑みが溢れる。
「――ねえ、ベル。少し話があるんだけど」
友人との通話を終わらせて、明日の起床時間にスマホのアラームをセットする。ベットに腰掛けた状態で、私は常人には姿の見えない相棒に語りかける。
「どうしたんだい? リエ」
私の声に反応して、何もなかった空中に光の粒子が集まり、小さな人型を形成する。その人型は可愛らしい少女の姿をしており、背中から生えた一対の羽が特徴的であった。彼女の名前はベル。見た目から分かる通り、私が魔法少女になるために契約した妖精だ。
――妖精。怪人が現れた同時期に、異世界である妖精界からの来訪者。成長途中の少女達に契約を持ちかけて、魔法少女としての力を授ける存在。人類の味方であり、怪人の敵対者を自称しているが、肝心の人間側は妖精の詳しい正体を知っている訳ではない。魔法という全く未知の技術すら、まともに扱えるのは魔法少女と妖精だけだ。
妖精達はある程度協力的とはいえ、野良の魔法少女が少なからず存在している。野良の魔法少女と契約している妖精を通して、魔法庁が連絡を取ろうとした事例は何度もある。しかし妖精達にとって、怪人を倒すことさえできたら、細かいことは些事のようだ。その要求は、妖精の「契約者のプライバシーの保護が優先だから」という言葉によって拒否された。
怪人討伐の報酬は妖精を通すことで、野良の魔法少女にも支払われているらしい。
――結局、妖精って何だろうか。
そんな私の内心には気づかずに、ぱたぱた、と私の頭の周りを飛ぶベルに、今日の出来事について話をする。
「――いや、ちょっとした質問でね。今日現れた怪人を倒していた魔法少女について何だけど」
「ああ、今日リエが依頼を受けた怪人を倒してた子か」
「うん、そうだよ」
ベルに尋ねる内容は、思考の片隅を占拠している少女についてだ。どうしてか気にかけてしまう彼女に関して、ベルに質問を投げる。
「――リエ。悪いことは言わないけど、あの魔法少女にはあまり関わらない方がいいよ」
「え? それってどういうこと?」
私の気の抜けた返しに、普段のお気楽な雰囲気を一変させて、ベルは答える。
「――あの子は見た目は魔法少女に似ているけど、多分別の何かだ。ただの直感だけど、彼女からは契約しているはずの妖精の気配も感じ取れなかった。基本的に妖精同士は互いの存在を知覚できるようになっているんだけど」
「へえ、そうなんだ……」
「分かったかい? ならこの話はこれでおしまいだ。リエは明日も学校があるんだろ? 早く寝ないとね」
触れられたくないのか、急に話題を切り替えて話を終わらせようとするベル。不服そうな私の態度も気にせず、ベルはその姿を消してしまった。
私よりも、あの歳下の少女のことを思う。
――あの子は、どんな風に過ごしているのかな?
少女の黒い瞳が思い起こさる。少女の年齢は見た目で言うと、十歳頃であった。あの年頃で、希望など微塵も感じさせない目つき。よく思い出せば、服装もサイズの合っていない男物もだった。とてもではないが、まともな家庭環境とは思えない。
――何か、力になれないかな?
そんなことを考えていると、今日一日の疲れが出てきたのか。睡魔がにじり寄るように襲ってくる。ベットに入り、毛布を羽織った私の意識が落ちるのに、さほど時間はかからなかった。
翌日の朝。朝の六時頃。ピピピ、と一定のリズムを奏でるスマホのアラームによって、私は目が覚めた。寝ぼけた頭で、枕元のスマホを探り当ててアラームを解除する。
のそのそとベットから起き上がると、身支度を整え始めた。
「――よし、いってきます!」
朝食を食べ終えた私は、元気よく挨拶をすると学校への道のりを歩み始めた。
――その数分後。突如現れた一体の怪人の襲撃によって、私は未曾有の危機に晒されていた。
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