第6話 情報収集

「うーん……」



 水底からゆっくりと浮上するような感覚と共に、意識が覚醒する。何か大切な夢を見ていた気がする。しかし寝起き直後の脳味噌では、その違和感すら忘却の彼方にいってしまう。



 ゾンビのように、体が安定していないふらふらとした体勢。洗面所の前にたどり着き、蛇口を捻る。勢いよく出てくる冷水で、顔を洗い今度こそ意識をはっきりとさせる。

 傍に掛けてあるタオルで滴る水を拭い、反射的に鏡を見る。自分の顔を見てくるのは、年齢が十歳頃の少女であった。少女の暗い瞳がこちらを射抜いてくる。



「そっか……あれは夢じゃなかったのか……」



 改めて、昨日起こった出来事が夢ではなかったことを認識させられた。はあ、と深くため息が溢れる。



 服を新しい物に着替える。と言っても男物であることには変わらず、サイズも依然合っていない。服の調達が最優先課題だと、心のメモに書き留めておく。

 ちなみに着替える際に裸になったが、これといって変な感情を抱くことはなかった。まあ、女子小学生の体に欲情していたら、今頃刑務所でお世話になっていただろう。



「朝ご飯にでもするか」



 昨晩と同様に、簡単に食事を済ませる。昨日の分と合わせて片付けを行う。

 怪人の襲撃によって、画面がひび割れてしまったスマホを取り出し、駄目元で電源を入れる。しばらくの沈黙の後、無機質な振動音で起動が開始される。

 



「よかった。壊れてなかったか」



 待機すること、二分間。無事にスマホの起動が完了した。待ち受けの画面で、自分を出迎えてくれたのは見慣れた愛猫――クロであった。



「クロ……」



 若干センチメンタルな気分になりながらも、某有名な検索エンジンで調べ物の準備を整える。パソコンがあれば使いたかったのだが、生憎修理中のため、スマホで妥協する。

 俺が今から調べようとしているのは、魔法少女についてだ。



 一般的に魔法少女に関連した事実で知られていることはあまり多くない。

 十年前に突如として現れた異形の存在、怪人。それに対抗するように、妖精界の住人達と契約して魔法少女に覚醒する。大半の人間が周知している事柄は、この程度しかない。



 自分の場合は、まず男が女に性転換するというイレギュラーがあった。しかし魔法少女に変身する際には、妖精の存在はなかった。普通に考えるのであれば、長年飼っていたクロが「実は妖精でした!」という考えに落ち着くだろう。何分他の妖精を見たことがないので、あくまでも予想に過ぎないが。

 クロの正体を探るのに、手がかりとなる情報が少しでもあることを、僅かばかりの願いを込めて。


 

 ネットで得られる情報にも、それほど期待できるものがあるとは思えない。しかし現状できる情報収集の手段がこれしかないため、諦め半分で画面に指を滑らせていく。

 魔法少女、と打ち込んでいく。そうすると、自分が望んでいた情報を一覧となって表示される。



「えーと、何々……」



 一番上にあったものをタップして、そのサイトに飛ぶ。そのサイトというのが魔法庁が運営しており、所属している魔法少女達の簡単なプロフィールが、彼女達の画像と一緒に載せられている。今まで詳しく知らなかったが、定期的に魔法少女達の人気投票も行われているようだ。ここまでくると、アイドルの間違いではないだろうか。ランキングには、怪人の討伐数も反映されているらしい。

 トップ画面に表示される上位勢を流し見つつ、視線は昨日出会ったあの魔法少女を自然と探していた。



「はっ! 俺は何をしているんだ……」



 無意識とは恐ろしいものである。一度会っただけの歳下の少女に、どうして執着しているのだろうか。

 それでも画面をスクロールさせる指の動きを止めようとは思えなかった。探し続けること、五分ほど。目的の人物にたどり着いた。そこには見覚えのある少女の顔写真と共に、好物や趣味が記載されている。



「へえ……あの娘、ファイって名前なんだ」



 もちろん公開されている本名ではなく、魔法少女としての名前だ。どうやら彼女は、中堅所の魔法少女らしい。つい興味本意で、目でその部分を追ってしまう。



「違う違う。俺は魔法少女について調べにきたんだ……断じてあの娘のことに関心なんかある訳がない」



 誰に対してか不明の言い訳。謎の誘惑を断ち切り、他の項目を読み進めていく。これまでに討伐された怪人の情報も閲覧できるようだ。

 もしやと思い、日付が最新のものを確認する。これまた見覚えのある――二度と見たくない豚面の怪人の姿があった。討伐者の欄は『Unknown』と書かれている。どうやら魔法庁に所属していない魔法少女が倒した怪人は、このように書かれることが分かった。



 当然自分が変身した姿は載っていない。けれど『要注意人物』の欄があり、そこには何人もの未登録――所謂野良の魔法少女達の姿があった。無論『要注意人物』と銘打ってはいるが、ここに記載されている人物が全員悪人という訳でもないようだ。あくまで、国が動向を全て把握できていない、という側面が強いためらしい。

 中には一般人の被害を全く考慮していない、魔法少女もいるようだが。



「これ以上はやっぱり無理か……」



 いくら公式で魔法庁が運営しているサイトであったとしても、一般的も自由に閲覧できるものだ。そこまで詳しいことは書かれていなかった。

 もちろん、クロの正体に繋がりそうな情報は一つもない。現状を打開、或いは役立ちそうな情報も特にはなかった。



 スマホの電源を落として、テレビを点ける。ネットが駄目であるなら、ニュース番組を頼りにする。と言っても、ニュース番組で放送されるのは精々魔法少女の活躍や、怪人からの避難勧告ぐらいだ。



 特に何も考えず、リモコンを操作しながらチャンネルを切り替えていく。そこで一つのチャンネルに目が止まった。



『――昨日も魔法少女達の尽力により、最小限の被害に抑えられました』



 感情を見せず、淡々と進行を続けていくニュースキャスターの女性の言葉に、思わず呆気に取られる。



(俺やクロの死が最小限の被害――?)



 暗い感情が湧き出てくる。平穏な日常を、こちらはいきなり奪われたのだ。その上で、赤の他人が自分達だけの犠牲で良かった、と言っている。衝動のままに、魔法をふるいたくなる。



(――ああ、イライラする)



 普段であれば気にも止めないことが、異常に癪に触る。先ほどから、感情の制御が上手くできていない。よくある創作のように、子どもの肉体に精神が引っ張られているのだろうか。



『――緊急速報です! 〇〇市に一体の怪人が出現! 現在は近くにいた魔法少女が単独で相手をしているようです!』



 ニュースキャスターの声色が機会的なものから、焦りを含んだものに変化する。ふと、テレビに視線を向けると、そこに映っていたのはあの赤い魔法少女だった。

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