第4話 逃走/ある魔法少女の原点

「――貴女、大丈夫ですか!」



 先ほどまで戦闘――一方的な蹂躙を行っていた現場で、サイズが微塵もフィットしない服が血に濡れる不快感に、顔をしかめていると、知らない少女に声をかけられる。



「ん?」



 勝利の余韻と浴びた返り血による気持ち悪さが同居していた時に、その少女は現れた。年齢は中学生ぐらいであろうか。可愛らしい赤色の服を身に着けた彼女は、一目で魔法少女であることが分かる。



 慌てて近いてきた少女は、心配そうにこちらを見てくる。少々脳内がこんがらがってきた。事態が二転、三展しているため、状況を整理したいと思う。



 この少女の視点ではこうなっているのだろう。あの豚面の怪人が出現の連絡を受けた魔法少女が、急いで現場に駆けつける。しかし辺り一面に広がるのは、犠牲者の体で創られた地獄絵図。いくら魔法少女とはいえ、未成年の女の子には中々厳しい光景だったに違いない。何とかたどり着いた先には、血まみれの小学生頃の少女。唯一の生存者だと思い、声をかけてきたと推察できる。



(この状況、どうしようかな……?)



 一番妥当な行動は、この場から一刻も早く立ち去ることだ。このまま身を流されていけば、穏便な形で保護に落ち着くだろう。しかしその場合身分証明の問題がある。当然だが、戸籍は男であった佐々木白という個人のものしか存在しない。

 両親も頼ることが不可能なため、実家の住所を答える訳にもいかない。事実上の詰みである。今後の生活は施設暮らしになるのだろうか。



(それは困るな……まだ男に戻れないと決まった訳じゃないし……)



「もう、大丈夫だよ。安全な場所に連れていったあげるからね。さあ、行こう?」



 こちらの内心は知らずに、少女は俺を安心させる声色で、優しく誘導しようとしてくる。少女の気遣いは凄惨な事件直後の生存者にとっては嬉しいものだろうが、今回の場合は若干のありがた迷惑だ。



(一旦逃げるには、もう一度変身するしかないか……バレるけど仕方がない……)



「一人で歩ける? 無理なら手を貸してあげるけど」

「大丈夫だよ、お姉さん。心配してくれて、ありがとうね」



 小学生相当の背丈になってしまった俺の目線に合わせて、屈んで言葉を続ける少女にお礼を告げる。中学生ながらも、将来は美人になると確信できる顔を束の間堪能する。



「じゃあね、お姉さん。――変身」

「え……? この魔力……まさか……!」



 一回目同様に、自分の体内にある魔力に呼びかけ、本日二度目の変身を行う。瞬間、眩い閃光が目の前の少女から視界を奪う。



「くっ……!」



 変身が完了した直後後に、少女から距離を取る。流石に魔法少女に成り立ての俺が、戦闘経験に一日の長がある少女に、勝てるとは思っていない。

 視力が回復しない内に、逃げの一手である。魔力で体を包み込むように操作をして、体を上昇させる。



「ま、待って! まだ話が……!」

「さよなら」



 少女の言葉に耳を傾けることなく、全力で離脱する。人生初の生身による飛行は、魔法少女の衣装によって思いの他快適であった。





 私――柏崎理恵は地元の中学に通う、一般的な女の子である。ある一点を除いては。



 ――それは、私が魔法少女であることだ。



 ――魔法少女。

 十年前に世界各地で出現した異形の怪物、怪人。彼女達は妖精界よりやって来た妖精と契約を結び、魔法少女として覚醒する。そうすることで得た魔法を、人々に危害を与える怪人の討伐に振るう。彼女達の尽力によって、世界の平和は保たれてきたのだ。



 私もそんな魔法少女の一人として活動している。私が魔法少女になったのは、今から一年前の出来事だった。

 


 一年前のあの日。季節が冬から春へと完全に移り変わった頃。多くの人間が新しい環境へ身を置く時期。私も小学生を卒業して、中学生としてデビューをまさにしようとしていた。



 小学生の時として少しだけ変わった通学路。友人と「同じクラスになれたらいいな」、と下らない会話に花を咲かせていた。

 そんな日常の一場面を切り取ったような光景。そこに滴ってきたのは、不純物な悪意だった。



 入学式のため通学の途中、一体の怪人に私とその友人は襲われた。その怪人は体の形は人間と同じものではあったが、頭部や皮膚の構造が決定的に異なっていた。

 半魚人。そうとしか形容できない化け物。ぬめぬめとした体表の怪人が道路のど真ん中で、一般人達を襲っていた。鋭利な爪で引き裂かれていく人体。流れ出す血。パニックに陥り、飛び交う怒号。

 入学式という目出度い日には相応しくない惨劇。

 その当事者に私達はなってしまった。怪人によって、友人の体が深く傷つけられる。血が溢れる。怪人はまだ友人の傍にいる。どうした、私の体! 早く動け――!



「――いい心持ちだ。君は友人を助けたいかい?」



 誰かの声がした。友人を助けられるという旨の提案に、私は即答する。



「――もちろん! 助けたいに決まっているでしょ!」

「――うん、いい答えだ」



 その時私に声をかけてきたのは妖精のベルであり、魔法少女としての第一歩であった。

 結果だけ言えば、友人だけではなく他の人達も救うこともでき、死傷者は奇跡的にゼロだった。



 その後ベルから魔法少女について、あれこれ話を聞いていた私に、国の機関である「魔法庁」の職員が接触してきた。

 国内の魔法少女は基本的に、義務として魔法庁に所属して、そのデータベースに登録されるらしい。魔法庁の魔法少女には、怪人の討伐数等で報酬も出るみたいだ。他にも、国から様々な援助を受けることもできるようだ。

 それでも中には、野良の魔法少女もいるみたいだった。



 魔法少女になってから色々と大変だったけど、あの日から私は変わらずに、魔法少女の力で一人でも多くの人々を助けてきた。



 だから、その日出会った少女も助けたいと思ってしまった。



 ――血溜まりの中に佇む、この世の全てに絶望したような瞳をした彼女を。

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