第11話 慈烏山の化け物⑤
菖真の父親は厳格な男だった。彼は慈烏山を守るために自分にも他人にも、家族にも厳しい態度をとっていたのだ。山の妖達はそんな烏天狗を尊敬、畏怖し従属していたが、彼の妻は似た者夫婦だったということもあり反発しあい菖真が十歳の時には荷物をまとめて山を出ていった。
「菖真も一緒に行こう。『弔い屋』さんがね、新しいお家とお仕事を紹介してくれるんだって。二人で一緒に暮らそうよ。ね? 」
母の優しい問いかけに菖真はうんと頷くことが出来なかった。誰よりも厳しく超然とした父が誰よりも寂しい男だということを菖真は知っていたのだ。だから菖真は父のもとに慈烏山に残ることにした。もしかしたら幼いながらに母に捨てられ「出ていかないでくれ」の一言も言えなかった父に同情していたのかもしれない。
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「俺は、父上を独りにしてはいけないと思ってた。父上は誰よりも正しくなければならなかった。だから誰にも弱音を吐けない父上が追い詰められて自死を望むことがないように見ていようとここに残ったんだ」
でもそれは正しい選択だったのだろうか。父は今でも正しくあろうと己を追い詰めているし、自分はそんな父の言いなりで意見ひとつ言うことが出来ない。母が出ていった時から変わらない。変わらないまま時だけが過ぎてしまった。自分は何がしたかったのだろう。何をすればよかったのだろう。思考がまとまらず、口をはくはくと何度か動かして結局菖真は何も言えなくなってしまった。口を噤んだ菖真に「仕方ありませんねぇ」と手毬が前に躍りでる。
「無言は肯定ととりましょう。親子問題は化け物退治をした後にそちらでどうぞ納得いくまで話し合ってください」
「『弔い屋』貴様っ」
「そんな顔で睨むのはおやめ下さい烏天狗様。このまま化け物を野放しにしておけないのも事実でしょう」
ねぇ? 首をかしげ得意の胡散臭い笑みを顔に貼り付ける手毬を烏天狗はじっと睨みつけ、それから苦々しい顔で「好きにしろ」と吐き捨てた。烏天狗は菖真を一瞥し踵を返して来た道を戻っていく。あとは境達で何とかしろという事だろう。手毬は境の方を振り返り「それでどうやって化け物を斬ります? 」と全投げした。烏天狗の前ではあれだけ堂々としていたくせに実際はまったくの無策だったらしい手毬に菖真は嘘だろうと目を貧むく。
「お前、まさか何も考えてなかったのか? 」
「はい。頭脳担当は境さんなので」
「いつもの事よ」
境はうーんと唸って腕を組む。
「正直あの化け物が土蜘蛛だって確証がまだないのよ」
「何がそんなに引っかかるんだ」
「もしあれが土蜘蛛でしたら逸話通り、つまり人間の想像した通りに刀で斬れば退治できるんですけどね」
「それ気になってたんだけど、退治ってつまり死ぬってこと? 退治したら退治した妖の記憶は消えるの? 」
「退治することと死ぬことは別です。退治とはそうですね、分かりやすく言うなら親が悪さをする子供を叱るみたいなものです。悪いことをしている妖にめっ!して大人しくしてもらうのが退治です」
「じゃあ、烏天狗に退治されたって言う化け物と源頼光に退治されたって言う土蜘蛛はまだ生きてはいるのね」
「生きてると言えば生きていますが人の感覚とは少し違いますね」
「どういう事?」
「慈烏山の逸話では化け物は烏天狗に退治され岩に閉じ込められたと言われています」
「岩として生きてるってこと? 」
「そうです。もっとも岩ですから喋ることも考えることも出来ませんが」
「それって生きてるって言うの? 」
「妖の死とは人に忘れられること、ですからね。人間から見たら死んでいるように見えても妖からしたらあれは生きているんですよ」
なるほど。そういうものかのか。ややこしい。境は目をつぶりウンウン唸って眉間に皺を寄せる。つまり土蜘蛛も妖の世界では生きていると言えるのだろうが、今その姿が件の化け物の姿と同じとは限らないわけで、ますますあれが土蜘蛛だとは言いがたくなった。
「やはりここは若い菖真さんにサクッと斬ってもらいますか? 」
「だからまだあれが土蜘蛛だとは確定できないって言ってるでしょ。それに若い若いって言うけど貴方だってそんなに変わらないでしょ妖同士なんだから」
「境さんが僕をどう思っているかは分かりかねますが、僕より菖真さんの方がお若いですよ。彼確か今年で二十一歳ですから」
「・・・・・・人間の肉体年齢でいう二十一歳? 」
「いいえ。この世に生まれ落ちてからの二十一年です」
「貴方私よりも年下なの!? 」
「何をそんなに驚くことがある。烏天狗が繁殖機能を持ったのはここ数十年の事だぞ」
「最近少女漫画とか乙女ゲームでよくみますもんね烏天狗一家」
「そういうのもありなの!? 」
「無から新しい妖を作り出すにはそれなりに長い年月が必要ですが、今いる妖に属性を付属する分には認知度にもよりますが数週間数ヶ月数年もあれば十分なんですよ」
なにそれ。もはやなんでもありじゃない。存在を構築するのに漫画やゲームもありだなんて現代の妖達は思ったよりも俗物的なものなのかもしれない。
「・・・・・・ん? ゲーム? 」
「境さん?」
「そうか。そういう事ね」
「何か分かったのか? 」
満足気に微笑む境に手毬と菖真がなんだなんだと首を傾げる。境はスマホを取り出し画面を操作してあるサイトを表示すると彼らにそれを見せた。
「これがあの化け物の正体よ」
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