第8話 慈烏山の化け物②
「一度自死した妖が蘇るなんてことあるの? 」
目を細め疑わしそうな視線を山彦に向ける境に手毬は首を横にふる。
「一度自死した妖は二度と妖として生をなすことはありません。何度も言っていますが妖は人間の想像から生まれるんです。想像の素となる記憶が消えた状態では全く同じ妖が生まれることはまず無いでしょう」
自死を選ぶ妖は自分のことを記憶から消してほしいと『弔い屋』に依頼する。『弔い屋』はその依頼を受け人間の記憶を消す。例外的に『弔い屋』に属する人間の記憶は消せないが、契約上『弔い屋』の人間が妖を覚えていたとしても妖は存在を保てないようになっているのだ。
「じゃあ、つまりこのちんちくりんが嘘をついてるってこと? 」
「う、嘘じゃないですよ! 本当にこの山に化け物がいるんですよ! 」
ほらこれ見てください! と山彦はスマホを取り出して境と手毬に見せる。
「なんで妖がスマホ持ってるのよ」
「烏天狗様がこの山の妖に買い与えてくださったのです。各所に無料WiFiもあるのでストレスなく快適に使うことが出来ます」
「現代的ですね。ところでその画面に映っている女性はどちら様でしょうか」
「女性って、絵じゃないそれ。アニメのキャラクターか何か? 」
「冥土名未毛ちゃんですよ! 今勢いのあるバーチャルYoチューバーです! 」
ファンなのだろう。山彦はふんすふんすと鼻を脹らます。
セルフ受肉Yoチューバ冥土名未毛。冥土とメイドをかけた衣装に身を包み、意思の強そうな紫色の瞳と艶やかな黒髪、その髪と揃いの猫耳が特徴的な美少女。彼女の主な活動内容はイラストとゲームの配信らしく、そのゲーム配信の最中に慈烏山の話題が出たのだと言う。
「未毛ちゃんは特にホラーゲームをよくやっていました。この配信の時やっていたゲームは夜の山の中で化け物から逃げ回るという内容で、その内容と慈烏山の言い伝えが似ているとコメントが打ち込まれたんです。・・・・・・ただ、それだけなら良かったんですが」
一週間ほど前配信を見た者が面白半分で夜の慈烏山に入り込み、何者かに襲われる事件が起きた。
「人間が襲われたんですか? そんな事件があったならニュースになるはずですよね? そのような話は聞いたことがありませんが」
「襲われた人間達は幸い怪我は無かったようですが、夜の山で冷え風邪をひいたのか酷い高熱を出して家に引きこもっているようです。烏天狗様が確認してくださいました。ですから事件にはなってはいないのでしょう」
手毬は、なるほど。と頷く。ただそうなると因果関係がおかしなことになる。化け物が生きていると噂がたち人間が襲われたなら分かるが、人間が襲われ化け物が生きていることが分かるのはおかしい。それでは無から妖が生まれたことになる。そんなことはありえないのだ。
「その化け物が言い伝えの化け物ではなくこの山の妖が凶暴化したものだという可能性はありませんか? 」
「どうでしょう・・・この山の妖は烏天狗様を尊敬、または畏怖し大人しいものが多いので・・・・・・」
「どっちにしろ化け物が姿を見せない限り分からないってことね」
ならさっさと山に入りましょうと歩き出す境の足に山彦は慌ててしがみついてとめる。
「お、お待ちください!その、襲われた人間は確かに怪我はありませんでしたが、それでもやはり山に入るのは危ないと烏天狗様もおっしゃっていたので・・・・・・『弔い屋』様達を中に入れるわけには」
「は? じゃあどうしろって言うの? 」
「えっと、その、人間の化け物に関する記憶を消すことは出来ませんか? そうすればこの山の化け物もきえますよね! 今残ってる伝承ごと忘れさせちゃってくださいよ」
「残念ですがそれは出来ません」
『弔い屋』は契約上自死を望んだ妖に関する記憶しか消すことが出来ない。誰彼構わず記憶を消してしまうと妖界のパワーバランスが崩れてしまうからだ。かつてこの山にいた自死を望んでいない化け物はその契約上記憶を消すことが出来ず、烏天狗が化け物を退治し、その噂を流すことで人間の記憶を化け物は烏天狗に退治されたと上書きすることで何とか丸く収めることが出来たのだ。
「その化け物が自死を望んでいるか分からない。さらに生まれた原因も分からないんじゃ僕達では手の出しようがありません。危険なのは承知の上で山の中に入り直接化け物に話を聞くしかないでしょうね」
「そんなぁ・・・・・・」
手毬の言うことは最もで山彦は何も言い返せずその場にへたりこむ。そんな山彦に手毬は目線を合わせるようにしゃがみニッコリ微笑んだ。
「分かってますよ。烏天狗様に言われているんですよね。山の中に『弔い屋』を入れるなと」
「そ、それは・・・・・・いや、その・・・・・・はい」
「どういう事? 貴方何かやらかしたの? 」
「やらかしたのは僕ではなく百年前の『弔い屋』ですよ。まあ、生真面目で繊細な烏天狗様と昼行灯の先代『弔い屋』は相性が悪かったのでしょう。それ以来『弔い屋』はこの山を出禁になっているんです」
「出禁って・・・・・・なんでそれをわかっていながら依頼を受けたのよ」
「だって面白そうじゃないですか」
今日一番の笑顔で言ってのける手毬に境はキリキリと痛むこめかみをおさえる。この男やっぱり最悪だ。そんな境の内心などお構いなしに手毬は立ち上がり半泣きの山彦の手を引いて歩き出す。境も仕方なく彼らについて行こうとしたその時、何かが境の後ろを通り過ぎた。野生動物か山彦のような小さなの妖か、なにかだろうか。境は特に気にもとめず二人の後を追いかけようと足を踏み出し、しかしその足が地面を踏むことはなかった。
「っ!? 」
後ろから伸びてきた何かに引っ張られガクと体勢を崩す。とっさに助けを呼ぼうと開いた口も覆われくぐもった音が漏れるだけ。一体何がおこってるの? 状況を上手く飲み込めない境を青色の目が覗き込む。青空をそのまま写し出した瞳の中にある真っ黒な瞳孔がキュウッと細くなる。妖だ。それも送り犬や山彦とは違う強い力を持った妖。逃げろと脳が警鐘を鳴らすが身体は動かない。身体が鉛にのように重くなり指の先から体温が失われていく。大変なことになったわ。そう他人事のように思いながら境は意識を手放した。
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