第4話 鏡の付喪神②
翌日、須藤に祖母の家へ行く許可をとった境達は手毬の運転で田舎道を走っていた。須藤の祖母の自宅まではまだまだかかるらしく、大して会話もない車内では後部座席に座る境の膝を枕にして眠る送り犬達の寝息がやけに大きく聞こえた。境は彼らの頭を優しく撫でながら車窓に目をやる。周りは山が多く自然豊かな土地だ。都会にはない長閑な風景を彼女はなんとなく見つめていた。
「着きましたよ。二匹とも起こしてあげてください」
「・・・・・・んぁ?」
「やっとついたの〜」
手毬の声で目を開けた送り犬達を膝から退けて境は車を降りる。須藤の祖母の家はいかにも田舎らしい平屋の一軒家だった。須藤の両親は同じ市内にいるが一緒に住んではいないらしく、祖母が亡くなったあとのこの家には誰もいないらしい。手毬は須藤から拝借した鍵を使って引き戸を開ける。大きく開けた玄関にはスロープがあり外観には似つかわしくない今風のバリアフリーの内装をしていた。
靴は下駄箱にでも入れているのか、それとももう処分してしまったのか玄関口には物一つ落ちていない。下駄箱の隣にはスリッパをかけるラックが二つあり、片方には子供用と思われるスリッパが六つ、もう片方に大人用のスリッパが五つ並べられていた。どちらもしばらく使っていないらしく、程度の差はあれどスリッパにはうっすらとホコリが積もっていた。
どうやら自分たちでスリッパを持ってきたのは正解だったようだ。手毬と境はポケットから折りたたみスリッパを取りだしそれを履いて中へと入る。後ろにちょこちょこと着いてくる送り犬達は土足だが、まあ大丈夫だろう。多分。
廊下を進み部屋をひとつずつ見て回った。台所に浴室、寝室、トイレ、リビング。
「ふむ。特にこれといって変わったところは無いですね」
手がかりなし。さてこれからどうしましょうかと問いかけてくる手毬に境は顔をひきつらせる。
「嘘でしょ。貴方、この家の中を見ても気づかないわけ? ほんとに何も? 」
「何かありました? 強いて言うならやけに付箋が貼ってある所でしょうか。須藤さんのお祖母様は几帳面な方だったんですね」
「着眼点はあってるけど違うわよ。あれは忘れても分かるように貼ってあるの」
物が置いてある場所、今日やること、緊急時の連絡先号、などこと細かくメモして貼るのは忘れてもそれらが分かるようにするため。他にも長い間使われた形跡のない洗面台やタンスに大量にしまってある薬。部屋の状況を見るに須藤の祖母は重度の認知症だったのだろう。
「それと、この家には須藤さんの祖母以外に少なくとも三人以上の出入りがあったと考えていいわ。それも最近」
「どうして分かるんです? 」
境はこれとこれと、それからこれ、と三つの付箋を指さした。
「この付箋、日焼けしてないでしょう。多分須藤さんの祖母が認知症になったのはそんなに昔の話しじゃないんだと思うわ。それにこの付箋は三つとも筆跡が違ってる。つまりこのメモを書いた者が三人いるってこと」
「なるほど」
「それから玄関にあったスリッパ。ラックにかかったスリッパはホコリを被っていたけど、その中でも三つだけは比較的綺麗だった。多分この家に来た誰かが使ったんでしょうね」
「遺品整理をしに来ていた須藤さんと須藤さんの母親、こちらに住んでいた須藤さんの祖母が使っていたのでは? 」
「遺品整理をしていたのはつい数日前のことでしょう。そんな短期間であんなにホコリはたまらないわ。それに家族や本人がスリッパを使うなら使うスリッパだけじゃなくてスリッパ全部のホコリを落とすでしょう」
「それはそうかもしれませんね」
「須藤さんの祖母に関して言うならまずスリッパは履かないでしょうね。と言うか履けないと思うわ」
境はもう一度ぐるりと辺りを見渡す。
滑りにくい床、そこかしこに設置された手すり、手をかざすだけで水が出るセンサー式の蛇口。外装とちぐはぐのこの内装は歳をとって体が不自由になった須藤の祖母のためにリノベーションしたのだろう。ただでさえ足元のおぼつかない彼女の祖母が滑りやすくなるスリッパをわざわざ履くとは思えない。
「と、今わかるのはこのくらいね。さすがにこれだけじゃ鏡の付喪神が消えた理由までは分からないけど」
「境なんか探偵みたいだな!」
「境すごーい!」
「別にすごくないわよ。状況から読み取れることを並べただけだし」
「いいえ、素晴らしいです。僕一人ではこんなこと到底気がつきませんでした」
「それはそれで問題でしょう」
境はため息をつき部屋の窓から外を見つめた。
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