第20話 こんなんトラウマなるで

 無限に再生する身代わり。話を聞いただけではどう倒していいのかイグニスには思いつかなかった。


「無敵の能力か。だが、その無敵にも必ずどこかに綻びがあるのではないか?」


「と言うと? 無敵に綻びなどあるものか。綻びがないからこその無敵なのだ」


 イグニスの言葉にグレイシャは首を傾げる。


「私も関所で無敵に近い紋章持ちと戦った。だが、それを撃退することに成功した」


「どうやってだ?」


「それは知らぬ。相手が勝手に倒れただけだ」


 イグニスの視点から見ればそうなるのも無理はない。夢の世界を現実に反映させる能力者のリサ。だが。夢の世界に入り込まれて本体を直接攻撃されたら脆い。そういう何かしらの弱点があるとイグニスは伝えたいのであるが、その事実を知らないので伝えようがない。


「では、困るではないか。また、敵が勝手に倒れる奇跡に期待でもするつもりか? 呆れた。天運に任せる王など情けない。そんな無計画な王に誰が命を預けようか」


 グレイシャは正論を述べる。上に立つ者としてイグニスにはしっかりとして欲しい。再現性が怪しいことに賭けられては、それで死ぬ兵の身にしてみたらたまったものではない。


「根性論で敵を倒せたら苦労はしない。わたくしたちにできることは、リリィとやらとの戦いを避けること。違うか?」


「ああ。そうだな」


「ねえねえ。ボクにいい考えがある! ボクたちの娘にリリィをぶつける。リリィは娘たちを相手にしているから、ボクたちに近づけない。そして、娘が死ねばボクたちにその戦闘データが送られてくるから、そこでイグニスが言うような綻びが見つかるかもしれないよ」


 シエルの作戦は実際のところ最適解に近いものがある。それはあくまでも理論上での話であるが。


「シエル。たしかにお前たちは理論上は無限に子供が生める。だが、それにはエネルギーや時間が必要だ。ここは敵地のど真ん中。敵が兵の補充を悠長に待ってくれるとは限らない。となると、限られた兵で突破しなくてはいけないわけだ。兵を死なす前提の作戦は、こちらの戦力が削られる一方ではないか?」


「じゃあ、どうするの? イグニス。やっぱりグレイシャみたいにリリィとは戦わない方が良いの?」


「ああ。できればそうしたいかな。先にラディ、アンディ、ニール、フラムを倒す。それからリリィの対処を考えても遅くはなかろう」


 結論が出た。現状ではリリィの対抗策が見当たらないので、戦わないのが得策である。


 まだ強力な紋章持ちがいる中で、シエルの作戦はこちらの戦力を減らす愚策になってしまう。それはなんとしてでも避けなければならないことだった。



 その日の夜。イグニスたちはエヌに案内された裏路地にある建物の一室にて眠ることとなった。


「イグニス。あのエヌとかいう者。信用しているのか?」


「まさか……だが、この建物は好きに使って良いとのことだった。エヌは今どこで何をしているんだろうな」


 エヌは日が暮れる前に自宅へと帰ると言いこの建物を出ていった。


「ぐがーぐがー」


 シエルがいびきをかいて眠っている。ドリュアスも窓から差し込める月明かりに照らされて「すーすー」と寝息を立てている。


「イグニス。眠らないのか?」


「私は良い。グレイシャ。お前は寝ろ」


「見張りのつもりか?」


「ああ。全員が眠ってしまっては対処ができぬ。グレイシャは子を生む大切な体だ。少しでも体調を万全にした方が良い。それに私はショートスリーパーだ。それほど睡眠を多く必要としない」


「なるほど……では、お言葉に甘えさせていただく」


 グレイシャが床に伏せて眠る。イグニスは床に座ったまま窓の方を見る。


 かつて、王宮で暮らしていた生活。それを想えば、この生活はかなり質素である。


 衣食住に困ったことがない。それに床で眠る経験などない。ふかふかのベッドで眠り、毎朝気持ちよく目覚める。自分がどれだけ恵まれた生活をしていたのか。それを実感する。



 A地区の兵士たちの宿舎。そこで特別に個室を与えられている水色の髪の中性的な人物がいた。


「ああ、リサよ。死んでしまうとはかわいそうに。私のこの人形にキミの魂を入れてあげよう」


 顔の半分が避けている不気味な人形。人間の子供ほどの大きさである。それに青白い霊魂が入っていく。


「ちょっと。もうちょっとマシな人形がなかったの?」


「ふむ。キミのために特別にチャーミングな人形を用意したのであるが……お気に召さなかったか」


「気分はさいてーね。アンタみたいな美的センスのない奴の操り人形にされるなんて」


 リサは目の前の人間に悪態をつく。


「ところでフラム。ここってA地区だよね? なんで、アンタがA地区にいるわけ?」


「イグネイシャス前王がここの地区に来た。彼を確実に仕留めるために、私たち紋章持ちが集められたというわけさ」


「ふーん。紋章を持たない凡夫ぼんぷ相手に5人の紋章持ちをねえ。ラディおばさんも相当焦ってるねえ」


 リサがくすくすと笑う。


「その凡夫にやられたのはどこの誰かな?」


「ウチはイグネイシャスにはやられてねーし!」


 リサがやられたのはシエルの娘で、イグニスではない。ただ、それでもシエルの娘は紋章を持っていないので紋章を持たぬ者にやられたのは変わりない。


「ただ……私のこの転生人形に魂を移したことでリサの能力は使えなくなったんだ」


「マジで?」


「この人形には紋章が刻まれていない。少し考えればわかることでは?」


「いちいちムカつくね。あんた」


 リサ人形が怒りで顔を歪める。ただでさえ半分裂けている顔が更に裂けそうになる。


「まあ、私の無敵の転生人形の能力があれば負けることはないだろう」


「ウチの無敵の夢の能力があっても負けたのに、その自信はどこから来るのか」


「みんなが寝静まった夜に無力になる能力のどこが無敵なのかな? 昼間勝てても夜に勝てなければ意味がない。隙がある能力は強者足りえない」


「ぐぬぬ」


 リサは負けてしまった手前何も言い返せない。フラムにレスバに負けたところで、リサの手足が勝手に動く。


「ちょ、ちょっと。勝手にウチの体を動かさないで」


「動かすために魂を定着させたんだよ。人形は人間とは違い無尽蔵の体力を持つ。その足でこの地区にやってきたイグネイシャス前王の情報を稼げ」


「パシリなら別にウチじゃなくてもいいだろ!」


「生き返らせてやったんだ感謝して欲しいくらいだね。ほら、私に誠心誠意謝辞を述べながらキリキリと働いてもらおうか」


「あんた。絶対ロクな死に方しないよ」


 リサは兵士の宿舎を出て、街中を強制的に歩かされた。日が暮れて夜中の時間帯。兵士たちもほとんど眠っている中。顔が半分裂けた人形が街を歩く。


 たまに夜中でも街中を歩いている酔っ払いが散見される。彼らがリサ人形を見ると目を丸くして驚いたが、酒の飲みすぎだと判断して特に騒ぎにはならなかった。


「リサ。聞こえるか?」


「なにさ」


「そこの裏路地に入るよ」


「裏路地?」


「うん。そこにいるかもしれない。隠れるにはうってつけの建物があるからね」


「チッ。わかったよ」


 リサは裏路地へと入ってく。



 イグニスはボーっと窓の月明かりを見つめていた。夜中。特に窓の外の景色が変わることはない。


 ただ、それでも虚空を見つめるよりかは風情というものを感じられる。


「きれいな月明かりだな……」


 イグニスがそうつぶやいた時、窓の上部から裂けた顔が、ぬっと逆立ち状態で顔を覗かせた。


「…………」


 イグニスは黙ってしまった。ひょいと裂けている顔は窓枠の外に消え去り、そこには跡形もなかったかのように美しい月明かりが差し込む。


「なんだあの化け物は。私でなければ悲鳴の一つもあげていたぞ」


 イグニス。その男の心臓は剛につき。


—――――

作者の下垣です。現在、最新話を読み終わったあなたに語り掛けています。

この小説が面白い、今後に期待できる、もっと読みたいと思われた際には、作品フォローや★での評価をして頂けると嬉しいです。

既にしている方はありがとうございます。今後ともお付き合い頂けると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王と蠅の女王 下垣 @vasita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ