第19話 姦通の紋章

 裏路地にある建物のとある一室にて、イグニスたちは匿われている。


「助かった。礼を言う」


 イグニスは逃げ道を案内してくれた男性に一礼をする。


「なあに。気にすることはないさ。イグネイシャス前王」


「私はその名を捨てた。今の私は王族ではない。だから、私の名はイグニスだ」


「ふーん。なるほどねえ。確かにイグネイシャスはグレアでは王族にのみ名乗ることが許されている名だ。王家を追放されたアンタにはふさわしくない名ってか」


 男性は無遠慮にイグニスに話しかける。イグニスはそれに少しムッとしながらも一応は恩人であるために穏便に済ます。


「ところで、まだあなたの名をいていなかった。名は何という?」


「俺か? 俺の名は……そうだな。エヌとでも名乗っておこうか」


「エヌ……変わった名だな」


 エヌの名乗っておこうという言い回しに若干の引っ掛かりを覚えるも、イグニスはそれ以上深く追求しないでおいた。


「それより……イグニス前王。大変だ。A地区に紋章持ちが集結しつつある」


「なんだって?」


 このロクの島にいる紋章持ちは全部で6人。その内の1人のリサは既に倒している。


「どうして、エヌがそんな情報を知っている?」


 イグニスは怪訝な表情でエヌを見つめる。エヌはため息をついた。


「まあ、そうだよな。初対面の俺を信用しろって言うのも無理な話か。まあ、俺も今は身分を明かせない立場だ。それに伴って情報の出どころも教えられない。ってことは、俺はさっきの話の信憑性しんぴょうせいを担保できねえってことだ。かかか、これは困った」


 困った割には嬉しそうに笑っているエヌ。イグニスはこのエヌに対しての警戒をしている。この男は一筋縄ではいかない。イグニスの勘がそう告げていた。


「ただ、情報の出どころは教えられないが、紋章の能力は教えられる。まずはF地区にいるフラム。奴の紋章の名は冒涜ぼうとく。能力は転生と言えばわかりやすいか?」


「転生? 死人でも生き返らせる能力か?」


「似ているようで違う。奴の能力は魂を転生人形と呼ばれる存在に定着させる能力。定着させた魂はフラムの操り人形になってしまうってわけだ」


「そうなのか……」


「まさに死者に対する冒涜だよなあ? 安らかに眠るはずの魂を無理矢理働かさえるんだ。過労死もびっくりだぜ」


「過労死? なんだその言葉は?」


「ははは。王様には無縁の言葉ってか? いいねえ。上に立つ人間でその言葉と無縁の生活を送れるってさ」


 なぜか嫌味を言われたように感じるイグニス。


「まあ、とにかく……フラムはやべえってことだ。あいつを早めに潰しておかないと転生人形で兵を補強されてしまう」


「なるほど。他の紋章の能力は?」


「さあな。俺が知っているのはフラムとリサの能力だけだ。リサは既にこの世にいない。なら情報を教えるだけ無駄ってわけだ」


「そうか。情報提供助かった」


 イグニスはアンディと戦っている。その時にアンディの能力は雷であることを知った。となると、イグニスが能力を知らない紋章持ちは、ラディ、リリィ、ニールの3人ということになる」


「まあ……なんていうかさ。がんばってくれよ。このA地区を支配しているラディってクソアマ。そいつをぶっ倒してしてくれ」


「なるほど……私を担いで気にいらない相手を潰そうってわけか」


「ははは。そういうこと。俺は情報を提供する。お前は標的を倒せる。ギブアンドテイクってわけさ」


 ギブアンドテイクと言う割には実際に戦うイグニスの方が明らかな負担が大きい。


「まあ……とにかく。ここでしばらく敵の動向を探ろう。体を休めている間にグレイシャたちに兵を補充させてもらえるからな」


「ああ、任せてくれ。イグニス」



 グレイシャの娘がA地区を探索している。そうしていたら、目の前に1人の幼い少女が現れた。


 少女は儚げな表情を浮かべながら、グレイシャの娘に近づく。


「お姉ちゃん……死相が見える」


 少女がグレイシャの娘に指さした。


「お姉ちゃんだけじゃない。近くにいるお姉ちゃんの仲間も」


 グレイシャの娘は、思わず仲間が隠れている場所に目をやってしまう。その瞬間、少女の指から弾丸が放たれた。


 隠れていたシエルの娘の眉間が貫かれる。そのままシエルの娘は倒れてしまった。


「き、貴様! なにものだ!」


 グレイシャの娘が剣を抜く。ここでグレイシャの娘は気づいた。少女の左手の手の甲。そこにハート型の紋章があることに。


「紋章持ち!? ということは……」


「私の名前はリリィ。姦通の紋章を持っているの」


「か、姦通……?」


 少女の口から発せられたとんでもない言葉。グレイシャの娘は自身の聞き間違いを疑った。だが、そうではないことがすぐに理解できた。


 シエルの娘の眉間の傷。そこから、なにかが這い出てきた。


「あ、ぁぁああ……」


 どす黒い液体のような個体とも言えないような、その中間にあるような、ドロドロとした不定形の生物。それがぐにゃりぐにゃりと音を立ててシエルの娘の体を張っている。


「な、なんなのだこれは!」


「私にもわからない。でも、あれは私の子供であることはわかる」


「ぶ、不気味な少女だ」


 このリリィをこのまま放置していたらまずい。そう思ってグレイシャの娘は剣でリリィに切りかかった。


「せいっ!」


 掛け声ととともにリリィに袈裟けさ斬りをくらわせる。だが、リリィの体には傷1つついていない。代わりに、シエルの娘から這い出た謎の生物が断末魔の叫びを上げながら真っ二つに切れた。


「なっ……!」


「無駄だよ。私への攻撃はその子が肩代わりする。そしてその子は……」


 真っ二つになった謎生物は再び結合して、1つの生物となった。


「無限に再生する。だから、私を倒す方法はない」


「そ、そんなバカなことがあるか! 斬風!」


 グレイシャの娘はリリィから距離を取ってから斬撃を飛ばし続ける。


 何度も何度も何度も何度も斬風を放つ。だが、リリィには一切のダメージが通らずに、ただただ謎の税物が無限に分裂していくだけである。


「ど、どうして……」


「無駄だって言っているでしょ? 私の愛しい我が子……それは、私のどんな攻撃も肩代わりをしてくれる」


 リリィが懐からナイフを取り出す。そして、グレイシャの娘に近づく。


「やめろ! わたくしの傍に近寄るんじゃない!」


 グレイシャの剣の方がリーチが長い。しかし、リリィはどれだけ攻撃しても倒れない。徐々に近づいてくるリリィにグレイシャの娘が恐怖を覚える。


「さようなら。お姉ちゃん」


 リリィがグレイシャの娘の首筋をナイフで掻っ切った。人体の急所。それをかっさばく。グレイシャの娘はここでこと切れた。


「…………」


 リリィが生み出した謎のジェル状の生物。ぐちゃぐちゃに散らばった後に1つの個体へと戻っていく。


「ぐ、ぐぬうう。がぁあ」


 パーンとジェル状の生物が弾けて飛んだ。シュウウと謎の生物が煙となって消えていく。


「死んじゃった」



「――!」


 グレイシャの脳に電流が走る。


「どうした? グレイシャ?」


「わたくしの娘が死んだ」


「うん。ボクの娘も死んだねー」


「そんな軽いノリで言うでない。娘が死んだことはわかるのか?」


「うむ。わたくしたちは生んだ娘が死亡すれば、その記憶の一部が母親に帰ってくる。イッチが死んだとわかったのもそれが原因だ」


「なるほど」


「わたくしの娘。最期に戦ったのはリリィと言う少女だ」


「リリィ。なるほど。紋章持ちか。一体どんな能力だった?」


「……! ありえない。なんて強力な能力なのだ。攻略法がまるで思い浮かばない」


 グレイシャの顔面が蒼白になる。


「どういう能力だ? 話してみろ」


「自分の子供を生む能力。そして、生まれた子供に自分のダメージを肩代わりさせる」


「ならば、その子供ごと倒せばよいではないか」


「その子供は無敵だ。どれだけ斬りつけても無限に再生する」

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