第18話 A地区侵攻
イグニスたちはリサを撃退して、D地区を抜けてA地区へと抜けていった。
A地区はD地区と比べて栄えている工業地帯で、空には黒煙が立ち込めている。
そんな街の関所の入り口。そこに兵士たちが多数いた。
「まさか! 本当にリサ隊長を倒してここまで来たのか!?」
グレナ国の兵士が驚く。リサは隊長の中でもかなりの実力者で破られることは想像しなかったわけではないが、砂漠の中で1粒の砂金を見つけるような確率だと思っていた。
グレナ王国陣営は万一のために関所の入り口にA地区の兵士を待機させていたのであるが、それが功を奏した。
イグニスは剣を握り、兵士たちに立ち向かう。
「シエルの娘! 後続は来ているか?」
「ううん。まだ……」
「それじゃあ、私がここで時間を稼ぐ。後続をここまで案内してくれ!」
「りょーかい!」
シエルの娘は飛んでいく。
「たった1人でこの軍勢を止められるかァ!?」
グレナの兵士たちの数は数十人程度いる。1人では太刀打ちできるような数ではない。だが……
イグニスは強い。
「斬風!」
イグニスが剣を振るう。その瞬間、前衛の兵士数人が吹っ飛ばされる。
「ぐわぁああ!」
吹き飛ばされた兵士たちが地面に激突する。その様子を見ていた後ろにいる兵士たちが口をポカーンと開ける。
「たった一振りで数人を吹き飛ばす威力……! こいつ、強いぞ」
「イグニス前王……! これほどの実力の持ち主とは」
武芸に優れている王家の人間の中でもイグニスの強さは群を抜いていた。
一介の兵士たちが集まったところで勝てるような相手ではない。
「怯むな! 斬風は盾でガードすれば恐れるに足りぬ!」
前衛の兵士の1人が盾を構えながらイグニスに突進してくる。だが、イグニスは落ち着いて剣を構える。
「
イグニスは剣を鈍器のように扱い、盾を弾こうとする。ガギィンと大きな音が鳴り、盾に振動が伝わる。
「うっ……」
振動は盾を通じて兵士の手に伝わる。強烈な振動に兵士は思わず盾を手放してしまった。ポロンと地面に落下した盾。イグニスはそれを一瞥することなく追撃をする。
「斬風!」
イグニスは広範囲に斬撃を飛ばして、兵士たちを蹴散らす。あっという間に戦える兵士の数が減っていく。中衛、後衛の兵士たちがイグニスの圧倒的な強さに後ずさりしてしまう。
「ひ、怯むな! やつは1人だ! 勝てない相手じゃない!」
「じゃ、じゃあお前が行けよ!」
「なんだと! 先輩に向かってお前とはなんだ!」
イグニスの強さに怖気づいた兵士たちは仲間割れをしてしまう。イグニスはその様子をじっと見ている。イグニスの目的は時間を稼ぐこと。ここで無駄に体力を消耗して敵を倒す必要はない。
「イグニスよ! わたくしは戻ってきたぞ!」
額にハートの紋様が浮かび上がっている女性。間違いなく、オリジナルのグレイシャである。
「くっ、ぞ、増援か!」
「ほら、お前らがもたもたしているから増援が来たじゃねえか!」
兵士たちは相変わらず仲間割れをしている。そんな統率が取れない集団がイグニスたちの軍勢に勝てるはずもない。
「みんな! 行くぞ!」
「おー!」
混戦になるもグレイシャ隊、シエル隊がグレナ王国の兵を蹴散らしていく。数の上でも兵士の質的にもこちらの方が圧倒的に有利。あっという間に関所を抜けて全員A地区に到達した。
◇
「よし、みんな聞くのだ。これからは、各自複数の班に分かれてA地区を調査しよう。流石にこの人数で行動するには目立ちすぎる。オリジナルのグレイシャとシエルやドリュアスは私のところに来てくれ。それ以外は各自、A地区を調査だ」
「了解!」
グレイシャの娘たちとシエルの娘たちとドリュアスの娘たち。それぞれが4~6人の班を組み、各自で行動を開始した。
「さて、私たちはどこか安全な場所で身を隠そうか」
「ああ。わたくしもイグニスの意見に賛成だ」
「ボクもー。異論はないね」
「そうですねー。オリジナルのわたしたちがやられない限りはーいくらでも兵は量産できますからねー」
残酷な話かもしれないけれど、紋章を持たずに生まれた時点でそれは使い捨ての命も同然なのである。イグニスもようやくそのことを理解した。
無人島では、グレイシャの娘に毒見させたことを気に病んでいたが、ここまで数が増えてしまえば……彼女らはもう駒にしか見えない。
否、イグニスは今ここにいる自分たちも駒の一部としてとらえている。イグニスは王の駒。これを取られたら終わり。他のオリジナルの蠅たちもそれに次ぐ最重要の駒。その駒を守るために、他の駒を適切に動かす。
「とりあえず……私は顔を隠した方が良さそうだな」
A地区の街並み。そこの建物の外壁にとある手配書が張ってあった。そこに描かれているのはイグニスの顔。イグネイシャス前王には多額の懸賞金がかけられている。
「しかし、良かったのか? せめて、1人くらいはわたくしの娘を捨て石として用意すれば良かったのに」
「確かにそうだな。イッチくらいはつけておいた方が良かったであろうな」
イッチ。グレイシャの最初の娘。1番目に生まれたからという安易な名前。
「いや、イッチは死んだ。さっきの関所の戦いでな」
「そうか……」
さらっとグレイシャが伝える真実。戦いである以上は死者が出てしまうのは仕方のないこと。だが、娘の中でも初期に生まれて名前が付けられた存在が亡くなるのは、さすがのイグニスも物悲しさを覚えてしまう。
「そう、気に病むことではない。死んだのはイッチだけではない」
「ああ」
ここで悲しんでいる暇はない。ここはグレナ王国に支配された地域。グレナがイグニスを敵対しているということは、A地区はいわば敵陣のど真ん中というわけである。すぐさまに安全な場所に避難するのが先決だ。
移動を始めようとするイグニスたちの背後に影が1つ。
「おい、こっちだ。こっちにこい」
その影の主が手招きをしている。ボサボサ頭で葉巻を加えている小汚い服装の長身の男性である。
「誰だ?」
イグニスは男性に問いかける。男性は首を横に振った。
「俺が名乗ったところで、何が変わる? 早く、こっちに来るんだ。この裏路地は安全だから」
確かにこの男性が名乗り身分を明かしたところで、それが本名なのか偽名なのか。イグニスたちには確かめる
「どうする? イグニス」
「行くわけなかろう。私の顔を見て裏路地に連れていこうなんて怪しさがすぎる」
「おい! 表通りの方が一目に着くから、こっちは裏路地を案内しようとしてるんだって!」
「嘘つけ。そんな小汚い服装したやつが金が欲しくないわけがなかろう!」
イグニスの言っていることはあながち間違いでもない。自分は今、金の卵を生むニワトリと等価値。その認識がイグニスの警戒心を強めた。
「あー、もう。勝手にしろ」
男性が
「いたぞ! イグネイシャスだ!」
表通りの方からグレナ王国の兵士たちがやってきた。完全に進行方向を塞がれて、兵士から逃げるには裏路地に逃げ込むしかない。
「あー……すまない。ちょっと裏路地に用ができた」
イグニスは軽いノリで男性に謝った。街中で戦ったら騒ぎになる。流石に敵の情報を何も掴んでない状態で暴れまわる愚策は取れなかった。
「ったく。元王様じゃなかったら一発ぶん殴ってたところだ。さあ、ついてきな」
男性が裏路地を先導して歩いていく。兵士たちも裏路地をついていくが、入り組んだ裏路地の中を追うのは困難ですぐにイグニスたちを見失ってしまった。
「く、くそ! どこに逃げた!」
「この辺の土地に詳しい奴はいないのか!」
きょろきょろと周囲を見回る兵士たち。だが、もうイグニスたちは遥か遠くへ、兵士たちの目のつかないところに逃げたのだった。
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