第16話 惰眠の紋章
イグニスに緊張が走る。紋章持ちは特殊能力を持っている。その特殊能力がわからない以上はうかつに手を出すのは危険である。
まずは能力の解明から。イグニスは慎重にリサと距離を取った。だが、当のリサは……
「すぴー」
「ね、寝ている……」
あまりの突然のことにイグニスは度肝を抜かれた。戦闘中に眠る。そんな人間は聞いたことがない。
リサは目を瞑り寝息を立てている。明らかにやる気が感じられない。これが常人であれば、イグニスはそのまま剣を刺していたことだ。
「ねえ、おじさん。相手は眠ってる! チャンスだよ! ぶっ殺してやろうよ」
「待て。シエルの娘よ。相手は紋章持ち。どんな能力を持っているのかわからない。もしかしたら、眠ることで発現する能力なのかもしれない」
イグニスの見立ては正しかった。そう思ったのは、リサの体が変化したからだ。リサの着ている服が寝巻きからフリフリの服とスカートに変貌する。
「は?」
明らかにファンシーな変身にイグニスは口をポカーンと開けてしまう。油断してはいけないのに、油断してしまうような状況である。
だが、リサは目を閉じたまま、どこから出したかわからないステッキを取り出した。そのステッキを振るうとステッキの先端から炎が出てくる。
「こ、こいつ! 炎の使い手か?」
イグニスに向かって炎が飛ばされる。イグニスは素早くその場から離れて炎を回避した。炎の影響で関所の一部が燃えてしまう。ほんの少しの小さな火。だが、放置するわけにもいかないのでイグニスはその剣を消化する。
「斬風!」
「な、なんだこれは!」
さっきから驚いてばかりのイグニス。星型の弾丸は今度はシエルの娘に向かって飛んでくる。
「う、うわ!」
シエルの娘は、空を飛んで星型の弾丸を回避した。星の弾丸は関所の壁を貫通する。とてつもない威力である。もし、シエルの娘に命中していたらそのまま体に穴が開いていたことであろう。
「な、なにあれ! おじさん! ボクあんなの聞いてないんだけどっ!」
シエルの娘が動揺している。剣が必要ない。そう豪語したリサ。それは間違いではなかった。
「こいつの紋章の能力。それは一体なんなんだ」
イグニスは考える。炎を出す能力だけならば、変身をする必要がない。眠る必要もない。そして、星型の弾丸と幅広い攻撃手段を持っているのも謎である。
そんな謎が更に深まる出来事が発生する。リサのまた下から馬がにょきっと生えてきた。リサは馬にまたがり、その辺を移動している。
「へ……?」
全く意味がわからない行動。この移動になんの意味があるのかは知らない。馬に乗って、イグニスたちを轢こうとしているわけでもない。リサからは全く攻撃の意思が感じられない。
「いや、攻撃の意思だけではない。こいつからは……なんの意思も感じられない」
リサの前にイチゴのショートケーキが現れた。リサはをのケーキを丸ごとバクバクと食べ始める。しかし、眠っている。戦闘中に眠っているのも意味不明ではあるが、食事をするのもわけがわからない。
だが、イグニスはここで気づいた。ケーキのクリーム。それがリサの口の周りについていないのである。ケーキにかぶりつくように食べれば、少なくとも口にクリームが付着してしまう。だが、リサの口元は全く汚れていない。
「どういうことなんだ。頭がおかしくなってきそうだ」
イグニスは考えるのをやめた。リサはただ眠っていて奇行に走っている。それは事実である。時折、こちらに攻撃を織り交ぜてはいるが、リサの行動になんの意味があるのかはしらない。
「ねえ、おじさん。ちょっといいかな?」
シエルの娘がイグニスに問いかける。
「構わん。申せ」
「ありがとー。えっとね、ボクさ。生まれたから数日しか経ってないけどね。こういう感じの映像。どこかで見たことあるんだよ」
「本当か?」
「う、うん。それで、その見ている時って言うのがね。“夢”の中なんだよ」
イグニスの娘のワード。夢の中。それを聞いた時、イグニスはあんまりピンと来ている様子ではなかった。
「私は夢を見ないタイプなのであるが……夢というのはあんなに脈絡がないものなのか?」
「うん。少なくとも私はそう」
ケーキを食べ終わったリサが、口から炎を噴き始める。
「うわ!」
イグニスとシエルの娘の間を炎が通る。2人は分断されてしまった。
「夢……夢か。夢は寝ている時に見るもの……まさか、こいつの紋章の能力は、夢を現実にする能力なのか?」
「え? なにそのかっこいい言い方! ちょっときゅんと来ちゃった」
イグニスの言葉に謎にきゅんと来たシエルの娘。そんな冗談を言っている間もなく、リサの体が変形する。リサの背中から翼が生えて、頭から角がでる。臀部からは尻尾がでて、その姿はまるで悪魔のよう。
リサは目を閉じたまま口を開く。
「くくく。私の名はリサ。悪魔と契約して、惰眠の紋章を持つようになった」
「惰眠?」
「ああ。その通りだ。私の能力は見ている夢の一部を現実に持ち込む能力だ。この能力があれば……」
リサの手に剣が生成された。その剣はグレナ王国のものである。
「こうして剣を生成することもできるのだ」
「ええ……」
イグニスは困惑した。能力が荒唐無稽なのもあるが、その能力をベラベラとしゃべることにもおかしいと思った。
「なあ、シエルの娘よ。アイツはなぜ、自分の能力をべらべらしゃべったのだ?」
「さあ? 寝言で本音を言っちゃうタイプじゃないのかな?」
リサは剣を両手に持ち、イグニスに切りかかってきた。
「うおっ……!」
イグニスはリサの剣をかわした。その動きはかなり素早くイグニスも対応するので精一杯である。
「これが紋章持ちの戦闘能力か」
イグニスはなんとか剣を構えて、リサが振るった剣を自身の剣でガードした。しかし、リサの剣はイグニスの剣をすり抜けた。
「なぬっ!」
すり抜けたリサの剣はイグニスの体を切り裂く。
「言ったはずだ。私は見ている夢の一部を現実に持ち込む。夢の中で作られた剣がただの剣であるわけがなかろう」
イグニスは膝をつく。あまりにも滅茶苦茶なリサの能力。夢ならばなんでもありと言わんばかりである。
だが、イグニスは諦めてなかった。このリサは最強ではない。なぜならば、それより上に……A区を任されている人物がいるからである。
と言うことは、少なくともこのリサの能力にはどこか綻びがあって、絶対に無敵というわけではない。
「おじさん。大丈夫?」
「ああ。これくらいの怪我など重症の内に入らない」
イグニスは立ち上がった。そして、再び剣を構える。
「まだやるつもりか?」
リサは剣を構える。そして、再びイグニスに切りかかった。
この剣は物体をすり抜ける性質を持っている、だからイグニスはこの剣をガードするのではなく、回避する方向で行動する。
リサの剣を避けて、イグニスはリサに接近する。そして……
「グレナ流剣技! 斬花!」
リサに攻撃をくらわせた。だが、リサの体は傷一つついていない。
「なに!」
「言ったはずだ。私は夢の中の出来事を現実に持ち込むことができる。私の夢の中の私は傷ついていない。つまり、それを現実に持ち込めば、どんな攻撃も無力化することができる」
「なんだそれ……反則にもほどがある」
リサの言っていることはあながち間違いでもなかった。これほど強力な紋章の能力を持っているのであれば、王国からもらった剣をなくすのも無理はない。
だが、能力のタネがわかったところで、イグニスにはどうしようもなかった。現実のリサにいくら攻撃しようとしても、夢の中のリサが無傷でいるかぎり、それを反映させれば傷はなかったことになる。
能力がわかったところで、それは対策のしようがなかった。
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