第15話 関所を抜けろ

 シエルが兵士から快く引き出した情報。それはこのロクの島。グレナ王国が侵略している地区は6つ。それぞれAからFと名前を付けられている。


 今、イグニスたちがいる場所がD地区である。各地区にはそれぞれ支配者がいる。A地区はラディ。B地区はアンディ。C地区はリリィ。D地区はリサ。E地区はニール。F地区はフラム。全員が紋章持ちであり、かなり強いとのことだった。


 イグニスはその内の1人。アンディとすでに剣を交えている。アンディの母親がラディ。彼女がこのロクの島を支配している者の中で最強とのことだった。


「というわけだ。グレイシャ。私たちがやるべきことはわかったな?」


「敵の総大将はA地区にいるラディ。そいつをぶっ潰せば良いのであろう」


「その通りだ。ご丁寧に全員を倒す必要もない」


 イグニスは兵士から奪い取った地図を見る。


「だが、困ったことがある。A地区。そこを通るには、関所を通る必要がある。B地区、C地区、D地区、E地区、F地区のいずれかの関所が中央のA地区に通じているというわけだ」


「そして、関所にはそこの地区の支配者が配置されているとのことだったな」


 グレイシャの言葉にイグニスはうなずいた。


「ああ。となると、紋章持ちとの戦闘は避けられないだろう。今ここにいるのがD地区だから、私たちはD地区の関所を目指せばいい」


「そんな単純な話なのか? 他の地区から攻め入ってもA地区にはたどり着ける。ならば、情報を集めて攻略しやすいところを攻略するのがセオリーなのでは?」


 グレイシャが意見を言う。だが、イグニスは首を横に振った。


「いや、私たちは軍勢が多すぎる。だから、下手に動くと目立つ。相手もバカではない。すでに戦闘開始状態であるのにも関わらずにのんきに待ってくれているとは思えない。情報収集中に敵から襲撃をされる可能性もある。忘れるな。私たちはすでに敵の陣地にいる。ここは蛇の胃の中だと思え。ならば、先手必勝。最も近いD地区を落とすのが確実だ。それに……」


「それに?」


「D地区の紋章持ちを落とせないのに、それより強いA地区のラディに勝てるわけがないだろう」


「確かに」


「まあ、グレイシャの言おうとしていることもわからないでもない。私はすでにB地区のアンディと戦っている。その紋章の特性も知っている。なら、そこを攻め入るのも手だとな。だが、ここからB地区は少し遠い。進軍するのにも体力を使う。ならば、やはり……時は金なり。先手必勝。D地区を攻め落とすのが先決だと私は判断する」


「まあ、この軍の最高責任者はイグニス。貴殿だ。イグニスが決めたのであれば、わたくしたちはそれに従うまでだ」


「ああ。それでは、D地区の関所を目指すぞ」


 イグニスは地図を広げる。そして軍勢に進軍指示を出す。


 ザッザと同じ顔をした女性たちが歩いていく様は異様なものに映っていた。


 だが、ロクの島の住民たちはどこか期待していた。彼らがグレナ王国の支配から解き放ってくれると損じて。


 関所に近づくと、グレナの兵士が数人いた。彼らはイグニスたちの姿を発見すると大慌てで角笛を吹いた。


 けたたましい大きな音が鳴り響く。敵襲を知らせる合図だ。


「敵襲! 敵襲! イグネイシャスが関所まで来た! ここは通すな! A地区まで行かせない!」


 兵士たちが陣形を組む。守りに長けたディフェンス。だが、その陣形の特性をイグニスは知っている。彼もまた元はグレナの人間なのだから。


「相手は持久戦に持ち込むつもりだ。そんなの相手にしている暇はない。シエル! 1人。貸してくれ」


「わかった」


 イグニスはシエル隊の中から1人の足に捕まる。そして、その隊員が空を飛んだ。


「なっ……! 空を飛んだぞ! まずい! 撃ち落とせ!」


 上空から侵入されると思った兵士たちはイグニスたちに攻撃を仕掛けようとする。


「シエルの娘。回避に専念してくれ」


「りょーかい!」


 兵士たちが次々に剣技で斬撃を飛ばしてくる。イグニスはその斬撃を盾を使って回避した。


「今だ! 攻め入れ!」


 敵の陣形の前列にいる兵士たちがイグニスたちに気を取られている。その隙にグレイシャの部隊が攻撃を仕掛ける。


「がはっ……!」


 グレイシャたちの攻撃により、前線の兵士たちが次々に倒れていく。これはイグニスが仕掛けた罠だった。イグニスは元から上空から侵入するつもりはなかった。敵のターゲットを一点に集中させることを目的としていたのだ。


「この陣形は前衛が崩されたら脆い。だから、前衛が崩されないように工夫する必要があるが……その工夫が足りなかったな」


 敵は混乱している。その隙にイグニスはシエルの娘を連れて関所の内部へと侵入した。


「し、しまった。その先にはリサ様がいる! 奴を通すな!」


 後衛にいる兵士の一部がイグニスたちを追いかける。イグニスは彼らを一定以上引き付けてからシエルの娘から飛び降りた。


「追いかけられ続けるのも面倒だ。ここで兵を始末する」


 イグニスは剣を取る。敵は4人。素早い剣技でまずは兵士の内の1人を斬った。


「がっ……!」


 兵士がその場に倒れる。兵士は斬られるまで接近されていたことにすら気づかなかった。まさに超人的な身体能力のイグニス。


「なっ……!」


 残りの3人の兵士があまりのことに固まる。すぐに対応できないでいると、イグニスの2撃目が繰り出される。


「王家の血筋を舐めるな!」


 また1人。兵士が削られる。流石に2人の兵士は硬直から立ちなおり、イグニスに立ち向かう。


「我が剣技を受けてみよ!」


 兵士が剣を振るおうとした瞬間、イグニスがその兵士を斬り倒す。


「ひ、ひい!」


 最後に残った兵士。尻尾を撒いて逃げ出そうとする。だが、応援を呼ばれては面倒だとイグニスは容赦しない。


「斬風!」


 斬撃を飛ばして距離を取った兵士を倒した。あっという間に追いかけてきた兵士4人を倒したイグニス。彼には数の暴力も通用しない。


「おー。さすがおじさんつよーい!」


「うむ。私はこれでも王家の人間だ。血筋が優秀なのだ」


 確かにイグニスはグレナ王国の初代王の血を引いている。彼は武芸に秀でていて、尋常ではないくらい強かった。その血を引いているイグニスも当然強いわけであるが、彼の強さの秘密はそれだけではない。


 第一王子として将来の国を背負う立場として、厳しい剣の修行を積み重ねてきたからこの強さがあるのである。


 国民のために磨いてきた剣技。それも、家臣たちに裏切られて、刃を国民に向けることになるとはなんとも皮肉な話である。


「さあ、行くぞ。この関所を抜けるんだ。そうすればA地区にたどり着く」


「うん!」


 イグニスたちは関所をまっすぐに進む。だが、その関所を管理している者が立ちはだかる。


「ふあーあ。やっぱり来たか―。なーんで、ウチの関所に来るかなー。メンドクサ」


 金髪のボサボサ頭の女が目の前にいる。彼女の服装は……寝巻きである。


「ね、寝起き……?」


 女性の右頬にはハートの紋章が浮かんでいる。紋章持ちということで、彼女がリサであることはほぼほぼ間違いない。だが、このリサからは一切の殺気どころか、闘気が感じられない。そもそも、グレナの兵士なのに剣というか武器を持っていない。


「貴様。グレナ王国の兵が王より賜る剣はどうした?」


「あー……それね。なくした」


「な、なくした……?」


 イグニスは衝撃を受けた。兵士はみな、国のために忠誠を誓っている。その国のトップである王から賜った剣をなくすなどとは信じられなかった。


「だって、ウチには剣は必要ないし。この紋章の力があれば、どんな相手もイチコロでしょ」


 女性の髪が逆立つ。彼女の右頬の紋章が紫色に光った。


「っつーわけで、ウチはリサ。このD地区の支配者をやらせてもらってる。自己紹介したばかりで悪いんだけど、死んでね」

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