第14話 人の心がない笑顔
グレナ王国の兵士たちがD地区と呼んでいる村。そこの支配を任されているのはリサという女兵士だった。
「リサ様。報告いたします。農村地区からイグネイシャスたちがこちらに向かってくるそうです」
兵士の報告を受けたリサはあくびをする。
「ふあーあ。なに? イグネイシャス? 誰それ?」
「あ、あの……前国王です。陛下のお兄様に当たる人で」
「あー。ウチ知らない。義務教育受けてないしー。なにそいつ? 前国王がウチになんの用なん?」
リサは兵士の報告を全く意に介してなかった。兵士も冷や汗をだらだらとかく。
「まあ、とにかく。そいつをぶっ倒せばいいんでしょ? 簡単なことっしょ」
「は、はあ。そうですけど」
「了解。それじゃあ、そのイグなんとかが来たら、ウチが倒しておくから、あ、そうそう。君はもう用済みだからどっか行っていいよ。じゃあね」
リサはそう言うと執務室の机に伏せて眠りこけてしまった。
兵士は呆れた様子で執務室から出る。廊下には兵士の仲間がいた。
「どうだった?」
「全く。リサ様には困ったものだ。あれだけやる気がないのに、人の上に立てるのが信じられない」
「まあ、そう言ってやるな。紋章持ちは無条件で階級が上がる。彼女はアレでも俺たち一般兵よりは強いよ」
「あーあ。俺も紋章が欲しいな」
◇
D地区に到達したイグニスたち。彼らを待ち受けていたのは、兵士たちだった。
「イグネイシャス前王! お命頂戴いたす……あれ?」
兵士たちはイグニスたちの軍勢を見て驚いている。その数は100を超えていて、想定の20倍ほどの軍勢であった。
たかだか数人程度と思っていた軍勢がたった数日でここまで増えて兵士たちはうろたえている。なにせ、そこまで人員を割いていないからだ。
「あれ? そっちはその程度の数でよいのか?」
イグニスが剣を構える。相手の軍勢は30人程度。数はイグニスたちの方が多い。完全なる数の暴力に兵士たちはすでにひるんでいる。
「な、ここまでの軍勢なんて聞いていない」
「知ってたら他の地区から応援を呼んだのに」
「どうすんだよこれ」
早くも相手はあきらめムードである。だが、この隊を任されている者は覚悟を決める。
「みんな! 武器を取れ。やつらの戦力を! 1匹でも多く削るのだ!」
玉砕覚悟の命令。される方はたまったものではない。だが、命令が出た以上は兵士として従わなければならない。
「行くぞおお!」
「おお!」
兵士たちは謎に士気を上げてイグニスたちに突撃してくる。イグニスは彼らの末路を想像して眉を下げ物悲しい表情をする。
「やれやれ。なにもこんなところで死ぬことはないのに」
だが、向かってくる以上はイグニスも兵士を倒さなければならない。
「行くぞ! みんな!」
「おー!」
イグニスたちは自分の“兵”たちに声をかけた。彼女たちもやる気を出してイグニスに従う。
こうしてイグニス軍とグレナ軍は激突することとなった。
「我が祖国! グレナに伝わる剣技を受けてみよ!」
敵の尖兵の一人がグレイシャの娘に攻撃を仕掛けてくる。剣を抜いて斬りかかったのは敵の方が早い。だが、速かったのはグレイシャの娘の方だった。
ザシュッ! グレイシャの娘が敵の尖兵の胴体に刃を通す。先制攻撃を受けた尖兵は驚愕の表情を浮かべた。
「なっ……!」
目を大きく見開いたかと思ったら、すぐに目を閉じて倒れてしまった。気絶か死亡かそれはグレイシャの娘にとってはどうでも良いこと。重要なのは、この兵士がこの戦いにおいては駒として機能しなくなったことだ。
「ひ、ひい。こいつ! 強い!」
前線の兵がやられたのを見て後続の兵が怖気づいてしまう。一瞬、敵の進軍が止まるも、敵の指揮官が檄を飛ばす。
「
明らかに勝ち目がない戦い。しかし、敵はそれでも良しとしていた。敵の戦力を1人でも削れば御の字。そんな個よりも全体の利益を追求した結果の作戦である。
だが、悲しいことにイグニスの軍は食料さえあればいくらでも軍を生み出すことができる。ここで数人削ったところで、また新たな兵を生み出すことになる。
結論から言えば、この兵たちの血は全くの無駄である。だが、それでも彼らは立場上、立ち向かわなければならない。
「全く。グレナ軍の上はかなりの無能だろうな。これではいたずらに兵を減らすだけだ」
イグニスは嘆く。これでも元々はグレナ王国のトップであった人間。末端の惨状を目の当たりにして、自らの祖国の在り方に疑問を覚えた。
こうして戦いは続く。続いた結果、敵の戦力はほぼ壊滅。
「撤退! 撤退だ!」
ついに敵の指揮官が撤退指令を出す。兵士は待ってたと言わんばかりに一目散に逃げだす。
「追うか?」
グレイシャがイグニスに問いかける。だが、イグニスは首を横に振った。
「逃げるものに追い打ちをかける趣味はない。それに何事も深追いは厳禁だ。逃がしてやろう」
イグニス軍の被害状況はほとんどなかった。彼女たちの中には深手を追ったものもいたが、ドリュアス特性の野菜をかじればすぐにその傷も回復した。
「全く。撤退指示が遅すぎる。自分に刃を向けられる瞬間まで兵を戦わせるとは……指令としては無能であるな」
イグニスは傍にいる兵士に駆け寄る。まだ息はあるがかなり苦しそうである。
「食うか?」
イグニスは野菜を差し出す。しかし、兵士は傷が深くて何かを食べられる状況ではなかった。もっとも、野菜を食べられたとしてもイグニスのように驚異的な超再生能力を持っているわけでもない。
「ダメか。食べる元気もないというのか。まあ、良い」
「うぅ……」
イグニスの足元に傷の具合が浅い兵士がいた。だが、足を斬られていて撤退に間に合わない者がいた。彼は意識を保っていて、話ができそうである。
「お、あなたでいいや。ちょっと尋ねたいことがある。質問に答えてくれるな?」
イグニスは兵士に刃を向けながら笑顔で問いただす。しかし、兵士は首を横に振った。
「殺せ。敵に情報を渡すくらいなら私はここで死を選ぶ」
「まあ、そう簡単に死を選ぶな。私だって、何も飲まず食わずの状態で足を怪我した経験がある。その時は傷が治らなくてな。傷口が化膿してそこを蛆が沸いて……ああ、思い出すだけでおぞましい」
人によっては不快になる話をして隙あらば自分語りをするイグニス。なんとかして、兵士に心を開かせようとする。
「その。私だって、元はグレナ王国の人間だ。同じ祖国を持つ者同士、仲良くしようじゃないか」
「上からの命令だ。イグネイシャス前王の利になることはできぬ」
「頑固だな……」
この兵の目は覚悟で決まっていた。イグニスに刃を向けられても、目の輝きまでは失っていない。この場で首を刎ねられようとも彼は口を割らないはずである。
「困ったな。拷問は趣味ではないんだ」
「はいはーい! ボクに任せて」
シエルの娘の1人が前に出てきた。そして、腕についている羽をぶちぶちと毟る。
「その羽でどうするつもりだ?」
「こーするの!」
シエルはまず爪で兵士の腹部を軽く傷つける。その後、羽を使って傷ついている兵士の脇腹をこしょこしょとくすぐり始めた。
「あ、あは! あははっ! な、なにをする! うぐっ!」
「ボクの羽。くすぐったいよね? おかしいよね? 笑っちゃうよね? 笑ったら、傷に響いちゃうよね? でも、人ってね。笑ってるだけじゃそう簡単に死ねないんだよ?」
そんなことを笑顔で言うシエル。向かい合っている2人がお互いに笑っている。だが、それは微笑ましい光景などではない。事実イグニスはこの光景を見てドン引きしていた。
「む、むごい……」
「ほら、笑顔ー。笑ってー。傷口開いちゃうねー。響いちゃうねー」
イグニスは思った。シエルの一族は怒らせてはいけないと。
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