第13話 野菜は美味しいから食べるの!
成長したグレイシャの娘は緑色の肌をしていた。臀部からはなにやら細長い植物の茎のようなものが生えている。茶髪のショートカットの髪型で頭には緑の草冠を装着していた。
「な、なんだ。こいつは……」
「あらあらぁ……こんにちはー。わたくしの名前はー……なんだろう……? わたくしって一体何者なんでしょうか?」
自らの名前を知らないことで自らの存在意義に疑問を持ってしまった緑肌の女性。イグニスは面倒だから適当に名前を付けることにした。
「なんか、見た目が植物系っぽいし……ドリュアスでいいだろ」
かなり適当な名前を付ける。
「あらー良い名前ですねー」
しかし、ドリュアスはその名前を気に入ってしまった。やはり、蠅。名前にこだわりを持たない。
「ドリュアス。あなたは何ができる? それを私に教えて欲しい」
「わたくしですかー? わたくしはですねー。あ、丁度良かった。ここに成長途中の作物がありますねー」
村の畑にドリュアスが近づく。そして、ドリュアスは前傾姿勢を取り、自分の口の中に指を突っ込んだ。
「おろろヴぉふぇおおぅう!」
不快な音。それも食事中に聞くと更に不快指数が上がるような音を出して、ドリュアスはベチャベチャと口から名状しがたい何かを吐き出した。
緑色のドロドロした見ているだけで吐き気を催すような邪悪ななにかが液体と固体の中間のなにかを畑にばらまいた。
「お、おい! ドリュアス! 人の畑になにをしているんだ!」
これには流石のイグニスも憤慨をする。この村の住民は不作でひもじい思いをしている。それなのに、作物をダメにするような行為はいくらなんでも人道に反する。どれだけ謝罪をしても足りないくらい。申し訳なさでハゲるレベルである。
しかし、そんなイグニスの焦りとは裏腹にドリュアスの吐しゃ物をかけられた作物たちはぐんぐん実って色鮮やかな野菜へと成長した。
「なっ……野菜が成長した?」
「これがわたくしの能力ですねー。わたくしが口から吐いた肥料は作物を急成長させるのですよー」
本人の話し方はのんびりと間延びをしているのにも関わらずに、作物は急成長させる謎の能力。
「驚いた。これはこの村の不作を救えるかもしれない! ドリュアス! 早速、この村の畑に向かって全部吐くのだ」
「ご、ごめんなさい。それはちょっと無理。おえっぷ」
「そっかー。無理であるか」
「ええ。嘔吐しすぎるのは健康に悪いので。それにわたくしの嘔吐は出産とほぼ同レベルのエネルギーを消費します」
「なるほど……よくやった。ドリュアス! 褒美に腐った野菜を食べてもいいぞ。腐ってるなら食べ放題だ」
「さっき食べましよー」
「吐いたんだから、もう少し胃に入るだろうて」
「イグニスおじさん……いくらなんでも鬼畜すぎますー」
嘔吐した後は食欲も減退するらしく、万能というわけにはいかなかった。
「まあ、とにかく……こんなことしてしまった以上は畑の所有者に報告しなければならない」
「ですねー」
全く他人事のようにのんきに微笑んでいるドリュアス。
「ドリュアス。一緒に行くぞ」
「わたくしもですかー?」
「当たり前であろう。主犯が来なくてどうする」
「うぅ……能力を見せただけなのにー」
ドリュアスは渋々、イグニスの後をついていくことにした。イグニスは畑の所有者の男性のところに向かい、事情を説明する。
「――というわけで、このドリュアスの能力で野菜が急成長しちゃったんです」
「なんと……そういうことか。それはありがたい。これでこの村は飢えずに済む。イグニスさん。あなたもウチの野菜を食べてください」
「いいんですか?」
「ええ。かまいません。作物を育ててくれたお礼です」
「ありがたくいただきます」
イグニスは畑に戻り、野菜をもぎとった。みずみずしくて、張りが感じられる上質な野菜。それを一口かじってみる。
シャリっとした音と濃厚な野菜の旨み。それが感じられてイグニスは新たなる体験をした。
「こ、これは……こんな上質な野菜食べたことがない。今まで食べたどの献上品の野菜よりも美味い」
イグニスが食事の作法を忘れるくらいにガツガツと野菜を食べて頬張る。それを見てシエルが涎を垂らした。
「いいなー。おじさん。ボクにも野菜わけてよ」
「いや、蠅たちには腐った野菜があるだろ。それでガマンしろ」
「えー」
「仕方ないであろう。人間は腐った野菜を食すことができない。それに、村人に腐った野菜の処分を頼まれておろう」
「ふーん。だ。いいもーんだ。なにごとも腐りかけが1番美味しいって言うもんねー」
腐りかけというよりかは腐っている。
「よし、野菜を食べて元気が出てきた」
その言葉通りにイグニスの体の傷がふさがっていく。美味しい野菜を食べた影響……なわけがない。
「おー。イグニスおじさん。斬られた傷跡が治ったね。実はボクも野菜食べていたら傷が治ったんだ」
「まあ、大体美味いものを食べれば治るというからな」
イグニスは笑い飛ばす。シエルもつられて笑う。そこに通りがかった村人が一言。
「いや! 治らんわ! どういう体の構造をしとるんだ!」
「…………? 私の親兄弟はみんな怪我したら、栄養取って安静にしていると大抵の傷は治っていたぞ? 下々の者は違うのか?」
「どんな体質だよ」
村人はイグニスの驚異的な体質を目にしてアゴが外れるくらいに唖然としてしまった。海に放り出されても無事に帰還しただけのことはある驚異的な生命力である。
「まあ、なんにせよ。しばらくこの村を拠点にしよう。ここは農作物もたくさん作れる。滞在許可もある。ならば、ここから出ていく必要もなし!」
イグニスはこの村に居座る気満々であった。実質、それが最適解でもある。食料さえ十分に確保できていれば、単為生殖で増える蠅たちは勝手に増える。蠅たちはそれなりに戦闘力も高くて、兵としては十分に機能する。
そうして、イグニスたちは食料を生産し、食べては生んでを繰り返して、イグニスの軍隊を結成したのだった。
「よし、まずはグレイシャ部隊63名! 全員いるか?」
「ああ、問題ない」
グレイシャがイグニスに報告をする。グレイシャと同じ姿をした兵隊たちが整列している。
「次にシエル部隊58名! 全員いるか?」
「いるよー」
シエルと同じ姿をした蠅が57人。シエル含めて58人がちゃんといた。
「続いて、食料供給部隊のドリュアス6名! 全員いるか?」
「いますよー」
「そして、私イグニス含めて128人の軍! ここに結成したり!」
イグニスが高らかに宣言をする。軍を指揮する
「時にグレイシャ、シエル、ドリュアスよ」
「なんだ?」
「最近、紋章持ちが生まれてないようであるが……?」
「仕方ないであろう。紋章持ちが生まれる確率は百匹に一匹の割合である。むしろ、最初の方に上振れで出すぎた分今は出てないのは当然であろう。確率は収束するのだから」
120人くらい生んで紋章持ちが出てきたのがシエルとドリュアスの2人と考えると数値的にはむしろ優秀と言える。
最初にフィーバーが出すぎただけであった。
「では、みなの者。村長に別れの挨拶をするぞ」
イグニスは整列した軍隊を指揮し、村長に礼をさせた。
「村長。お世話になりました。流石に大所帯になりすぎたので、この村から出ていくことにする」
「ああ。それはも仕方あるまい。だが、お前さんたちのお蔭で不作だったのに食料が得られて助かった。礼を言わなければならないのはこちらの方だ。ありがとう」
イグニスと村長は固い握手をした。
「では、イグニス軍よ! 進行だ! グレナ王国によって支配された村を解放するぞ!」
「おー!」
こうして、イグニスたちはこの島に来た時に最初に訪れた村へと引き返すのであった。
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