第12話 腹が減っては戦はできぬ
「イグネイシャス前王よ。僕と戦うつもりですか? 紋章持ちのこの僕に」
青年も負けじと剣を抜いた。
「では、この僕アンディも身を守るために戦わせていただきます」
アンディの歯の紋章が光る。彼が抜いた剣に上空から雷が落ちてきた。轟音を引き連れてやってきたそれはアンディの剣にまとわりついた。
「雷……?」
「これが僕の能力です。行きますよ!」
アンディがイグニスに向かって切りかかる。イグニスはそれを盾で防ぐ。
「今の攻撃に反応できるとは流石です」
「その程度の攻撃で私を斬れると思うな」
イグニスは剣を振るって反撃をする。しかし、その攻撃をアンディがひらりとかわした。
「なあに。ほんの挨拶代わりですよ。今の攻撃に僕の部下の大半は反応できなかった。それだけあなたは強いということです」
「嘆かわしいな。グレナの兵の実力はそこまで落ちていたのか。前国王として情けない」
イグニスの言葉に内心アンディが苛立つ。しかし、アンディはあくまでも態度を崩さない。
「それはこの剣を受けても同じことが言えますか?」
アンディの剣にまとってい雷がバチバチと光る。そして、剣の先端に雷撃が集まる。アンディがその剣を振るうとバチィとした音と共に近くの岩が崩れた。
「どうですか? 僕の剣は」
「そりゃ、剣が強いんじゃなくて雷が強いんだろう」
「言ってくれますねえ!」
アンディがイグニスに切りかかる。イグニスは盾でアンディの攻撃を防ごうとした。しかし、イグニスの盾はアンディの剣を受けるとバチっとした音と共に黒焦げになって使い物にならなくなってしまった。
「なっ……」
「これが僕の紋章の力! これでもうあなたは僕の攻撃を防ぐことができない」
イグニスは反撃で剣を振るう。しかし、アンディはまたその攻撃をかわした。
「イグネイシャス前王。攻撃が遅いですね。立つのは腕じゃなくて口だけですか?」
「はぁはぁ……くそ……」
イグニスは力が出ない。その理由は単純明快。腹が減っているからである。
イグニスは昨日から何も食べていない。流石に死にはしないけれど、力が出なくなっても仕方がない。
普段のパワー。スピードと比べて半減にも満たない状況に実力があるイグニスも焦りの色が見える。
「あなたは紋章持ちにも匹敵すると言われているくらい強いと聞きましたが……がっかりです。このまま僕の紋章の力に散ってください!」
「くっ……」
イグニスは剣を構える。盾で攻撃が防げない以上は先手必勝でアンディを倒すしかない。
「無駄です。そんな遅い剣技! 僕の方が速い!」
アンディが踏み込む。そして、剣を振るう。だが、イグニスはまだ剣を振るわない。
「勝ったッ!」
アンディは勝利を確信した。剣を振るったタイミングでイグニスはまだ構えの姿勢を崩さない。だが、それはイグニスの作戦の内であった。
「グレナ流剣技!
イグニスは素早くアンディの小手を剣の柄で叩いた。
「ぐっ……」
その柄での一撃。それでアンディがひるんで攻撃が一瞬止まる。その隙をイグニスは見逃さなかった。
「斬雪!」
イグニスが2撃目の斬撃を放つ。しかし、その刃での攻撃はアンディに回避の猶予を与えてしまうほどに遅かった。アンディは寸前のところでイグニスの攻撃を回避して事なきを得た。
「くっ……危なかった。もう少し反応が遅れていたらやられていた」
イグニスの攻撃。それが遅れたのはやはり空腹によるものであった。それがなければ、アンディに反応の猶予を与えずに攻撃を叩き込むことができた。
「反撃の構えか」
「紋章の力に溺れすぎではないか? 今の構えは真面目に剣の腕を磨いていれば気づけた範疇である」
「ふん。僕にはこの紋章があるから真面目に剣技の修行をする必要がないんだ! えらそうな説教は……僕に勝ってから言え!」
アンディの剣咲からバチっと音がして雷撃が飛んでくる。それがイグニスに命中する。
「うがっ……」
威力自体はそこまであるわけではない。だが、電撃を受けてイグニスの体は麻痺してしまう。
「この隙に食らえ! 斬風!」
アンディがグレナの剣技を放とうとする。飛ぶ斬撃。それが直撃すればイグニスも無事ではすまない。
イグニスもそれをわかっているからよけようとする。しかし、空腹で体を思うように動かせずに足をもつれさせてしまう。
「うわっ……」
アンディの放った斬撃。それがイグニスに命中した。
「ぐふっ……」
イグニスがその場に倒れる。だが、傷が浅かった。アンディの斬風の威力は甘くてイグニスに重篤なダメージを与えるに至らなかった。
「むう。久しぶりに剣技を放ったからか完全な形で入ることはなかったか」
もし、アンディの斬風が完全に入っていればイグニスの敗北は確定していた。アンディの日頃の鍛錬不足に救われた形である。
「でも、その傷でも十分。手負いの相手を倒すのはそう難しいことじゃない」
アンディがイグニスに近づく。確実に剣で止めを刺すために。イグニスは空腹と受けた傷のせいでまともに立ち上がることもできない。
万事休す。ここでイグニスの命運が尽きるか。そう思われた時だった。
「シエルちゃんキーック!」
シエルがアンディに向かって飛び蹴りをかましてきた。アンディは上半身にその攻撃を受けて体勢を崩してしまった。
「がはっ。な、なんなんだ。貴様は! 紋章持ち!?」
アンディはシエルの額にある紋章を見て青ざめた。イグニス1人だけになったところを襲ったわけであるが、流石に紋章持ちを相手にするのは確実な勝利を得られるとは限らない。
「イグニスおじさん! 大丈夫?」
「ああ。私は平気だ」
シエルの背後からぞろぞろとグレイシャたちがやってくる。流石にこれだけの数を相手にするには紋章持ちのアンディでも不利なことである。
「く、くそ! 紋章持ちさえいなければ! 引き上げるぞ!」
アンディはグレイシャたちにビビってその場から逃げ出した。もし、シエルの攻撃が間に合わなかったら……そう想像するとイグニスは身震いをした。
「イグニスよ。無事であったか?」
「あ、ああ。グレイシャ。助けに来てくれたのか?」
「うむ。イグニスの姿が見当たらなかったし轟音が聞こえたからな」
アンディの能力。それはやたらとうるさいことが弱点であった。こうして、戦闘していることを周りに知らされてしまう。隠密行動には全く向いていない。
「しかし。イグニスよ。貴殿ですらあの青年に敵わなかったのか? あの青年はそんなに強いのか?」
「いや、彼が強いと言うよりかは私が弱っていたのだ」
「弱っていた?」
「ああ。どんな王でも空腹には勝てぬ。飢えは生物の天敵である」
「うむ。そうだな。イグニスもあの野菜を食べればよかったのに」
「腐っている野菜はご免被る」
蠅たちの食料問題のほとんどは解決された。しかし、イグニスの食料は未だに確保できていない状況である。
人間は食べ物がなければ生きてはいけない。力も出ない。このままではイグニスは敵にやられるか、餓死を待つだけかのどちらかになってしまう。
「困ったな」
小さいグレイシャが首を傾げている。だが、首を傾げたいのはイグニスの方だった。そのグレイシャは額にハートの紋章が浮かび上がっていた。
「なっ……紋章持ち! かなり希少ではないか」
「ん? わたくしは希少なのか?」
小さいグレイシャは野菜をバクバクと食べている。暴食の能力。それは食べたものの遺伝子を取り込んで成長するというもの。
「あ、なに勝手に野菜を食べているんだ! 貴重な能力を野菜に使いおって!」
イグニスが止めようとするも手遅れだった。すでに野菜を十分に食べた小さいグレイシャは成長してしまったのだ。野菜の情報を取り込んで。
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