第11話 0円食堂

 イグニスたちが安息できる場所を求めて歩いているととあるのどかな農村についた。


「静かな農村だな。ここにはグレナ王国の手は及んでないらしい」


 農村の村人たちはイグニスたちを好機な目でジロジロと見ている。イグニスたちはそんな視線を無視して堂々と進んでいく。


「農村ってことは食料が豊富ってことだな。ただ、あまり金を持ってないけど」


 イグニスたちの財政状況はそんなにいいわけではなかった。シエルが親切なおじさんに施しを受けたけれど、それも4人分の宿代で消えてしまった。


「あんたたち。こんな辺鄙へんぴな農村になんの用だい?」


 クワを持ったおじさんがイグニスたちに声をかけてくる。流石に異国ということもあってか、イグニスがグレナ王国の先代の王であることに気づいていない。


「私は旅の者だ。そこの子供2人が腹を空かせている。だが、私には手持ちが少ない。これでこの子たちに食わせるだけの食料をわけてくれないだろうか?」


「あー。確かにこれくらいあれば、この2人食わせる分だけの金はあるだろう。しかし、今年は不作でな。とても人間が食えるほどの作物は育たなかったのだ。すまないな。ワシらも飢えたくない。どれだけ金を積まれても食料を分け与えることはできない」


 きっぱりと断られてしまった。農村ということで食料があることを期待したが、それは泡沫うたかたの夢に終わった。


「不作と言ったな? 野菜が実らなかったのか?」


「あー。いや、実りはしたが、腐ってしまってな。廃棄処分をする寸前だったんだ」


 おじさんが視線を移す。その先には、大量に積まれた腐った野菜がおかれていた。


「え? これ捨てるんですか?」


「ん? ああ。腐った野菜を持っていたところで仕方がない。肥料は別で作っているし、畑の肥やしにもなりゃしないよ。全く廃棄処分するだけ手間だってのに」


 腐った食材を見て、イグニスの後ろの女性陣たちが涎を垂らす勢いで野菜を見ている。


「時にご老人」


「ワシはまだご老人ではないわい」


「この廃棄する予定の野菜を私たちにくれないだろうか?」


「?」


 おじさんは首を傾げる。こんな負債になるだけの野菜を欲しがる人間がいるとは思いもしなかった。


「かまわんが……何に使うのだ? 生育家庭で腐った野菜など食べられんぞ」


 イグニスたちは食料を求めているとおじさんは思っている。普通であれば腐った野菜を人間が食べることはない。だが、グレイシャたちは人間でもなければ普通でもなかったのだ。


「よし、グレイシャたち。許可ができたぞ。今日は全員野菜食ってもいいって」


「わーい!」


 グレイシャ、シエル、その子供たちが腐った野菜に群がった。そして、ムシャムシャと腐った野菜を食べ始めたのだ。


「ええ……」


 農家のおじさんはドン引きの目でグレイシャたちを見ている。そこそこいい身なりをしている女性たち。高貴な雰囲気を漂わせているのにも関わらずに蠅がたかるような腐った食材を美味そうに頬張っている。


 どれだけ飢餓状態でも自分なら絶対に食べないようなものを平然と食べる美女たち。彼女たちの底なしの食欲にただただ引くばかりである。


「お前さんたち。そんなの食って腹を壊さないのか?」


「平気平気」


 シエルがむしゃむしゃと野菜を食べながらおじさんの疑問に答えた。


「……あんたは食わないのか?」


「私は人間だ。あんな化け物たちと一緒にするでない」


 最早グレイシャたちを化け物扱いしているイグニス。それは間違ってはいないのであるが、女性に対していささか失礼な気がしないでもない。


「うわ、でっかくなった」


 イッチ妹とシエルの娘が栄養を得たことで急激に成長した。それを見たおじさんは目が飛び出るくらいに驚く。


「え、ぇええええ! な、なんなんだ。あんたらは! 変態か?」


「まあ、ある意味変態ではある」


 彼女たちは蠅である。蛆の形質から蠅に変貌したので、“変態”で間違いはない。


「ご老人。廃棄する食料はこれで全部か?」


「いや、まだ村には廃棄予定の腐った野菜はある。それと、ワシはまだご老人ではない」


 廃棄予定の野菜の山。それを見てイグニスは考える。このまま、この村に居座れば食料に困ることはない。グレイシャとシエルの娘をいくらでも増やせるのではないかと。


 グレイシャは剣技に優れていて、シエルは飛べるし格闘能力を持っている。戦力としては申し分ない。


「ご老人。すまないが、しばらくこの村に滞在することはできるか?」


「あ、ああ。まあ、かまわん。村には空き家がある。去年までは人が住んでいたが、もう亡くなっていてな。そこは自由に使っても良い」


「感謝する」


「ま、まあ。処分する予定の野菜の処分を手伝ってくれるんだから、この村にいても良いが……あんたら本当に何者なんだ?」


 ありがたい存在ではあるが、異質すぎる存在のイグニスたち。


「申し遅れたな。私はイグニス。こちらがグレイシャ。そして、こっちがシエル。これだけ覚えてくれれば良い」


「そ、そうだな」


 名乗られたところで奇怪な生物であることには変わりない。イグニスたちは空き家に通されてそこで一晩明かすこととなった。


「イグニスよ。わたくしたちはこれからどうすれば良い?」


「ひとまず、この村の腐った野菜たち。それを早いところ片づけてしまおう。そうすれば、農家のおじいさんたちも助かるだろう」


「うんうん。ボクたちも美味しい野菜を食べられて満足だよ」


「腐った野菜を美味しいと感じるその味覚はある意味で羨ましいけどな」


 イグニスは腹を鳴らす。彼だけ今日は何も食べていないのである。


「イグニスおじさん。野菜食べる?」


 シエルは腐った野菜をイグニスに差し出した。


「腐った野菜を食わそうとするでない。グレイシャ。シエル。できるだけ、戦力は欲しい。生める余裕があるなら生んで欲しい」


「えー。おじさん。なにそれ。俺の子を産んでくれってやつ? プロポーズ?」


「そんなわけない。私はあなたたちと交わった経験などないわ」


「わたくしはイグニスの遺伝子を食べたけどな」


「それは交わるとは言わない」


 そんな会話をしつつ、イグニスたちは眠りについた。



 がつがつと野菜の山を食べ続ける女性たち。その様子を見て村人たちは涎が垂れそうなくらいに口をあんぐりと開けた。


「ふ、増えてる……」


 ここに来た時はイグニスと5人の女性だった。しかし、今では女性は7人に増えている。グレイシャとシエルが新たに子供を生んだのだ。


「なあ。イグニスさん。ちょっと人が増えてないか?」


「ああ。増えてる。昨日生んだ」


「生んだって……! え? アンタ、あの子たちに手を出したのか? ワ、ワシだったら腐った野菜を食べる女は無理かな」


「なぜそっちの発想になる。1日で生まれた方に疑問を持て」


 イグニスは廃棄する野菜を片付けているグレイシャたちをしりめに村の外れに向かった。


 ぐーとイグニスの腹が減る。イグニスはまだ何も食べられていない。


「腹減った……」


 どれだけ金を積んだとしても、この村は凶作のせいで食料が足りない。そんな彼らから食料を奪うことはできずにイグニスは空腹のままだ。


「はあ……流石に腐った野菜を食うくらいなら私は餓死を選ぶかな」


 そんな自分の末路について考えているとイグニスの前に1人の青年が現れた。青年は剣を携えていて、とても農民とは思えない。


「誰だ?」


「これはこれはイグネイシャス王。いえ、前王でしたか。ご機嫌麗しゅう」


 イグニスは警戒する。こいつは間違いなくグレナ王国の人間である。青年がニッと笑う。見えた歯にはハートの紋章が浮かび上がっていた。


「お前、紋章持ちか!」


 イグニスは剣を抜いた。

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