第10話 出産+特訓
イグニスたちが逃げた先には、兵士たちが先回りしていた。
「いたぞ! 相手はたかだか4人。やっちまうぞ!」
兵士たちが剣を構える。
「わたくしの剣を受けてみるが良い!
グレイシャが見様見真似でイグニスが放った剣技を使ってみる。ちょっとした衝撃が発生して、それが兵士に命中する。
「ぐはっ……」
グレイシャの斬風を食らった兵士が腹部を抑える。
「お、おい! 大丈夫か?」
「ああ。大したことがない威力だ。こんなの訓練兵レベルだ」
グレイシャの斬風はまだ未熟なせいもあってか、一撃で兵士を倒すには至らなかった。
「むう。イグニスのようにうまくはいかないか」
グレイシャは剣をまじまじと見ている。
「女たちはそれほど強くはなさそうだ。イグネイシャスだけ警戒していくぞ!」
兵士たちが突っ込んでくる。そんな兵士たちの前にイグニスが出た。
「もう1度見るのだ。斬風!」
イグニスが斬撃を飛ばす。兵士たちはその斬撃を受けて吹き飛ばされた。
「ぐっ……がぁあ!」
「おー。おじさんやるー」
シエルがイグニスの剣技を見て感嘆の声を上げる。イグニスたちは倒した兵士たちを横目に走って逃げていく。
◇
海岸近くの村から脱出したイグニスたち。もう兵士たちは追ってきていない様子で一息つく。
「ここまで来ればもう追ってこないだろう」
「ああ、そのようだな」
グレイシャは大量の剣を抱えていた。イグニスはその様子を見て目を丸くして驚いた。
「グレイシャ。どこからそんな剣を持ってきた」
「イグニス。貴殿が倒した兵士から盗ってきたに決まっておろう。戦場において盗んだ盗まれたなどそんなことを言うつもりではなかろう」
「まあ……剣が大量に手に入ったのは
イグニスも剣と盾を兵士から奪った手前、文句を言うことはできなかった。
「これだけ大量の武器があれば、わたくしの遺伝子を引き継いだ兵を強化することができるであろう」
「お母さま。わたくしに妹ができるのですか?」
イッチは目を輝かせた。シエルも一応は妹ではあるが、暴食の能力持ちで同じ遺伝子ではない。だから、あまり血のつながりというものを感じていない。
「それではこれから出産をする」
「はいはーい。ボクもついでに出産するよ」
グレイシャとシエルが出産をする。どこからともなく、ラグビーボールのような球体を作り出して、それを孵化させた。
中から出てきたのは、小さいグレイシャと小さいシエルだった。
「お母さま。よろしくお願いします」
「ママー。今後ともよろしく」
小さいグレイシャと小さいシエルはそれぞれ母親に挨拶をした。だが、シエルは浮かない表情をしている。
「はあ……ボクってどうしてダメなんだろう。今も羽が負傷して飛べないし」
「シエル? どうした?」
イグニスがシエルのことを心配して声をかける。
「おじさん。ママは今、産後うつになっていると思う。すぐに治ると思うけど、それまではめんどくさがらずにケアしてあげてね」
「そうなのか」
グレイシャは産後になると攻撃的になり、シエルは産後になるとうつで無気力になってしまう。
この両者の違いがなんなのかわからないし、蠅も複雑なんだなと思うことしかできなかった。
「よし、それじゃあ、剣技の修行をするか」
「え? 生んだばかりのわたくしに修行をさせようって言うの? わたくしは産後に休む権利も与えられないの? ねえ? 労いの言葉1つないじゃない!」
グレイシャがヒステリーを起こす。あまりにも簡単にポンポン生んでいるものだけど、そう見えるだけで生む方もそれなりに体力を使っているのである。イグニスはそれを失念していた。
「あー。すまなかった。良くがんばってくれたな」
「は? 別にがんばってないし。ただちょっと疲れただけだし」
イグニス。独身。産後のケアの大変さを感じる。
「まあ、とにかくグレイシャは休んでいていいから、イッチとイッチ妹は剣の修行をしようか」
「はい!」
こうして、イグニスの剣技の指導が始まった。現在の戦力は6人。軍にしてはまだまだ少ない状態である。これからもっと増やしていく予定ではある。しかし、それには栄養が足りない。まず、出産するのに母親に栄養を与える必要があるし、子供が育つにも栄養が必要である。
蠅は腐っているものでも平気で食べる。しかし、その腐った食材すらもこの近辺には見つからない。
「んー! 斬風!」
イッチ妹が斬風を放とうとする。しかし彼女の体躯は小さくてうまく技を使うことができなかった。
やはり、剣を振るうにはそれなりの体格が必要である。
「妹の方は……そうだな。もう少し体が大きくなるまで修行は待つか」
「イグニスおじさん。わたくしの剣技を見てくれ。斬風!」
イッチが斬風を放つ。きれいに斬撃が飛び、十分な威力が感じられる。兵士にも引けを取らないくらいの成長を見せたイッチ。これで戦場で頭数としてカウントできるようになった。
「よし、イッチ。斬風は使えるようになったな。それでは次の剣技。斬花を教える」
「わかりました。おじさん」
「斬風が遠距離の相手に向けて使う剣技なら、斬花は近距離の相手にくらわせる剣技だ。斬花はグレナ剣技の中で最も威力が高い技とされている。斬風と斬花。この2つを抑えておけば幅広い相手に対応できるであろう」
「なるほど」
「斬花の原理はいたってシンプルである。素早く相手を切りつける。その一点を強化した剣技である。とにかく速さを意識するのだ」
「はい!」
こうして、イッチの修行は続いていく。イグニスも剣技を磨くことは嫌いではない。イッチに教えつつも自分の剣技をしっかりと磨いていく。
こうして、イッチの軍勢が鍛えられていく中……ロクの島を支配しているグレナ王国は――
「報告します。ラディ様。先代の王。イグネイシャスが生きていました」
「なんですって……? 一体どうなっているの? どうしてアタシが支配している地域にばかり、こんなことが起こるの!? 紋章を持っている女。もしかして、それもイグネイシャスのせいだって言うの?」
「いえ、それはわかりません」
「当然、イグネイシャスを始末したんでしょうね?」
「いえ。その……やつら、すばしっこくて逃がしてしまいました」
ラディはため息をつく。そして、目の前の報告した兵士にビンタをした。
パチーンと乾いた音。理不尽にビンタされた兵士は頬を抑えた。
「アンタ。なんのために訓練しているの?」
「し、しかし。イグネイシャス前王はかなり武芸の腕が立つお方。我々、一般兵が太刀打ちできる相手ではないのですよ」
「そこを数の力でなんとかするのがアンタらの仕事でしょ!」
「む、無理ですよ。イグネイシャス前王は強い。強すぎた。彼の力は紋章持ちにも匹敵するほど」
「そうね……」
「そして、ラディ様も紋章を持っておられる」
「なに? アタシにイグネイシャスを倒せって言うの?」
「い、いえ。その……我々もできるだけ協力いたしますので」
「全く。情けない部下を持つと苦労するねえ」
ラディが重い腰を上げて立ち上がろうとする。しかし、ラディの背後に一人の少年がいた。
「マミー。ここはあなたが出る場面ではない。この僕が……! イグネイシャスとやらを倒してみせる」
少年が歯を見せてニヤリと笑う。その舞えばにはハートの紋章が浮かび上がっていた。
「確かに。紋章持ちのアンタならイグネイシャスに勝てるかもしれないね。兵はどれくらい必要?」
「いらない。いても足手まといになるだけだから」
「そう。言ってくれるね」
「仕方ないさ。だって、僕の紋章の性質を考えたら、味方がいない方が戦いやすいからね」
「わかった。あんたに全てを任せるよ……我が息子。アンディ!」
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