第9話 才能を継ぐもの。継がぬもの

 サリーに案内されて家の中に入ったイグニスとシエル。ここの家はかなり古くて床の木が傷んでいる。蜘蛛の巣も張ってあり、人が住んでいる形跡が感じられない。


「お兄さんたち。大丈夫?」


「うむ。ありがとう。助かった」


「えへへ」


 サリーを頭をかいて照れる。


「ここは空き家なんだよ。誰も来ないから安心していいよ」


「そうか……」


 イグニスとシエルが一息ついているところで、外にいる兵士たちは慌ただしく動き回っている。


「いたか?」


「いないな。どこに行ったんだ?」


「流石にこの民家の中には入ってないだろうな」


「ああ。民家の中に誰かが押し入ったら騒ぎになる。その線は考えなくていいだろう」


 兵士たちは勝手に推理を間違っている推理を披露して、イグニスたちがいる空き家から遠ざかっていく。


「行ったようだな。サリー。どうして私たちを助けてくれたんだ?」


「先に助けてくれたのはお兄さんの方だよ。アタシはあのままだと海に入って死んでいた。でも、お兄さんが助けてくれて……グレナ王国の兵士を倒してくれるって言ったから」


 サリーのグレナ王国に対する恨みは相当根深いものがあった。急に戦いを仕掛けてきて半ば村が占領状態になっているので無理もない話だ。


「ねえねえ。おじさん。グレナ王国の兵を倒すって言ったって。どーするの? ボクたちは明らかに戦力が足りてないよ」


「まあ、そうだな。現にこうして複数人に追われたら、私たちは逃げることしかできない。だから、シエルやグレイシャの力が必要になってくる」


「あー。暴食の能力ね」


「どこかで仲間を生み続けて戦力を増強しよう。戦いは数だ……そして、兵隊長とやらを倒す。組織は頭を倒せば瓦解するからな」


「でも、おじさんは追放されても王国として機能しているけどね」


 無邪気なシエルの発言にイグニスは何も言えなくなってしまった。


「とにかく、グレイシャたちと合流しないことには話にならないな」


 イグニスは空き家の窓から少し外を覗き見た。兵士たちが村の中を警戒している様子で見回りをしている。恐らく探しているのはイグニスたち。


「外がこの様子じゃ村の中を自由に出入りできないな。サリー。頼みがある。宿屋にグレイシャたちがいると思う。彼女たちとなんとかして連絡を取りたい」


「メッセンジャーだね。任せて!」


 サリーは空き家の外に出ていき、宿へと向かった。その間シエルは興味津々にイグニスに話しかける。


「ねえねえ。おじさん! おじさんって剣技を使えたんだね」


「まあな。これでも生まれは王族だ。あらゆる英才教育を受けてきた。剣技もその内の1つだ」


「へー。そうなんだ。じゃあ、ボクにも剣技が使えるかな?」


「さあ。私のDNAを引き継いでいるなら素質はあるんじゃないのか?」


「わかった。ちょっとやってみるね……うーん、斬風!」


 シエルが見様見真似でグレナ王億の剣技を使ってみる。構えも甘くて、動きもぎこちない。飛ぶ斬撃は出るはずもなかった。


「危ないな。室内で使うでない」


「えへへ」


「まあ、もしもの時のために剣技を教えておくというのも有りかもしれない。シエル。ちょっと剣を振るってみろ」


「わかった」


 シエルがイグニスの指導の下、剣を振るってみることにする。イグニスはその所作を見て改善点を指摘したりした。


 それをすること10分ほど。


「驚いた。これほどの素質とは」


「えへへ。ボクってすごい?」


「逆だ。剣の才能が全くない。本当に私のDNAを受け継いでいるのか?」


「えー……」


 シエルには剣技の才能はなかった。そういう悲しい事実が判明してしまった。


 ガチャリと空き家の裏口の扉が開く。サリーとグレイシャとイッチがやってきた。


「お兄さん。連れてきたよ」


「イグニス。全く、1人で勝手に外に出て」


「ああ、申し訳ない。ただ、あの時はシエルを助けるのに必死だったからな」


「えへへ。ボクって守られてる? 愛されてる?」


「それは知らん」


 イグニスはシエルに対して塩対応をした。シエルは納得がいかないように頬を膨らませている。


「さて、これからのことを離そうか。とりあえず、私としてはこっちの戦力も増やしたいと思っている。グレイシャとイッチ。あなたたちは戦えるのか?」


 シエルは格闘戦が強くて、先の兵士との戦いでは不意打ちとは言え鍛えられている兵を倒している。戦力としては申し分ない。


「さあ。わたくしは生まれてこの方、戦ったことなどない」


「それもそうであるな」


 グレイシャが生まれた時からずっとイグニスと一緒にいた。そのイグニスがグレイシャが戦ったところを見たことがない。


「そうだな。試しにグレイシャ。剣を振るってみてくれるか?」


「ん? こうか?」


 イグニスが渡した剣。それを平然とキレイで滑らかな動きで振るうグレイシャ。イグニスはそれを見て目を丸くして驚いた。


「初めてとは思えない太刀筋だ。どうやらグレイシャには私の剣技が遺伝しているようだな」


「そうなのか? わたくしとしては全く意識してなかったのに」


「えー。お母さまだけ、剣技の才能があるのはずるい!」


「おそらくはわたくしだけではない。わたくしのコピーであるイッチも同じ才能を有しているはずだ」


 イッチがドヤ顔でシエルを見つめる。シエルは苦しそうに歯を食いしばった。


「とにかく、私がグレイシャとイッチに剣技を教える。そのためには剣が必要だ」


「兵士から奪うしかないな」


 グレイシャが平然と犯行予告をする。それをサリーは聞いてないふりをした。


「お兄さんたちが何をしようとしているのか。アタシは見なかったことにするよ」


「助かる」


 通報は市民の義務とは言え、サリーは父と兄を奪われてグレナ王国の兵士にかなり腹を立てている。そのため、窃盗、強盗、などという犯罪行為を容認するのだ。


「では、私がこれから兵士を倒して剣を回収してくる。それまで待っていてくれ」


「はーい」


 現状で動けるのはイグニスだけである。グレイシャとイッチは武器を持っていない。シエルは羽を切られてしまって飛べない状態である。


 イグニスが外に出る。そして、慎重に周囲を見回しながら兵士の背後を取り……無言で兵士の後頭部を鞘入りの剣で強打した。


「うべはぁ」


 後頭部を損傷した兵士はその場に倒れる。イグニスは素早く兵士が持っている剣を回収した。


「この兵士は二刀流使いか。盾は持ってないんだな」


 ちょうど。剣が2本手に入ったので、それをグレイシャたちのところへ持っていこうとする。しかし、イグニスの背後で爆竹が鳴った。


「いたぞ! イグネイシャスだ! 奴をひっ捕らえろ!」


 グレナ王国の兵士たちが騒ぎ立てる。見つかってしまった。こうなってしまっては、近くにある空き家に隠れることもできない。


「グレイシャ! イッチ! シエル! 逃げるぞ!」


 イグニスは空き家の中にいる彼女たちに声をかけた。グレイシャたちは空き家から出てくる。


「グレイシャ! イッチ! 受け取ってくれ」


 イグニスはグレイシャとイッチにそれぞれ剣を渡した。


「イグニスよ。早々に見つかってしまうとは情けない。貴殿は潜入工作には向かないタイプだな」


「仕方ない。私は王族。高貴なオーラが漏れ出てしまうものだ。嫌でも目立ってしまう」


 こんな時に前向きで小粋なジョークを挟むイグニス。


「グレイシャ! イッチ! 私の動きを良く見ておくのだ」


 イグニスは剣を構える。そして、遠くより迫りくる兵士たちの方を見据えて剣技を放つ!


「グレナ流剣技! 斬風!」


 イグニスは斬撃を飛ばした。兵士たちはその斬撃によって斬られてしまい、その場に倒れこむ。


「さあ、今の内に逃げるぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る