第8話 そりゃバレるだろ。常識的に考えて
早朝、イグニスが目を覚ます。しかし、グレイシャたちはまだ眠っているままである。
「彼女たちはまだ寝ているか」
イグニスはベッドから出て窓から外を見た。朝焼けの染まった海岸の村。幻想的な世界に入り込んだと思えるくらいの光景。そんな優雅な朝を迎えているわけだが、それを打ち破る
「な、なんだ!」
イグニスが窓から身を乗り出して轟音がした方を見た。そこにはグレナ王国の国章が入った盾を持っている兵士がいた。
「オラァ! 起きろ!」
兵士は爆竹を慣らしながら村を駆けまわっている。朝っぱらから迷惑な兵士である。
「わたくしの眠りを妨げるのは誰だ」
グレイシャが轟音で起きた。それにつられてイッチもシエルも起きる。
「イグニスよ。これはなにごとだ」
「私がききたい。どうやら、外で暴れている頭のおかしい奴がいるらしい」
「頭のおかしい奴?」
「ああ。持っている盾にグレナ王国の国章があしらわれている」
「なんだ。貴殿の国の人間ではないか。それならば、貴殿が責任を持つべきではないのか?」
グレイシャは当然のようにイグニスに責任を押し付ける。だが、イグニスにも言い分はある。
「私はもう国を追放された身だ。知ったことではない」
そんな言い合いをしている間も、兵士は爆竹を慣らし続けている。
「あー! もうガマンできなーい!」
シエルは窓を開ける。そして、飛び立ち、兵士の方へと向かった。
「うるさーーーい!!」
シエルの方に飛んでいき、背後から蹴りをくらわせた。
「へぶし!」
兵士はその場に倒れた。当たり所が悪かったらしく、シエルの蹴り一発で気絶をしてしまった。
「お母さま! こいつぶち倒しました!」
「よくやった。我が娘よ!」
グレイシャが窓から身を乗り出してシエルに向かって親指を立てた。
「あーあ。やってしまったな。どうなっても知らないぞ」
イグニスはシエルがしたことに呆れてしまう。しかし、それはそれ。
「シエル。ついでにそいつの剣と盾を持ってきてくれ」
「え? 良いの? 泥棒じゃない?」
「かまうものか。元はこの剣と盾は王宮から支給されたものだ。それを王だった私が回収して何が悪い。返却してもらうだけだ」
シエルは兵士が持っていた盾と剣をかっぱらい、それをイグニスに渡した。
「よし。これで私も戦えるようになった」
素手の状態のイグニス。ある程度の格闘術の心得はあるものの、それでは武器を持つ相手に勝つことはできない。こうして、武器を手に入れられたのは幸運なことだ。
「さて……騒ぎになる前にこの村を出るか」
イグニスはこの場から離れることで逃げようとする。しかし、村はすでに騒ぎになっていた。
「お、おい! あいつ兵士を倒しやがった」
「それより飛んでいるぞ!」
「なんなんだこいつは!」
兵士が轟音を鳴らしたせいで村中の注目がシエルに集まっていた。
「おー、ボク、結構注目集めちゃってるよー?」
シエルが調子に乗って村の中心へと向かった。更に村中がざわつき始めると兵士たちがやってきた。
「なにごとだ! お、おい! お前どうした!」
やってきた兵士が倒れている兵士に話しかけている。しかし、気絶したままである。
「あー。その兵士ならボクがやっつけちゃった」
「な、なんだと! 貴様!」
兵士が剣を抜く。
「まずい! シエル! そこから離れるんだ!」
「え?」
イグニスが忠告したが、シエルはすぐに反応できなかった。その間に兵士が剣を構えた。
「グレナ流剣技!
兵士が剣を振るったその斬撃が飛んでシエルの羽に命中した。シエルの羽がバサバサと切り落とされてしまう。
「わわ」
羽の一部を切られたシエルは空中でバランスを取るのが難しくなり、少し降下してしまう。
「イグニス! なんだ今のは」
グレイシャがイグニスに詰め寄る。
「今のは、グレナ王国に伝わる剣技だ。兵士ならば誰でも訓練して使えるものだ」
「なんと。なんでそんなものを兵士に教えているのだ! 貴殿は! おかげでシエルがピンチではないか」
「いや、そんなこと私に言われても」
別にイグニスが兵士たちに剣技を教えたわけでもない。確かに徴兵して訓練したのは国の軍部がやったことではあるがそれで責任を押し付けられたらたまったものではない。
「とにかく。シエルを助けに行くぞ」
イグニスはシエルから受け取った剣と盾を手にして窓から飛び降りる。そして、着地してすぐさまシエルのところへと向かった。
「シエル。大丈夫か?」
「うん。なんとか大丈夫だよ。これくらいの傷なら治ると思う。しばらく飛べないけれど」
兵士はイグニスの顔を見て驚いた。
「なな! あ、あなた様は……いや、貴様は……! イグネイシャス!」
「え? 誰?」
兵士はイグニスのことを知っているが、イグニスは兵士のことを知らない。
「人違いではないのか? 私の名前はイグニス。ただの庶民である。王族のみ許される名であるイグネイシャスを名乗ったことなど1度もないわ!」
「いや、その口調で庶民は無理があるでしょ」
兵士から冷静なツッコミを受ける。やはり兵士は国民として、王の顔はしっかりと覚えていた。
「それに、その女の額の紋章。明らかにグレナ王国の例のアレだ!」
「例のアレ……」
ハゲイルが昨日言っていた咎の紋。それは一般兵士にも知れ渡っているレベルであった。
「まさかイグネイシャス! お前もその契約を手にしていたとは……宰相殿が秘匿にしているものだと思っていたが、密かに持ち出していたな!」
「いや、契約とか知らんし。なんだそれ。怖っ……」
もはや勝手に情報を提供してくれる兵士君。だが、そんなおしゃべりもいつまでも続くわけではない。
「イグネイシャス。それが生きていることを上に報告せねば……否、ここで首を取れば俺の出世は間違いなしだ!」
兵士が剣を抜き、構えた。戦闘は避けられない。イグニスも覚悟を決めて剣を抜く。
「元王! 覚悟! 斬風!」
兵士が飛ぶ斬撃をイグニスにくらわそうとする。しかし、イグニスは冷静に斬撃を盾でガードした。
「なにっ!」
「太刀筋が遅い。そんなんじゃ蠅も殺せない」
兵士の背後から聞こえたイグニスの声。その声が聞こえた瞬間、兵士は自分が切られていることに気づいた。
「がはっ……!」
鎧を貫通して腹部に大きな傷を負ってしまった。
「グレナ流剣技。
兵士はその場に足をついてしまう。もうここで勝負あった。だが、イグニスは非情にも倒れている兵士に刃を向ける。
「私が生きていると知られると都合が悪い。お前には死んでもらう」
「ひ、ひい!」
イグニスが剣を振ろうとしたその瞬間。
「斬風!」
斬撃がどこからともなく飛んできた。兵士の増援。無数の兵士たちが騒ぎを聞きつけてやってきた。
「ダメだ。流石にこの数を相手にするのは無理であろう。シエル。逃げるぞ」
「りょうかーい!」
イグニスは兵士に止めを刺すのを諦めてシエルと共に逃げ出した。
「待て!」
駆け付けた兵士たちの一部はイグニスたちを追う。一部は残って負傷した兵士を救護している。
追われているイグニスたち。土地勘もないので自分たちがどこに逃げているのかもわからない。
「ねえ、おじさん。ボクたち、どこに逃げてるの?」
「存じないな」
「えー。それじゃあ困るよ。お母さまたちとも合流できないじゃーん」
「とにかく走るんだ。まずはこの兵士を撒かないことにはどうしようもない」
イグニスたちは逃げ続ける。だが、兵士たちはまだしつこく追いかけてくる。
「とりあえず、あの家を曲がるぞ」
イグニスがシエルに指示をする。家を曲がった先、そこにいたのはサリーだった。
「お兄さんたち追われてるんでしょ。この家に入って」
サリーは家の裏口の扉を開ける。そして、中にイグニスとシエルを入れた。
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