第7話 おじさんとホテルに行くだけでお金が稼げる

「サリー!」


 白髪交じりの禿頭とくとうの男性がサリーに近寄ってきた。


「ハゲイルさん!」


「サリー。ここにおったのか。心配したんだぞ。やつらに連れ去れたのかと……」


 ハゲイルと呼ばれた老人がグレイシャを見る。その視線は彼女のひたいに注がれていた。グレイシャのハート型の紋章を見たハゲイルは顔面蒼白になりわなわなと震え始めた。


「き、貴様! その紋章は! グレナの手先か!」


 ハゲイルはサリーをかばうように自分の影に隠した。


「いや、手先というよりかはわたくしは女王だ!」


 きっぱりと言ってのけるグレイシャ。確かにイグニスもグレナの人間であったため、あながち間違いを言っているわけではない。


「サリー。下がってろ! ここはワシが食い止める」


「待って。ハゲイルさん! この人たちはアタシを助けてくれたの!」


「なんだと! グレナの人間がそんなことするわけないだろ!」


 元グレナ王国の人間であるイグニスは苦い顔をする。ただ、このハゲイルの言い分もわかる。イグニスもまたグレナの人間によって酷い目に遭わされた1人なのであるから。


「ご老人。話を聞いてください。私の名はイグニス。私の目的はグレナ王国を滅ぼすことだ」


「なんだと?」


「ハゲイルさん。この人たちは味方だよ。多分」


「いや、共通の敵を持っているだけで、わたくしたちは貴殿らの味方になった覚えはない」


「グレイシャ。口を慎め」


 誰に似たのかわからないが、グレイシャは余計なことを言う。


「ところでそこのハゲ。わたくしのこのラブリーな紋章を見てグレナの人間だと判断したな? それはどういうことだ?」


 ここで意外な新事実。グレイシャは自分の紋章のことをラブリーだと認識していた。


「そのハート型の紋章。それは人の心に巣食うとがを表わしている。その名も【咎の紋】。悪魔に魅入られたものがその紋章を体のどこかに宿す」


「なるほど。わたくしの紋章にそんな秘密があったのだな。わたくしはこれを母から受け継いだものだから存じえなかった」


「紋章が遺伝するだと? そんな話は聞いたことはないが……だとするとその紋章は特別な何かを持っているのかもしれないな」


 ここでイグニスはこの紋章のことであることに気づいた。シエルは紋章を持っていて、それを暴食の能力だと言った。紋章がないイッチにはその能力はない。だとすると、この紋章を付けているものは何かしらの能力があるのではないか。


「ご老人。グレナ王国の人間がこの紋章を持っていると言ったな。そいつは何の能力を持っている?」


 イグニスはカマをかけるように言う。紋章を持っているのであれば、何かしらの能力を持っているはずだ。それをこっちは知っているんだと言う態度を取る。


 実際のところ、紋章と能力の関連性はイグニスからすると謎ではあるが、情報を引き出すためには時には大胆さも必要である。


「紋章? 能力? なんのことだ? ただのオシャレタトゥーではないのか?」


 ここで意外な新事実。ハゲイルは紋章のことをオシャレだと認識していた。


「ただ、兵隊長を名乗る女が右手の甲に銀色のハートの紋章を宿していてな。その女は体躯に似合わずになかなかの怪力の持ち主だった。人の数倍の大きさはある岩を片手で持ち上げていた」


「それだな」


 ハゲイルの明らかな説明により、兵隊長がなにかしらの能力を持っていることが判明した。紋章と能力の関係性。それはまだ完全に明らかになったわけではないが、紋章持ちは能力を持っているものとイグニスは思う。


「まあ、なんにせよ情報提供助かる。ハゲイル殿。では、私たちはこれで失礼する」


 イグニスたちは、その場を去った。しかし、どこに行くアテもないまま、その辺を歩いていく。


「人がいる陸地についたはいいけれど、これからどうすればいいんだ?」


 イグニスはその辺は何も考えていなかった。衣食住の保証もない。それを手に入れられるだけの物資も金もない。まさにないない尽くしである。


「イグニスよ。貴殿は王族ではないのか? 王族は金持ちというのは決まっておってだな」


「金品なんて全部海に流されてしまった」


 イグニスは無人島にたどり着く過程で所持していた金目のものを全て失ってしまった。


「仕方ない。稼ぐ能力がないおじさんの代わりにわたくしがその身で稼いでくるか」


「イッチ。稼ぐと言ってもどうするのだ?」


「その辺のスケベそうなおっさんに色目を使えばすぐに金品を頂けるであろう」


「やめなさい」


 流石にそういう方法で稼ぐわけにはいかないとイッチを止めるイグニス。


「では、他に稼ぐ方法はあるのか?」


「あるのかなー?」


 シエルが腕の翼をバサバサと羽ばたかせた。それを見てイグニスはピンときた。


「シエル。あなたは飛べる。ならそれで稼げるではないか」


「へ? どうやって稼ぐの? その辺の金持ってそうな人間を上空から落として強奪でもするの?」


「なぜそうなる。もっと合法的に稼げるではないか。人を飛ばすのだ」


「ああ。落下ダメージを狙うんじゃなくて、飛ばして破壊するのかー」


「どういう発想なのだ」


 シエルの物騒な発想にイグニスは苦笑いをする。


「まあ、とにかく。人や物を運ぶ仕事。それはそれで需要があるというものだ」


「うん。わかったよ。ボク、その辺で立ちんぼしてきて、お客さん探してくる」


「立ちんぼとか言うでない」


 こうして、シエルは自らの能力を活かして金を稼ごうと考えた。


 街のとある一角。そこでシエルが突っ立っていると歯が欠けているいかにもスケベそうなおじさんがやってきた。


「ねえ、君いくら?」


「どこまで行くのー?」


「あそこのホテルに行こうよ」


 おじさんは明らかに歩いて行ける距離であるホテルを指さした。


「わかった。それじゃあ、料金は前払いね。えっと……いくらもらえばいいんだっけ?」


「これで足りるかな?」


 相場を知り尽くしているおじさんがその金額を渡す。


「わわ。こんなにもえるんだ。ありがとうおじさん。それじゃあ行くね。僕の背中に抱き着いて」


「え? ええ。いいのかい? こんなところで」


 多くの人が不快に感じるであろう呼吸音を出しながらおじさんはシエルに抱き着いた。


「それじゃあ、飛ぶよ。えい」


「う、うわあああ!」


 おじさんが叫ぶ。目の前にいる鳥のコスプレをしていると思っていた女性が本当に飛び始めたのだ。おじさんからしたら驚愕。その一言に尽きる。


 あっという間にシエルはおじさんをホテルの前まで連れて行った。そして、おじさんに笑顔を見せる。


「ご利用ありがとうございました」


 シエルは呆然とするおじさんを残して、飛んでその場を立ち去った。


「え? え?」


 ただ高い金を払って、歩いて行ける距離のホテルまで運ばれただけのおじさん。抜いてないのに虚無感を覚えてしまった。


「イグニスおじさん! 目標の金額稼いできたよ」


「ん? 速くて驚きだな」


「うん。歩いていける距離を指定して、しかもお金をいっぱいくれる人がいたんだ」


「へー。世の中には親切な人もいたものだな。まあ、これくらいあれば、今日の宿代くらいにはなるだろう。とりあえず明日のことは明日考えるとして、今日のところは休もう。ありがとう。シエル。本当に助かった」


「はーい!」


 優しいおじさんの施しによって、イグニス一行は今日は屋根付きの場所で眠ることができた。



 先ほど、シエルに金を支払ったおじさん。それがある女性の前に立っていた。


「ラディ様。報告いたします。ロクの島のD地区において、紋章をつけた謎の女を発見。彼女は飛行能力を持っているかと思います」


「紋章の力ですって……? それはグレナ王国が独占している力じゃないの! その女はグレナの人間なの?」


「そういう感じではなさそうでした。最初はただのタトゥーかと思って紋章だとは思ってなかったのですが」


「なるほど。報告を感謝するよ。ところで、どうしてアンタはD地区に向かっていたの?」


「それは……色々と事情があったのであります!」


「そう……」

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