第6話 ロクの島
「あそこ。陸が見えてきた」
シエルがそんなことを言うが背中に乗っているイグネイシャスには見えなかった。
「陸? 本当にあるのか?」
「うん。ボクは視力が良いからね。鷹の目シエルって呼んでよ」
シエルがしばらく飛んでいるとイグネイシャスの目にも陸地が見えてきた。大海原ばかりの景色から一転、陸地が見えたことでイグネイシャスは安心をした。
「本当に陸地だ。私はここが世界地図のどこなのかもわからない。もしかしたら敵国かもしれない。慎重に行こう」
「そうなの? おじさん」
「ああ。それと、間違っても私のことはイグネイシャスと呼ばないでくれ。この名を冠することができるのは王族だけだ。私が王族とバレると色々と動き辛くなるかもしれない」
「では、貴殿のことはなんと呼べばよい?」
グレイシャの質問にイグネイシャスは微笑む。
「そうだな。イグニスとでも呼んでくれると助かる。こちらは庶民の間でも使われる名だ」
「わかった。イグニス。貴殿の
イグネイシャス改めイグニスたち一行。彼らは陸地へと上陸した。
「ふう。疲れた」
「お疲れ様。シエル」
3人を乗せて長距離飛行をしていたシエルをイグニスが労った。どこぞの海岸。そこにたどり着いた一行は周囲をキョロキョロと見回した。
「まさか、ここも無人島だなんて言うんじゃないだろうな」
イグニスはグレイシャの方を見る。グレイシャはアゴに人差し指を添えて考え事をしている。
「うーむ。お母さまから受け継いだ記憶を思い出そうとしても、ここに人がいたかどうかは定かではない」
無人島から脱出した先は無人島。そんな笑えない事態が発生するかと思いきや……
「あっ、あそこに人がいる」
イッチが指さした方向には白いワンピース姿の三つ編みの少女がいた。彼女は海へと向かっていく。向かうどころか海に浸水している。それでも少女は進むのをやめない。胸のあたりまで海が浸かろうとも。
「お、おい! ちょっと、あれまずいんじゃないのか!」
イグニスが少女に異変に気付く。このままだと少女は溺れてしまう。そう思ったイグニスは慌てて少女の元へと駆け寄った。服が濡れるだとかそういうのを気にせずに海の中に入り少女に近づく。
「ひ、ひい!」
少女はイグニスの方に気づくと軽い悲鳴をあげて、後ずさる。だが、すぐに走って海の中に飛び込もうとする。
「バ、バカ! 死ぬつもりか!」
イグニスも同様に海の中に飛び込んだ。海の中でバタバタと暴れる少女。イグニスはその少女の腕を無理矢理掴んで、引っ張り上げようとする。
だが、少女はかなり抵抗している。小さい女の子とは思えないくらいの力で成人男性であるイグニスに必死に抵抗をする。
イグニスも呼吸ができない状態で力が入るわけではない。少女1人引っ張ることもできないまま、戸惑ってしまう。
「やれやれ。世話がやける」
グレイシャがイグニスの体を引っ張る。それにつられて少女の体も引っ張られて、2人は海面に顔を出した。
「ぷはーっ! あ、危なかった。死ぬかと思った」
「がはっ……はぁはぁ……よ、余計なことしないで! アタシは死にたかったんだよ!」
やはり、イグニスの読み通りに少女は死のうとしていた。
「そうか。邪魔をしたな。いくぞ、イグニス。わたくしたちには死にたがりに構っている時間はない」
「お、おいおい。おいおいおいおいおい。冷たいではないかグレイシャよ」
「ん? 死にたいと思うのなら死なせてやるのが優しではないのか?」
グレイシャは彼女なりの考え方をして、死にたがっているなら素直に死なせてやるべきなのが優しさと認識をしていた。
「生物はみな生きるのに必死だ。人間だって、蠅だって、魚だって。そんな中、自ら命を絶とうなどと言うのは生きることに対する甘えでしかない。名もなき少女よ」
「いえ、アタシはちゃんと名前がある」
「貴殿が仮にここで海に潜って死んだとして、それは魚介類の餌になるだけだ。魚介類も生き残るために必死である。だから、貴殿を食うのだ。貴殿はほの暗い海の底で光が届かぬ場所に永遠に骨となり続けるのだ」
「ひ、ひい」
死後のことを想像して少女は怖くなってしまった。自らの遺体をついばまれて最後には海の藻屑となる。そんなことは少女は想像していなかった。
「なんだ。死んだ後のことを考えて恐怖しているのか? 変わったやつであるな。死んだ後のことを考えても仕方あるまい」
「グレイシャ。その辺にしておけ。キミ。名は何と言う?」
イグニスは陸地に上がった少女と視線を合わせる。少女はイグニスに少し心を開いているのか、口を開き言葉を紡ごうとする。
「ア、アタシはサリー。このロクの島の住民だよ」
「ロクの島……」
「ん? 兄さんたちはロクの島の住民じゃないの? そういえば見たことがない顔だね」
サリーはイグニスの顔をじろじろと見ていた。そして、グレイシャとイッチの顔を交互に見る。
「あの……もしかして双子ですか?」
「いいえ。わたくしたちは親子です」
そんな例文みたいな会話をしている場合ではないとイグニスが話を切り出す。
「差し支えなければでいいが、教えて欲しい。サリーはどうして自ら命を絶とうとしたのだ?」
「この島はもう終わりだ……グレナ王国の連中が攻めてきやがった。アタシの父さんも兄さんも戦争に駆り出されてしまった。アタシには母親がいない。もう、アタシは独りぼっちなんだ」
「なんだって? グレナ王国だって!?」
グレナ王国はイグニスの故郷の名である。だが、それをこの場で言うことはできない。
「さすがにお兄さんたちもあの悪名高いグレナ王国のことは知っているね。最近、色々な国に戦争を仕掛けているみたい。特に巨大な帝国を築くつもりらしく、こうしてアタシたちのような小国を狙っているんだ」
「現在、国の国王は誰になっている?」
「なんだっけ? あの第二王子の……」
「シルフィード……」
イグニス……否、イグネイシャスの弟のシルフィード。彼が今玉座に座っている。そのシルフィードがこうして侵略戦争をかけているのだ。
だが、イグニスが知るシルフィードはそんなことをするような性格ではなかった。彼は穏やかで平和が好きで、戦争を嫌う精神の持ち主だった。
それがどうして、こんなことをするようになったのか。イグニスは衝撃を受けて固まっている。
「お兄さん?」
「ん? ああ。すまない。考えごとをしていた」
「とにかく……アタシはもうこの戦争の世の中に絶望をしたんだ。だから、死なせてくれ。天涯孤独で生きていくくらいなら死んだ方がマシ」
そうは言ってもイグニスはサリーのことを放っておくことができなかった。
「サリー。私たちがこの戦争を終わらせてやる」
「え?」
「このロクの島にやってきた兵士たちを倒せばいいのだろう?」
「そ、それはそうだけど……」
戦争の解決手段として相手の全滅。あまりにも過激すぎるその思想。だが、イグニスにとってはこれが普通である。イグニスも国外追放されるときは自国の兵士にかなり追われてしまった。そんな彼らにかける情けなど持ち合わせていない。
「グレイシャ。イッチ。力を貸してくれ。私一人では無理だ」
「もとよりそのつもりだ。言ったであろう。わたくしは、イグネ……イグニスの復讐の手伝いをすると」
「復讐……?」
グレイシャの言葉にサリーが反応した。国を相手に復讐することなどなにかあるのだろうかと考える。だが、サリーの頭ではその答えが見つからない。きっとイグニスたちは自分たちには計り知れない事情があるのだとサリーは勝手に納得した。
「イグニスよ。まずは兵を作らなくてな。わたくしが兵を作る方法。つまり食事だ!」
「食事ですか。ごめんなさい。よくわからないけれど、この国は今食糧危機に瀕している。戦争で食料自給率下がっちゃったから」
「なぬっ!」
戦争を仕掛けるならそれなりの兵が必要。その兵を生むにはグレイシャの栄養が必要。だから食事が大量に必要なわけであるが、そんな食事の余裕はないのだった。
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