第5話 原始人に翼を授ける
2号の発言の暴食。イグネイシャスはその能力の詳細を知りたかった。
「暴食。その能力とはなんだ?」
「お母さまとわたくしに備わっている他種族のDNAを取り込む能力のことです。わたくしはそれを受け継いで生まれてきたというわけです。お母さまはもう成長したのでこの能力を使えませんが、わたくしはまだ成長途中なので使用することが可能です。食した相手のDNAを基にわたくしは成長して大人になるのです」
「なるほど。グレイシャの話では、暴食の能力を持っている個体から一定の確率で暴食の能力が遺伝するとかそういう話を聞いたな」
「ええ。わたくしは卵細胞を持って生まれてきましたので、大人になれば卵子を排出することが可能です」
「なるほどな」
イグネイシャスの予想では、人間のDNAを取り込んだことで蠅にある変化が起きたのだ。それまでは暴食持ち以外でも子供を生むことが可能であった。しかし、人間の繁殖能力の低さに引っ張られて暴食持ち以外は繁殖できないようになってしまった。
「なに? イグネイシャス。そんなわたくしの娘が出産するところが見たいんですか? この変態ロリコン」
「そういうわけではない」
2号を出産したことで、またグレイシャがところかまわず隙あらば威嚇するようになってしまった。
「お母さま。お姉さま。そしておじさん。わたくしはこれより餌を探していきます。立派な成虫になるにもこれは必要なことなのです」
2号はそう言うと1人で森の中を歩いて行った。
「じゃあ、私たちは木を切ってイカダを作る準備でもするか」
2号は放っておいて、イグネイシャスはイカダ作りを始めようとするが……
「木ってどうやって切れば良いのか、私にはわからん」
ここには木を切る道具など存在しなかった。素手で原木が取れるようなそんな甘い世界ではないのだ。
いきなり出鼻をくじかれたわけである。まずはなんとかして木を切る道具を自作するところから始めなければならない。
「とりあえず、木よりも固いものを鋭く加工してそれで木を切っていく感じになるのか」
イグネイシャスは森の中に堕ちてあったちょうどいい大きさの石を2つ発見した。石同士をぶつけ合わせて、なんとか鋭く加工しようとする。
だが……そう簡単に加工されないからこそ固い石なのである。王族なのに原始人の苦労を身に沁みて理解してしまった。
「腕が痛い」
「そりゃそうであろう」
イグネイシャスの奇行を見てグレイシャが呆れていた。
「うーん。石がダメとなると最初からある程度とがった形のもの。例えば動物の骨を利用するのはどうだろうか?」
森の中には動物の死骸が落ちていた。肉の部分がグズグズに崩れていて、元は何の生物だったのか特定すらできない。それを発見した1号は肉の部分を丁寧に貪り始めた。
「うわあ。腐った肉を平気で食すのか」
「イグネイシャスよ。わたくしたちは蠅なのだ。これくらいの食事はとって当たり前。腐ってるものを食べて腹を壊す貴殿らが異常なのだ」
「異常ってなんだっけ?」そんな疑問がイグネイシャスの頭の中に溢れる。フンを食べるのは嫌がったのに腐った肉は許される。その判断基準はなんなのか全くわからない。
腐った肉を食べた1号。栄養をきちんと取った影響からか、一気に身長がぐぐぐぐぐぐーん!と伸びた。明らかな子供だった容姿が、グレイシャ同様グラマラスな姿に変わった。
「そんな一気に成長するものなのか」
「これがわたくしたちの特性なのだ。成長に必要な栄養が溜まったら急成長をする。ただ……骨が急に成長して全身がバッキバキに痛い」
1号は腰を曲げてまるでお婆ちゃんのようにヨボヨボと歩き出した。
「ただ、まあ……キレイに骨だけは残してくれたな。この骨は朽ちている様子はない。加工すれば木は切れるかもしれないな」
鋭くとがった骨。石と比べたら加工はしやすくて尖らせやすかった。それを使って、イグネイシャスは木をギコギコを引いて傷をつけていく。
「…………ふう。疲れた。ちょっとだけ切れたけど、これ日が暮れそうだな」
木を切った経験などないイグネイシャス。当然、骨を素材にしたもので簡単に切れるほど木はもろくはなかった。
それでも懸命に切り続けるイグネシヤス。グレイシャと1号はその間にカンカンと交代で石を叩いて加工していた。
ドサっと木が倒れた。ようやくイグネイシャスが1本の木を切り倒した。その頃には、グレイシャたちも
「よし! 木を切り倒した」
「こっちは石斧ができたぞ」
「おお! これで効率が上がったな!」
テンションが上がるイグネイシャス。だがその頃、上空に大きな影を発見した。あれは鳥か? いや、蠅か? 違う! 鳥を食った蠅人間だ!
グレイシャの容姿を引き継いで、両手の形状がカギヅメに変化して腕に翼がついている鳥人の女性。それがイグネイシャスに向かって降りてきた。
「おお! おじさん。見つけた。やっほー。2号だよー」
随分と軽い口調になった2号。独自の成長したことで性格が変わったのだ。
「あれ? みんなここで何しているの?」
「ああ。実はイカダを作ろうと思って木を切り倒していたんだ」
「へー。そうなんだ。それって気合としか言いようがないよねー」
「ん?」
「だって、ボクの力なら3人くらいなら運んで飛べるし」
2号の発言にイグネイシャスは固まった。これからせっかくイカダを作ってこの島から脱出しようって言う時に、まさか飛行能力を引っ提げてやってくる存在がいるとは思わなかった。
「飛ぶ方向はわかってるの?」
「ああ。それならわたくしが記憶している。わたくしたちが飛んできた方向。わたくしの母の記憶をたどれば、そこは陸地につくはずだ」
「おっけー。それじゃあ、捕まってねー。あ、変なところは触らないでね」
2号はもう飛ぶ気満々である。早く体のどこかを掴めとでも言わんばかりにイグネイシャスに視線を向けていた。
「まあ、イカダを作る手間が省けたから良かったけど……なんか腑に落ちない」
イグネイシャスは2号の背中の上に乗った。
「せっかく、石斧を作ったのに」
グレイシャが2号の左足に捕まる。
「大丈夫か? 海の真ん中に堕ちてくれるなよ。妹よ」
1号が2号の右足に捕まる。
「大丈夫だよー。だって、ボクは強いもーん。それじゃあ、飛行開始!」
2号が腕をバサバサを羽ばたかせた。3人を乗せて宙を舞う。まさに言った通りに3人くらいなら乗せても大丈夫なくらいのパワーはあった。
「今、太陽が出ている方角。そこと真逆の方角に向かって欲しい」
「わかったー」
グレイシャの指示に従って方向転換して、2号が移動を始めた。これで、この無人島ともお別れである。短いようで本当に短かった無人島生活。
でも、ここにこの島がなければ、イグネイシャスは海の藻屑となり死んでいた。それだけでこの島は意味があったのだ。
2号の背に乗っているイグネイシャスは大海原を見ながら考え事をしていた。
「ここで1つ提案がある。いつまでも1号や2号などと呼ぶのもどうかと思う。グレイシャみたいにきちんと名前を付けてやりたい」
「お、いいねー。ボクにはかっこよくてかわいい名前をお願い」
「わたくしは別に名前にこだわりなどない。わたくしが死んだところでいくらでも変わりは生まれてくる」
「寂しいことを言うなあ。まあ、無理に名前を決める必要もないが……とりあえず、2号の名前はそうだな。シエルなんてのはどうだ?」
「シエル。いいねえ! 気に入ったよー」
シエルはイグネイシャスに付けてもらった名前を気に入った。
「じゃあ、わたくしはイッチでお願いします」
「お前が決めるんかい。しかも雑だな」
こうして、イグネイシャス、グレイシャ、イッチ、シエルは無人島から脱出して、人がいる陸地を目指すのであった。
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