第3話 クソまみれの姉妹と娘
イグネイシャスの右足の化膿した部分はグレイシャによって食べられてしまった。だが、そのお蔭でイグネイシャスは無人島での感染症を免れることができた。
右足の傷も修復してきて、歩く分には問題ないところまでは回復した。
「時にグレイシャ。質問がある」
「質問? いいだろう。わたくしに答えらえるものなら答えてみせよう」
「どうやってこの島を脱出するんだ?」
グレイシャが固まる。そして、羽をぴょこぴょこと動かした。
「その羽はなんだ?」
「いや。飛べないかなって?」
「飛べるのか?」
「飛べなくなった」
グレイシャは人間のDNAを取り入れることで人型の姿を手に入れることができた。しかし、人型の姿になったことで、蠅の羽では飛ぶには重すぎる肉体になったのだ。
「わたくしというか、わたくしの母は元々飛翔してこの島まで来たのだ。つまり、イグネイシャスの細胞を得たことで弱体化したわけだ」
「人を足手まといみたいに言いおって。私はこれでも王家の人間だぞ」
「気にするでない。何かを得れば何かを失う。進化とはそういうものだ」
「まあ、確かに……?」
人間の祖先も元は辿れば海の生物である。しかし、進化の過程で陸生で適応するようになってからは水中呼吸ができなくなってしまった。それを考えるとグレイシャの言うことも一理あるとイグネイシャスは勝手に納得をしてしまう。
「じゃあ、どうやってこの島を出ればよいのだ? この島から出ないことには、祖国に戻って復讐することもできないではないか」
イグネイシャスは途方に暮れてしまう。結局のところ、どれだけ強い意志を持っていたとしても、自分が今いる状況は無人島でそこからの脱出手段もない。そんな状況でどうやって夢を見ればいいのかもわからない。話し相手がいるのは唯一の希望とも言って良いが、本当にそれだけしかマシな要素がない。
「時にイグネイシャスよ。人間は船というものを発明したそうじゃないか」
「ある」
「わたくしたちも作るぞ! 船を!」
「グレイシャ。正気か? 私たちはここがどこの島かもわからないんだぞ。私は気づいたらこの島にいた。祖国の方角がわからなければ、船を造ったところでそこには迎えぬ」
「ふふふ。甘いな。さっき申したであろう。わたくしの母がこの島に飛翔してきたと。わたくしは母の記憶の一部受け継いでいる。つまり、飛んできた方向を覚えているし、そこを逆走すれば何らかの島か大陸にはたどり着く!」
「何らか……まあ、何らかでも無人島よりかはマシであるな。それでは船を造ろうか」
一抹の不安を覚えながらも、とりあえずの目標が定まったことでイグネイシャスの心も少しマシになった。
「それじゃあ、早速船を造るか」
イグネイシャスがそう言ったところで、彼の腹がなった。しばらく、彼は何も食べていなくて力が入らない状態だ。
「まずは食料調達を優先しよう」
「すまない」
なにをするにしても食料は大切である。グレイシャの提案により、2人は島で食料調達をすることとなった。
島にある森を歩くイグネイシャス。鼻に不快なにおいがつく。この臭いはどこから漂ってくるのか。周囲を確認してみるとその正体に気づいた。
「これは動物のフンだな。グレイシャ。あなたの食料を発見した」
「イグネイシャスよ。貴殿はわたくしに喧嘩を売っているのか? 女王に向かってこのようなものを食せなどよく言えたものだ。貴殿が王でなければ首を刎ねていたところだ」
グレイシャはプライドを傷つけられたのかかなり腹を立ててしまっている。しかめっ面でイグネイシャスを見ている。
「すまない。元が蠅だから行けると思った」
「確かに……わたくしの祖先の中にはそのようなものに集る者もいただろう。しかし、わたくしはもう人間のDNAを取り込んでいる。そのようなものを食す行動などとらんわ!」
グレイシャがそう言い放つと1匹の蠅が飛んできた。そして、その蠅は動物のフンの上にピタっと止まった。
「あ、姉上! なにをなさっているのですか! ああ! 汚らわしい!」
動物のフンに止まった蠅はグレイシャの姉だった。彼女は人間のDNAを取り込む能力を持たなかったので蠅のままである。当然、行動も蠅そのもの。
更にもう1匹のハエがフンの上に止まる。グレイシャはそれを見て慌てる。
「い、妹も! なぜそのようなことを……! やめるのだ! わたくしの言うことを聞くのだ!」
フンに集る蠅。それに話しかける女王。この二者は血縁関係にある。
「そういえば、姉妹で思い出したけれどグレイシャの母親は今どこにおるのだ?」
「わたくしの母か? さあ。わたくしたちをイグネイシャスの傷口に産み付けてからは知らない。この島にいるのか、はたまた飛んで海を目指したのか。わたくしの知るところではない。そんなに母のことが気になるのか?」
「んー。まあ、その母親からはグレイシャみたいな能力を持つ個体が生まれる可能性があるんだろ?」
「ああ。確かに、わたくしの妹にそのような能力を持つものはいるかもな。ただ、大抵の場合はしょうもない生物を食べてそのDNAを取り込む。今回のわたくしのように人間のDNAを手に入れて形を大幅に変異させることは稀なのだ」
「そうなのか……」
動物のフンを基に話がまあまあ盛り上がった2人。しかし食料が見つかったわけではない。
気を取り直して、森の中を再度進むと木になっている木の実を見つけた。
「なんだこの木の実は。人間が食べてもよいものなのか?」
見たことがない木の実を見たイグネイシャスは怪訝そうな顔をする。アゴに手を当てて慎重に食べるかどうか悩んでいるとグレイシャがドレイのスカートの中に手を入れた。
そして、ぐちゅぐちゅとなにかがうごめく音が聞こえたと思ったら、ドレスのスカートの中からラグビーボールくらいの大きさのカプセルのようなものを取り出した。
「デレデレン! わたくしの娘第1号」
「私の目の前で産卵するな。するんだったら、せめて隠れてやれ」
グレイシャが出したカプセルっぽい卵にピキピキとひびが入る。すると中から10歳くらいの少女が生まれてきた。少女はまんまグレイシャを幼くした感じの容貌である。だが、グレイシャにあった額のハート型の紋様はなかった。
「ええ……明らかにカプセルの大きさよりも中から出てきた方が大きいのだが……」
「イグネイシャスよ。細かいことを気にするでない。さあ、わたくしの娘よ。あの木の果実を取り食べるのだ」
「はい、お母さま」
「ちょっと待つのだ。グレイシャ。あなたは娘に毒味をさせるつもりか?」
「他に誰か適任がいるのか?」
グレイシャはさも当然のように言ってのける。仮にこの木の実が原因で娘が死んでもなんとも思わない。そんな覚悟が感じられた。
「いや、それは倫理的にまずいっていうか」
「論理的には正しいだろう。わたくしは、今後能力持ちの個体を産む可能性はある。しかし、娘にはない。イグネイシャスはこの世にただ1人。同じDNAを持つ人間はいない。しかし、この娘はわたくしのコピーに過ぎない。いくらでも同じ個体を増やすことができる。命が軽い者を実験に使うのは当然では?」
「ええ……」
「親戚のおじさん」
「おじさん……?」
「わたくしは大丈夫です。能力を持たずに生まれたわたくしが全て悪いのです。こういうもののために生まれてきた命なのです」
グレイシャの娘は自分の運命を受け入れていた。
「イグネイシャス。受け入れるのだ。これが、我々の倫理観。虫はすぐに死ぬ。だから、すぐに生む。生まれた命は死に近いからこれも運命と受け入れる。人間とは違うのだ」
グレイシャの考え方は純粋な人間のイグネイシャスには受け入れがたいものがあった。グレイシャとそんな話をしているうちに娘が木の実をもぎ取った。
「では、お母さま。いただきます」
「ま、待て。その……死ぬなよ」
イグネイシャスは毒味をするグレイシャの娘に向かってその言葉をかけるだけで精一杯だった。
たとえ、木の実が毒でここで命が終わったとしても、イグネイシャスは知っておいて欲しかったのだ。彼女の生を願っているものがいたことを。
「もぐもぐ……美味しい。毒なんてないよ」
「ないんかい」
結果。毒のない木の実ゲット!!
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