小説。 ぬるい部屋と小さなテレビの音。あと、1つの芯。

木田りも

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小説。 ぬるい部屋と小さいテレビの音。あと、1つの芯。


 時計の針が、時間を進めている。その音だけが響いてる部屋。午前7時32分。君と一緒に寝た日。目が覚めた時間を覚えている。僕は君の額にキスをして起きる。君が起きる前にお風呂を洗い、沸かし、ご飯とお茶を用意する。君が起きた時に何不自由ないように。君が僕に気がつくように。ストーブはエコモードにして動かしているから暖かい部屋。2人で過ごす朝、時計の針が止まらず、昼過ぎ。もう冷めたピザまんが2人の時間の経過を明らかにするみたいだった。


 楽しい時はあっという間だ。気がつけば夕方。やがて僕は日常に戻ることになる。僕は「今日」に賭けていた。ここ最近の人生は今日のためにあったからこそ、ここから先どう生きていけばいいかわからなくなる。今までの僕は、いつも代替案を用意する。ダメだった時、上手くいかなかった時、都合が合わなかった時。でもそのどれもの終着点にいる君には敵わない。いつのまにかまたこんな気持ちを忘れるのだとは思うが、今はこの気持ちにもう少し溺れていたい。だから、今も、君が帰った後も、時計の針の音を聞いているのだ。


 ネットで得られる知識から「相手に気持ちを上手く伝える方法」とか「本気で好きな人が無意識に取ってしまう行動」とかを読んだ。無意識を意識的に行動してそれを相手にはまるで無意識かのように伝える戦法なんて初めから破綻しているなぁなど考えながら君を見送る。試しにネットで見たモテ術(笑)なんてものを試してみるけどチグハグな、まるで英文を訳したかのような日本語になって、向いてないなぁー、自然体が一番だなぁってなりながら君のことを不器用に好きなことを実感して、それ以外の情報を忘れるのだ。試しに有料でコラムを買ったけど、最後に行き着くのはどれだけその気持ちが大きいか、どれだけ真剣に相手と向き合っているか、なんて。伝わらない気持ちの前でただ君に手を振る。


 服の前を通るのが苦手だ。君が着る姿ばかり想像する。今まではそうではなかったのに、今から、今この瞬間がわかる。自分の頭の中を君が侵食していく、されていくのがわかる。自分が自分じゃなくなっていく。でも素でいられるのも分かる。それだけ一緒にいて楽で、もう意識しているっていうのは君にバレてるし冗談のように聞こえるまで君が好きと言い続けているからだと思う。君といる間の時間が好きだ。でもなんだかそれが依存のように思えてきた。いつからいつまで、上手くいくかもわからない、いずれ2度と会えない、会う資格のない人間になるかもしれないものを続けるのか。僕に取って必要で何があっても失いたくない君が、君にとっては大して必要のないものなのかもしれない。外から見た美しさだけが取り繕ってしまっていて、2人だけの内側はボロボロになってやしないか、


 もちろん自分達しか知らない幸せも生まれた。みんなが知らない2人ですることはどれも楽しい。だけど終着点がまだ見つかっていない。結論はまだ。これからで良いのだと思う。


 疲れて帰ってきて電気をつける。リビングに行ってまずストーブのスイッチを入れてテレビを付ける。夕方のニュース番組の終わり際。疲れていてすぐに動けない。少しだけ昨日の匂いが残ったままの部屋。微かにそれを感じながらぼんやりと時間が過ぎる。君が寝ていた場所の君の匂い。君の髪の毛が残っていたり。思えば夢を見ていたなぁって思ってる。ポツっと消えていった17時間の夢。カラオケの採点はいつも君に負けていて、君の堂々とした歌い方を見たり、後ろ姿を見たり、手を繋いで帰ってくれる時に2人で転ばないように慎重に歩いたり。些細なことが特別になって、よく行く場所が楽しいって思える場所になったり、思い出を照らし合わせて、2人の思い出にしてみたり。特別な人はどこまでいっても特別で。


 もう十分満足したって思う時もある。あんなに心を満たしていた想いがいつのまにか違う人に移り、もし失ってしまったら生きていけないと思っていた人のことをあっさり忘れてその想いを他の人に持ち込んでいたりする。人間の勝手さと自分自身の芯のなさに驚き、がっかりして、でも救われてこんなふうに生きてきたからこそ乗り越えられたのだなぁと感じたり。


 どうやら、いろんな考えが自分勝手に、自分の無意識的な部分で同時多発的に進んでいるらしい。階段の登り方と降り方を同時に考える。こうしてただ歩いている時間が夢の中なのではないかと錯覚する。昨日と今日の境目。1秒だけ早く来た明日。家を持ったホームレスが見た1日の終わり。深夜、街中を歩く。街を歩いているといろんな人がいる、はずなのに。どこにも誰もいなくて、雪が辺りを覆って上手く歩けなくなっていって、息ができなくなる。いつもそこで、夢から醒める。


 生き方が決まってきた。自分が決めた人生をやっと言語化できてきた。嫌いだった今を実感して、受け入れて、認めて諦めて、自分を好きになる未来への、その変化を楽しめている。また同じ道。また同じ日付。1年。繰り返して、作られて、また壊れて、始まって。


 自然の力に身を委ねて、生き切っている。行き着く先を見守る。夢が始まって終わるまで、コツコツと自分のために。後悔とか依存とか、そういった不確かなもの全てを懐かしめるその日まで、


僕は、進む。





おわり。



あとがき

 例えば一つのことがあったとして、それの可能性が完璧に0になってしまった時、人は諦めるのでも悔しがるのでもなく受け入れるということがわかった。おそらくそれは、自分がそれなりに大人になったからだし、もう若い頃のような燃え上がる感情を失ってしまったからなのだと思う。逆を言えば手に入れたいもののために明確なはっきりとした行動をするようになった。曖昧な愛とか恋とか、勢いとかではなく、論理的にとか、あらゆる角度から物事を見てとか、そういったことができるようになったから嘆かなくなった。しかし、嘆いていた頃が全て嫌だったかと言われるとそうではない。当時の自分も全て自分自身がそうしたくてしたことだし、紛れもなくやりたいことをやれていたし、飛び込まなきゃ気が済まない自分を存分に発揮できていたと思う。周りに迷惑をかけすぎたことは否定できないが。生きたいように生きてきたからこそなりたい自分になるのが次の目標だ。これからの生きがいができてなんだかとてもしあわせな気分だった。読んでいただきありがとうございます。これからも書きます。よろしくお願いします。

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小説。 ぬるい部屋と小さなテレビの音。あと、1つの芯。 木田りも @kidarimo777

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