第15話 迫られる決断

 研究所の内部は、凄惨たる状況だった。

 大量の血と、死体が散乱している。

 

 一見すると壮絶が戦闘があったように思えるが、違う。

 全員、自殺だ。

 

 自分で自分を殺したとしか、思えない死に方をしていた。

 しかしこれが他殺であると、ハルカズたちは知っている。


「チガヤの身体で、なんてことを……!」


 リンネが憤る。

 ハルカズも同じ気持ちだが、心の方は極めて冷静だった。

 ある意味では、もっとも感情的かもしれないが。


「もう、出て行っちゃったと思う……?」

「いや、まだいる」


 人の気配が複数する。

 嫌な感じだ。

 一人だけなのが望ましかったが、仕方ない。


「チガヤの友達は、本当の身体を運び出さなきゃいけない。きっと、確実に接続するためには近い方がいいんだろう。電波強度みたいなもんだ」


 回線速度は遅いより速い方がいい。

 そして、身体を運び出すには、運搬役が必要だ。

 チガヤが、ハルカズとリンネに連れて行ってとお願いしたように。


「じゃあ何人か残ってるのね」

「ああ――きっと面倒な奴らが」


 ハルカズの予感は的中した。

 何かが高速で接近してくる。

 弾丸――いやそれ以上の速度で。

 

 ライフルを構えようとしたが、間に合わない。

 やられる覚悟をした瞬間に、ハルカズの身体が宙に浮いた。


「油断しない!」

「してねえよ!」


 リンネが、ハルカズの身体を担ぎ上げる。

 彼女は白い壁を走り、その勢いのまま通路先の部屋へと逃走を図る。

 

 ハルカズは命中精度が下がるのを承知で、弾丸を後方にばら撒いた。

 いくら高速移動が可能だとしても、障害物の数だけ移動速度は低下するはず。

 そしてそれはハルカズたちも同じだった。


「何!?」


 リンネの声でハルカズが逃亡先へ振り返る。

 女が立っていた。目を奪われるのは、その傍らにある四角い黒鉄の金属だ。

 形状が無数の針へと変化して、飛来してくる。


「くッ!」「うおッ!」


 リンネはハルカズを横に投げた。

 刀を引き抜いて、針を斬り防ぐ。

 

 そして目を見張る。

 斬った瞬間に、液体状へ変化した針に。


「液体金属だ! 離れろ!」


 警句を聞いたリンネが、ハルカズの元へ着地する。

 ハルカズは敵にアサルトライフルを向けた。

 敵が停止したおかげで、男だと気付く。

 

 狭い通路の中で、男女に囲まれていた。

 どう切り抜けるか思案していると、上方から拍手が聞こえてくる。

 その主には見覚えがある――とても良く。


「チガヤ!」

「さっきぶりだね、君たち」


 上階の通路から見下してくるチガヤ……否。


「君は誰! チガヤを返して!」

「私はチガヤの友達だよ。聞いてるでしょ?」


 チガヤの友達は、怒号を上げるリンネを軽くあしらう。

 ハルカズも、怒りに任せて声を荒げた。


「お前なんか友達じゃない!」

「それを決めるのはあなたじゃないよ」


 冷ややかに言うチガヤを操る者。

 ハルカズは奇妙な感覚を覚えた。

 絶対的有利な立場なのに、どこか苛立っている。

 現状に満足していないかのような。


「ちょうど良かったよ。あなたたちのこと、探すつもりだったから。でもさ、よく戻ってきたよね。この子の命令に、従わなかったの? なんて……そんなわけないか。やっぱりこの子は、力をうまく使えてないんだ」

「その子は誰よりもうまく力を使いこなしていたぞ!」

「どこが? この力はこう使うのが正しいんだよ」


 チガヤが両手を広げた。ハルカズは改めて周囲を見回す。

 自殺した死体だらけだ。

 こんな使い方が正しいはずはない。

 

 力の持ち主であるチガヤが、望んでいないのだから。

 リンネが叫ぶ。


「ふざけないで!」

「ふざけてるのはあなたたちだよ? なんでそうやって動けているのか、わかってるでしょ? 私が許してるからだよ」


 不遜な言い方だが、事実だ。

 チガヤはいつでもハルカズたちを殺せる。

 なのに、自前の能力を使わず、尖兵を差し向けている。

 これが意味することは。


「この子の力は強大すぎて、本気を出したらすぐ終わっちゃうからね」

「遊んでるんだな」

「その通り。あなたは賢いね。まぁ賢いからって、どうにもならないんだけど」

「どうかな」

「どうもこうも。結末は、決まってるんだよ」

「やってみなきゃわからないでしょ……!」


 反発するハルカズとリンネに、チガヤが邪悪な笑みを見せた。


「いいよ。そのくらい威勢が良くないと、退屈しちゃうからね。まずは、そこの二人をどうにかして見せてよ」


 ハルカズは弾倉を交換し、高速移動男へと狙いを付ける。

 リンネが刀の切っ先を、液体金属を侍らせる女へ向けた。

 

 相性がいい相手は逆だが、だからこそこちらを狙ってくるとはわかっている。

 なら最初から対峙した方がまだマシだ。

 

 引き金を絞って弾丸の雨を降らせる。

 高速男が接近してきた。

 先程と同じように弾丸をばら撒くと、ジグザグに回避しているのがかろうじて見える。

 

 回避精度は高くない。

 動体視力が最適化されていないのか、速度のせいで小回りが利かないのか。

 いずれにせよ、これは弱点になりえる。

 

 そう判断した瞬間に接触してきて、寸前のところをナイフで弾いた。

 高速移動しながらの近接武器による斬突。

 それが奴の戦法のようだ。


「いつまで持つか、見物だね」


 チガヤが楽しそうに言う。

 

 弱点はわかった。

 だが、突破口は?

 

 ハルカズは思考を回しながら、攻撃をナイフで防御し続ける。



 ※※※



 一秒でも早く、眼前の敵を始末する。

 ハルカズのために。

 ……チガヤの、ために。

 

 リンネは拳銃を二度鳴らす。

 キューブが液体へと変わり、壁の姿となった。

 弾丸が潰される。

 

 どういうメカニズムかは知らない。

 きっとこれも生体電流とか磁力とか、そんな感じなのだろう。

 案外、静電気とかかもしれないが、さほど興味はない。

 

 リンネの興味はただ一つ、

 どうやればスムーズに、この女を排除できるかだ。

 

 その方法は単純明快。

 敵の防御を掻い潜って、その首を刎ねればいい。

 

 もし可能なら無力化するが、優先されるべきは二人の命だ。

 いざとなれば、容赦する気はなかった。


「さっさと倒れて!」

 

 外骨格の補助で疾走し、液体金属の壁の横を通り抜けようとする。

 が、また針が飛んできた。

 リンネはブレードで防御。

 

 今度は液体化しなかった。

 見切られているからだろうか。

 受け流された針が背後の壁や床に刺さる。

 そのまま回り込んで女を――と思った矢先、壁が人型へと変化した。

 

 両腕をソード状へ変化させている人型と、斬り合う。

 剣戟を鳴らすが埒が明かない。

 

 攻めあぐねていると、ブレードがソードに接触した瞬間、液体へと変質した。

 踏み込んだリンネがバランスを崩す。

 そこへ左ソードの刺突が迫る。


「なんて……ね!」


 リンネは脚部補助外骨格の性能を、十全に発揮した。

 後方へ跳躍し、施設の壁へと接着する。

 

 ブレードの切れ味を最大値へ変更。

 壁を蹴り跳んで標的に斬撃を見舞う。

 はずだったが。


「何――!?」


 壁を跳んだ瞬間に、何かが右足を掴んだ。

 黒鉄の腕だ。

 壁に刺さっていた針が腕へと変化していた。


「くッ!」


 勢いを削がれ、空中で失速する。

 そこへ迫る大量の腕。散らばっていた針と、本体である人形が無数の腕へと変わり、リンネの身体を拘束した。


「しまッ――」

「あーあ、あなたの方は、終わりだね」


 捕縛されたリンネを見て、チガヤがほくそ笑む。



 ※※※



「リンネ! ちッ!」


 ハルカズは敵の攻撃をナイフで防御し続けながらも、リンネのピンチを見て取った。

 彼女は空中で、無数の腕に肢体を絡め捕られている。

 敵がその気になればいつでも殺せるだろう。

 今この瞬間にも、支援をしなければならない。

 

 しかしそれは、無防備になることを意味した。

 リンネを助ければ、ハルカズは助からない。

 それは流儀に反する。

 

 ゆえに。

 ハルカズは躊躇なく、リンネの右腕を拘束する黒鉄の腕を撃つ。

 

 呆気なく腕は壊れた。

 しなやかさを保持するために、防御力が犠牲になっているのだろう。

 

 右腕が自由になったリンネが、身体に纏わりつく腕を切り裂く。

 同時に、高速男のナイフが、ハルカズの背後へと迫る。



 ※※※



 瞬間、リンネの身体の中を巡るナノマシンが、常人の数倍の速度で神経伝達を行う。

 脳の運動野から発せられる電気信号を読み取り、トップダウン方式で下される命令伝達をショートカット。

 必要な部位に通達する。

 放出された電気信号と神経伝達物質に従って、リンネの身体は拳銃を向けた。

 銃声が轟く。

 

 一発のように聞こえたのは、ほぼ同時に撃ったからだ。

 弾丸が、それぞれの敵に命中する。

 

 女の腕と、男の足へ。

 

 ハルカズは、脇ががら空きだった女を撃ち。

 リンネは、強化された動体視力で捉えた男を撃っていた。


「足が撃たれちゃ、もう高速移動はできないね」

「痛覚に思考が遮断されて、液体金属を操作できないようだな」


 チガヤの手下は、戦闘不能になっていた。

 まだ動けるだろうが、その時はその時だ。

 邪魔をするなら、あの世に行ってもらう。

 

 敵の無力化を確認し、チガヤへ注意を向ける。

 彼女はいなくなっていた。


「どこへ――」

「向こうだ」


 ハルカズに促されて、リンネは周囲を警戒しながら奥へと進む。

 



 奥は広大な空間だった。

 警備兵と研究員の死体があちこちに転がっているのは、先程と変わらない。

 異なる点は、いくつか箱が置いてあること。

 

 人が余裕で入れる大きさの透明な箱を、わかりやすく言い直すなら水槽だ。

 水こそ入っていないが、中の生物を観賞するための透明な箱。


「実験体を監視するための檻か」


 ハルカズがそのうちの一つを一瞥する。

 檻のような隙間はなく、完全に密閉された箱に自由など存在しない。

 そのほとんどが破壊されているか、中に死体が転がっていた。

 

 どちらにせよ、生存者はいない。

 たった一人の、例外を除けば。


「あーあ。運び係が使い物にならなくなっちゃった」


 チガヤは、唯一綺麗な状態を維持している箱の隣に立っていた。

 揃って銃を向けながらゆっくりと近づく。

 

 あまり意味はない。

 チガヤの身体を傷付けるつもりは、二人ともない。

 

 それでも習慣で武器を構えながら接近して、気付く。

 箱の中に、箱が入っている。

 

 今度こそ、本物の水槽のようだ。

 機械でパッケージングされた何かが、液体で満たされた小さな箱の中に鎮座している。


「困っちゃうなぁ。私を、運び出さなきゃいけないのに」


 そう言って、チガヤは小さな箱を見る。

 機械で保護された脳。

 そうとしか思えないモノを。


「本当の意味で会うのは初めてだね。初めまして。私の識別コードは、ブレインパッケージ33。この研究所で33番目にパッケージングされた脳です。裸のように見えるけど、安心して? 機械で覆われてるから、恥ずかしくないよ」


 流石のリンネも言葉を失う。

 リンネは、チガヤを利用する奴らを酷い連中だと思っていた。

 そして、どうやら自分自身も劣悪な環境で育てられてきたと、理解し始めていた。

 

 それでも、これは。

 こんな、ことは……。


「どうかな? 納得してくれた?」

「コレをした、理由……?」

「そうだよ、コレ」


 チガヤが周囲の死体へ目をやる。

 確かに、こんな目に遭わされたのなら、こんなことをしてしまっても仕方がないのかもしれない。

 

 そんな風に思った。

 ……思って、しまった。


「でも、終わりじゃないよ。終わりだと思ってたけど、違った。だって、全然満足してないんだもの」

「満足って……」


 リンネが話す間、ハルカズは黙している。

 彼も、ショックを受けているのだろうか。

 

 その様子を横目で確かめながら、問答を続ける。

 チガヤは両手を広げた。


「私を無視した奴ら。私が苦しんでる間、幸せだった奴ら。私が存在するなんて、気付こうともしなかった奴ら。そいつらを全員殺して、私の復讐は完成するの」

「そんな、ことは……」

「しちゃダメだって? なんで? あなただって、たくさん殺してきたでしょ? なのに、私にはダメって言うの?」

「それは……」


 丸め込まれる。

 リンネには、彼女を止める権利がない。

 

 どうすればいい。

 リンネは思わずハルカズを見た。

 彼は目を瞑っている。

 

 ダメだ。

 打つ手がない。

 自分では反論することが、彼女を止めることができそうにない。

 そう思った矢先、


「いや、ダメだな」


 ハルカズが口を開いた。


「ダメ? なんで? あなただって――」

「お前の復讐は、もう終わってる。これ以上続けるなら、それはただの殺人だ。何の正当性もない」

「は……? そんなわけ、ないでしょ」


 チガヤの雰囲気が変わる。

 余裕綽々のように見えているが、その実、精神的にかなり不安定なのかもしれない。


「そんなわけあるぞ。お前をパッケージにしたのは、ここの連中だ。市井の人々には関係ないし、なんなら、俺たちにだって関係ない」

「そんなことない……そんなことない!」


 すっかり感情的になっているチガヤ――の中に潜む、友達。連動して、箱の側面に設置されているモニターの数値が荒ぶる。


「お前が何を言おうと、その事実は変わらない。どれだけ可哀想でも、同情の余地があっても、そこが変わることだけはないんだ」

「あなただって、大人や社会に人生を台無しにされた被害者でしょ! なんで同調するどころか、否定してくるの!!」

「俺は大人に助けられた身だ。酷い大人もいれば、いい大人もいる。大人は、社会は、全て同罪だなんて暴論、聞く耳を持つ理由がない」

「意味がわからないっ!」


 癇癪を起こすチガヤは、まるで子供の我が儘のように見える。

 そうだ。

 この子は、子どもなのだ。

 

 子どものまま、脳だけにされて。

 そして、そんなことをした大人たちに復讐した。

 その背景を知ってしまうと、ハルカズのように強く言うのが難しい。


「ハルカズ、あまり冷たい言い方は……」

「情に流されるのはお前の良い点だが、今この瞬間に限っては、あんまり良くない。忘れるなよ。あいつは、チガヤを利用してるんだ」

「そうだけど……」


 思い起こされるのは、妹が爆発に巻き込まれる瞬間だ。

 ルテンが死んだ時、リンネはシノビユニットを、その存在を容認していた政府を恨んだ。

 それでも何もしなかったのは、チガヤがいたからだ。

 

 加えて、復讐心よりも、悲しみの方が勝っていた。

 だから何もせず休み、精神が回復するまで待った。

 

 もしチガヤとハルカズがいなければ、復讐に奔っていてもおかしくはなかった。

 チガヤは助けたいし、彼女にこんなことをさせた友達は許せない……はず。

 

 なのに、この感情は……どうすればいい。

 相反する感情に困惑するリンネを余所に、ハルカズは反論する。


「お前は、個人的な復讐のために、無関係のチガヤを利用した。どれだけ不幸な身の上だったとしても、その時点で論外だ。――お前の八つ当たりに、チガヤを巻き込むんじゃない!!」

「うるさいうるさい……うるさいっ!」


 発狂して叫ぶチガヤの友達。

 その姿が哀れに思える。

 どうにかならないのか。

 

 そんな風に思ってしまう自分は、きっと薄情だ。

 チガヤを利用した加害者に、同情してしまうなんて。

 この矛盾した感情を、どう処理すればいい。

 

 自らの心と戦いながら、気付く。

 目が合ったことに。

 チガヤの友達と、視線が重なって――。


《あなたも、私の友達になって》


 抵抗する間もなく、黒い海に呑み込まれた。



 ※※※



 ハルカズはチガヤの友達――パッケージ33を見据える。

 同情の余地はある。

 それは間違いない。

 この惨劇を咎める気もない。殺されて当然のことをしていた奴らだ。

 

 あえて指摘するとすれば、同じ境遇のはずの実験体すらも殺したことについてだろう。

 しかしチガヤを利用したという経緯が、そんな余地を消し飛ばす。


「お前は、もっといい方法を選択することができたはずだ」


 チガヤを巻き込まずに復讐を果たす方法も、自分を救う方法も選ぶことができたはず。

 選択の余地があった人間と、そうじゃなかった人間。

 例え同じことをしたとしても、扱いに差は出るだろう。

 

 ゆえに、糾弾を続ける。

 それに、罪の自覚をさせれば、チガヤも自我を取り戻せるかもしれない。

 その可能性に賭けて、続けようとした時だった。


「あなたのこと、嫌いだよ」


 チガヤの友達が、落ち着きを取り戻した。


「そうか、だとしても――」

「この世にいていいのはね、私が好きなものだけ。嫌いなものは、いらない」


 だからさ、とチガヤは怒りに声を震わせる。


「もっとも、嫌な殺され方して、死んじゃえばいいよ」

「何を――ッ!?」


 ハルカズが対応できたのは、その可能性があることを考慮していたからだ。

 しかし、実際に目撃すると、なかなか受け入れるのが難しい。

 虚ろな眼差しになった、リンネの斬撃は。


「リンネ――!」


 ナイフで刀を受け止めながら、呼びかける。

 だが、返事はない。


「その子は私に同情してくれた。友達になってくれたの。あなたとは違ってね!」


 死んだ瞳のリンネは、黙々と刀を振るう。

 表情もなく淡々と目的をこなす、機械のようだ。

 それを経験と予測で受け流すが、どんどん押されていく。


「リンネは私のことが好きなんだよ。チガヤよりも!」


 パッケージ33の思い込みを、ハルカズは即座に否定する。


「違う! リンネがお前に同情したのは、彼女が優しいからだ! 殺し屋として育てられてなお、慈愛の心を持っていたからだ! チガヤだけじゃなく、お前のことも救おうとした彼女の優しさを、お前は利用して――!」


 どちらがではなく、どちらも可哀想だと思っただけだ。

 その善意を、パッケージ33は自分の主張を通すための道具として利用している。

 

 彼女は哀れな被害者ではなく、悪意を持って他人を傷つける加害者だ。

 性質の悪いことに、その罪を自覚してすらいない。


「もういい、もういいよ」


 リンネの蹴りをしゃがんで避けた瞬間、拳銃が目の前で突きつけられる。

 横っ飛びで躱した先に繰り出された突きを、かろうじて防いだ。


「どうせ殺すしかないんだ。わかってるでしょ? 私を止めるためには、チガヤを殺すしかない。どれだけ嫌でもね」


 リンネの刀をナイフで弾く。

 一撃一撃が重く、反撃はできないし、するつもりもない。


「本当は私を殺したいんだろうけど、あなたが私を殺すためには、防護ガラスに覆われた箱の中に入って、私の脳を壊すしかない。でも、その前に私はあなたをコントロールできる。だから、この子を殺すしかない」


 感情では受け入れがたいが、理性はすんなり理解できている。

 ハルカズでは、チガヤの能力に対抗できない。

 その彼女を操っている、パッケージ33にも。


「そして、それを阻むリンネも殺さないとダメ。プラタプスだっけ、あなたの異名。殺し屋らしく、殺せばいいよ! 結局それしか、世界に救いはないんだからっ!」


 パッケージ33の言葉は、一理ある。

 この状況下では、誰かが死ぬのが確実だ。

 

 じゃあ誰を殺す?

 最優先で殺すべきパッケージ33は、彼女の言った通り厳重に保護された箱に守られている。

 そこには絶対に辿り着けない。

 その障害となっているリンネを殺しても、脳に辿りつく前に操作されるだろう。

 

 何なら、今この瞬間も彼女は自分を殺せる。

 自殺しろ、と命令されれば、ハルカズは抗うことなく死んでしまう。

 嫌な奴に嫌な思いをして欲しいから、生かされてるだけだ。

 

 しかしチガヤの身体であれば、殺す隙は存在するかもしれない。

 彼女の身体能力は年相応のそれ――いや、それ以下だと言っていい。

 銃を穿てば、理論上は殺せる。

 

 だがそれは本末転倒だ。

 何のためにここに来たのか。

 チガヤという帰る場所のために、来たのに。

 

 どうする?

 どうすればいい?

 

 ハルカズはリンネの攻撃を受け流しながら、思考を回す。

 その姿を見て、ブレインパッケージ33は冷笑を見せる。

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