第14話 悲願成就
「じゃあ、あの研究所の連中は、造反組だってこと?」
「今更、勢力がどうとか考えても、しょうがないけどな」
暗闇を走行するジープは、まもなく第三研究所へ到着する。
その間に、ハルカズとリンネは情報共有を行っていた。
「これもいつもの如く推察だが、奴らは政府がチガヤの力を持て余すことをわかってたんだ。そりゃ、防衛兵器として有利になる程度のものができれば良かったのに、実際にできたのは世界が滅ぼせる激ヤバ兵器だ。こんなのが諸外国にバレたらまずいし、チガヤが個人の意思で世界を乗っ取ろうとしてもヤバい。対抗策は何もないからな」
「でも、チガヤにそんな気はないよ?」
「そうだ。チガヤは純粋無垢に育った。彼女は人の善意も悪意も、それぞれが美しい花の形だとして、積極的に干渉する気はなかった。花を、人間を……愛してたんだ」
しかし、そんなことは他人にはわからない。
ハルカズたちは、チガヤの人となりを知っているからわかるだけだ。
上谷のように、危惧するのは至極当然だ。
ハルカズも知らなければ、同じように危険視しただろう。
一人の少女が持っていていい力じゃない。
チガヤ本人に攻撃力はないが、力ある人間を自在に操作できる。
上谷がチガヤのことを核兵器以上の存在だと言っていたが、それも当然だ。
核兵器の発射権限を持つ人間を操作すれば、彼女はいつでも核を撃てる。
今世界が滅亡していないのは、彼女が人類を寵愛しているから。
……なんて、考え方もできるくらいだ。
チガヤを恐れた政府が、彼女を闇に葬ろうとするのは必然だった。
廃棄を予想できれば、回収する計画と人材も用意できる。
「第三研究所は、秘密裏に彼女を奪取する計画を立てた。政府はもちろん、他の勢力……俺たちも、そしてチガヤ本人にも気取られない見事な計画だ。手中に収めた後は露見するだろうが、大した問題じゃない。気付いたところで、どうしようもないからな」
チガヤさえ手に入れれば勝利だ。
チガヤの能力に抗える人間など、この世に存在しないのだから。
しかしそれは第三研究所の者たちも例外ではない。
「持て余すのは、連中もいっしょなんじゃないの?」
いくらチガヤを手に入れられたとしても、言うことを聞かせられなければ意味がない。
むしろ、逆にコントロールされるなんて事態も起こり得るだろう。
チガヤがその気になればいつでもできる。
とんだ欠陥兵器だ。
暴発する条件も、タイミングもわからない。
――そんな危険な兵器を、何の策もなしに手に入れようとするだろうか?
「武器には、兵器にはセーフティが必要だ。そりゃ、古めかしい西部劇の銃とかには積んでないかもしれないが、現代じゃ常識だ」
かつて、ピースメーカーという愛称で呼ばれたリボルバーには、まともな安全装置が存在しなかったという。
しかし、それでも誤射を防ぐための対策は用意されていた。
あえて弾を一発抜いておく――発射されるべき弾丸を、存在しないようにするという力技が。
「その安全装置として用意されたのが――」
「チガヤの、友達?」
「そうだ。奴らには、チガヤをコントロールできる自信があったんだろう。実際、研究所まで彼女を呼び寄せたしな」
つまりハルカズたちもチガヤの友達――第三研究所の連中に、まんまと利用されていたわけだ。
苦々しい表情となったハルカズにリンネが問う。
「でも、私たちは逃げられたよ? あそこで超能力兵士が自害しなきゃ、助からなかった。それも敵の計算だって言うの?」
「そこが問題なんだ。連中の意志だとは思えないから」
研究所は、チガヤへの安全装置を用意していた。
しかし、その安全装置に対する安全装置は――?
※※※
「来たぞ! 撃て!」
第三研究所に配属されている警備兵が、アサルトライフルの引き金を絞る。
そして、見事撃ち抜いた――自分の頭を。
頭部から漏れた血だまりを、少女が容赦なく踏み濡らしていく。
「なぜだ! 撃てば殺せるのに、なんで――!?」
叫んでいる兵士が、自分の喉元にナイフを突き立てる。
「あなたたちじゃ、無理」
チガヤが呟く。
背後に何かが降ってくる。
飛び降り自殺をした研究員だ。
たくさんの血を床に巻き散らした死体を、顧みることはない。
「どうして勝てない!?」
「勝ち負け、なんて。ただの、人の尺度だよ」
勝敗なんて――戦いなんてものは所詮、人の考え方だ。
人間が重力に引かれたり。
太陽によって地球が照らされたり。
隕石によって家屋が吹き飛ばされたりすることに、勝ちや負けなんて尺度が入る余地がないように。
チガヤによってコントロールされて死ぬのは、自然の摂理。
ただの宿命だ。
そうなるように、生まれる前から定められていたのだ。
抗うものじゃなく、受け入れるもの。
いや、抗ってもいい。
その方が見応えがあって、いい。
「死にたくない! 死にたくないいい!」
女性の職員が、喚きながら自身をナイフで何度も差し続けている。
変に抗うせいで、余計苦しむことになっている。
その姿は、一種の芸術だろう。
生命とは、そのくらい生に貪欲でなければ。
――見ている方が、退屈する。
「もっと頑張って。ほら」
女性の傍に寄った、チガヤが囁く。
すると絶望したのか、ナイフを易々と受け入れてしまった。
「あらら、残念」
もう少し面白くなるかと思ったのに。
せっかく手加減をしているのに、どの人間も面白みに欠ける。
その点、自害命令に抗って見せたあの二人は良かった。
予想外にも、生き延びてみせた。
「だから、残してくれたの?」
食後のデザートとして。
やっぱりあなたは、最高の友達だ。
チガヤは――チガヤを操る誰かは、研究所の奥を目指す。
メインディッシュを食すために。
※※※
自分の身体なのに、言うことが聞かない。
別人のような動きをする自分を、自分が俯瞰している。
自分が愛する花畑も。
進むたびに花が砕かれ、斬られ、踏まれて。
散っていく。
枯れ果てて、しまう。
(私の……お花畑が……)
辛くて、悲しくて。
涙を流そうとする。
しかし出てこない。
泣く自由すら、チガヤにはない。
チガヤが、対人関係で失敗したことはなかった。
どういう人物かは花の色でわかる。
仲良くなれるかを、直感的に理解できる。
ゆえに知らなかった。
友達には良い人ばかりではなく――悪い人間が紛れることもある、ということを。
その事実に気付いた時には、もう遅い。
声と涙のない嗚咽を漏らして、チガヤは友達の所業を見続ける。
※※※
――ようやく、待ち望んだ時が来た。
その男を前にして、心の底からそう思った。
「遅かったね」
間宮所長は嬉しそうに笑う。
チガヤも微笑んでいる。
完全に
「うん、とっても待たされた。でも、もういいよ」
チガヤは聖母のような笑みを見せて、
「あなたに復讐できるんだから!!」
憎悪に顔を歪ませる。
この世全てを恨むような顔を見て、ここに至るまでの職員たちは恐怖で震え上がった。
しかし間宮はあろうことか、
「おめでとう」
拍手をしてきた。
怒りに我を忘れたチガヤが、能力を使う。
所長はデスクのペンを取ると、自身の左手に突き刺した。
しかし所長は貫通したペンを取ると、痛みを感じないかのように拍手を続ける。
「よくできました、33。目を掛けた甲斐があったよ」
「ふざけるな! もっと痛がれ、怖がれよ! なんなんだその顔は!」
「これは神の祝福――喜ぶことはあれど、苦しむことなどないよ」
チガヤは反射的に超能力を使う。
空間認知能力をフル稼働させ、対象を捕捉。
放出された電波で、相手の脳をクラッキング。
ニューロンネットワークに介入して、間宮の身体に命令を下す。
引き出しから拳銃を取って、右腕を撃たせた。
血が飛び散って、拍手が止まる。
「おお、素晴らしい。十分に、彼女の能力を使いこなしているようだね」
間宮は褒めてきた。
信じられない。
彼は絶望して死ぬべきだ。
恐怖して、懇願しなければならない。
その姿を見て愉しむべきはこちらなのに、間宮の方が喜んでいるように見える。
チガヤは――その中に潜む少女は知らない。
人間には、まともに対峙してはいけないタイプが存在することを。
「なんで笑う……なぜ笑うッッッ!!」
「これほど喜ばしいことはないだろう? 私の推測は正しかった」
彼は嬉々として語りながら、自分の指を拳銃で殴り折り、左足を撃ち抜いている。
転びそうになると、迷うことなく椅子に座る。
恍惚とした表情で。
「やはり君たちは、選ばれし者たちだ。予感はあったよ。一目見た時からね」
「私を、あんな目に遭わせておいて!」
間宮はきょとんとした。
理解できないという顔だ。
「私が与えたのは、祝福だよ?」
「どこがだぁ!!」
チガヤの力に従って、間宮の身体が行動する。
拳銃を顎の下に突きつけた。
「楽しみたまえ。君たちは、神の祝福を受けている!!」
銃声が轟く。
その光景を見て、チガヤは……その中の少女は、色を失った。
――違う。
こんなのじゃない。
こんな惨めな感じじゃなくて。
楽しくて、嬉しくて。
喜びに満ちた結末のはずで。
「違う……違う!」
もっと苦しめるはずだった。
なのに、衝動的に殺してしまった。
じっくりいたぶるはずだったのに。
罪を償わせるつもりだったのに。
改めて間宮の――復讐相手の、死体を見下ろす。
笑っている。
嬉しそうに、楽しそうに。
満足げに、死んでいる。
「違う――! 違うんだぁ!!」
こんなのは復讐じゃない。
だって、満足できていない。
幸せな気持ちになるはずなのに、どうしてこんなに怒りが滲むのか。
理由を必死に考えて、答えを導き出す。
「そうか……そうだ……」
まだ終わっていない。
自分を酷い目を遭わせた存在は、今もこうして蠢いている。
「人間を、滅ぼさなきゃ。世界に――復讐しなきゃ」
そうすればきっとスカッとするはず。
気持ちよくなれるはずなのだ。
少女は歩き出した。
まずは、
※※※
「やけに静かだな……」
ハルカズがアサルトライフルに弾倉を差し込み、弾丸を薬室に送り込む。
ジャケットを脱ぎ、黒の戦闘服に身を包んでいた。
腰には拳銃とナイフ、予備マガジンとグレネードポーチを帯びている。
「手遅れじゃなきゃいいけど」
流動ブレードを引き抜き、リンネが状態をチェックしている。拳銃の準備も万全だ。
彼女もコートを脱いで、紺色のコンバットスーツを晒していた。
「例え手遅れでもやることは変わらない。そうだろ?」
「そうだね」
リンネが納刀した。先に準備を終えた彼女が歩き始める。
背中を追いかけながら、ハルカズは訊ねた。
「なぁお前、俺のことどう思ってる?」
「唐突に何?」
「どうなんだ」
「友達でしょ? 違うの?」
即答するリンネ。ハルカズは力強く頷いた。
「そうだな、行こう」
ハルカズたちは敷地内へ足を踏み入れた。
今度はいっしょに、友達の元へ歩を進めていく。
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