第12話 チガヤ
「ハルカズ――リンネ――」
実際に目の当たりにしても、チガヤは信じられなかった。
ハルカズとリンネが一方的にやられている。
いつも、あらゆる困難を打開してきた二人が。
「ダメ……! やめて……!」
友達が殺されてしまう。
守ると決めた、お花が枯れてしまう。
その恐怖を、言い表すことなんてできない。
「やめて――!」
《落ち着いて、チガヤ》
「……っ!?」
チガヤの身体が力を失い、座席に沈み込む。
「わ、私の……大切なお花が……!」
「そうだね、悲しいね」
声が聞こえて、隣へ振り向く。
「そんなこと言ってる場合じゃ――えっ」
驚いて、硬直した。
白髪の少女が隣に立っている。
チガヤしか入れない花畑の中に。
※※※
「残念だな、ボーイ? 君の攻撃は当たらないよ!」
「くそッ!」
ナイフを振るうが避けられる。
違う。攻撃が来る前に移動している。
勘や反射ではない。
思考で敵の動きを読んでいるのとも違う。
「右、左」
拳銃の狙いを見抜かれている。
回し蹴りが来たので、左腕で防御しようとした。
防御後のカウンター狙いだ。
が、当たる直前で足が止まり、虚を突かれた瞬間にマチェーテの柄で殴られた。
「ぐおッ」
「何をしても無駄だよ。僕が当たろうと思わない限り、君の攻撃は当たらない。だから、諦めなよ、ボーイ?」
「ふざけるなッ!」
スタングレネードを投げつける。フルフェイスの兵士はまともに食らった。
「うおお、眩しいねえ!」
「このッ!」
ナイフで刺突する。
チガヤには悪いが、不殺なんて考えている場合じゃない。
本気の突きだった。
殺意丸出しの。
しかしそれを、視覚と聴覚がやられているはずの男は華麗に躱す。
「アン、ドゥ、トロワ!」
躱した先で、マチェーテを振りかざしてくる。
斬撃は精確にナイフを捉え、宙を舞う。
「く……う……」
マチェーテの切っ先が、ハルカズの首横で停止した。
「予知能力、か……!」
或いは、それに準ずる高度な予測演算。
「賢いなあ、ボーイ。……チェックメイトだ」
※※※
荒い息を吐き出しながら、雷撃を避ける。
雷本来の速度は、重火器の初速などとは比べ物にならない。
それでもリンネが避けられているのは、何らかの調整が加えられているためだろう。
斬ろうと思えば斬れる。
だが、斬ってどうする。
斬れば拡散した残光が、リンネの肉体を穿つだけだ。
一度目は耐えられたが、二度目、三度目で意識を保てるか。
(身体の調子が……おかしい。ナノマシンにも影響を及ぼしてる)
破損してはいないだろうが、一時的な機能不全を起こしている可能性がある。
脚力も安定しない。
外骨格が麻痺しているのだ。
(でも、どうにかしないと……)
リンネはジープの方へと目を向けた。
ハルカズが似た装備の兵士と交戦しているが、一方的にやられている。
一刻も早くこの女を倒して、撤退しなければ。
ハルカズもチガヤも、殺される。
それだけは、絶対に嫌だ。
リンネは迷いを捨てた。
「うおおおッ!」
敵兵士に向かって突進する。
「おバカさんですわッ!」
フルフェイスの女から雷撃が放たれる。
それを切り裂いた。
衝撃と、漏れ出た雷が身体にダメージを与える。
気力を振り絞って肉薄する前に、もう一度雷が来た。
「うわあああああ!!」
リンネは絶叫しながら、雷切。
後一歩のところに迫った。
斬首狙いだ。
チガヤには後で謝る。
勢いよく首を切断しようとして、
「か……は……」
固まる。
身体が動かない。
「あらあら、惜しかったですわね」
横斬りを放つ途中で停止したリンネの身体は、あちこちが不自然に震えて、呼吸をすることすら困難になっている。
「電気ウナギをご存じかしら? 電撃を用いて獲物を弱らせて、捕食するおさかなですの」
女が抱き着いてくる。
「ご心配なく。私が優しく、イカせて差し上げますわ」
淫靡な声音で、リンネに囁いた。
※※※
「あ……ああ……あ……」
ハルカズとリンネの花がしおれていく。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!」
なんとかしなければ。
チガヤは二輪の花へと手を伸ばす。
「それは、無理だよ」
「やらないとダメなの!」
花を退避させる。
爆発からリンネを逃がしたみたいに。
焦るチガヤの手を少女が掴んだ。
「無理だよね? 命令を聞けるのは動ける人だけでしょ?」
「それは……っ!」
少女の指摘は事実だった。
お願いも命令も、できることは限られる。
健常者に速く走ってとお願いはできても。
足がない人に歩いてと命令することはできない。
したところで、意味がない。
ハルカズならまだ余裕があるようだが、どう命令すればいいのだろう。
リンネを助けてとお願いする?
そうすればリンネは助かるかもしれないけれど、ハルカズが死ぬかもしれない。
「どうすれば……どうすればいいの……!」
「私なら知ってるよ」
少女は、チガヤの友達は、優しく微笑む。
チガヤの手を動かした。
「こっちにするの」
二人の前に咲く黒い花――トゲのある花に触れさせる。
「で、でも……」
「やるの」
チガヤの瞳から光が消えた。
「じゃあ、花を握って」
「花を……握る……」
チガヤが二輪の花を強く握る。
トゲが手に刺さったが、意に介さない。
「言って」
「言う……」
下すべき命令は、決まっている。
「――死ね」
チガヤが花を引き抜いた。
※※※
「終わりだぜ、ボーイ!」
「く――ッ!」
反応できない。対応したとしても読まれる。
ハルカズは首元に迫るマチェーテに対処できなかった。
鮮血が宙を舞う。
そして、瞠目した。
生きている事実もそうだが。
「なん……だ……?」
自分の首を刎ねるはずのマチェーテが、敵の心臓を貫いている事象に驚愕する。
「予測が……外れ……た……」
超能力兵士が斃れる。
「自殺した……なぜ……?」
いや今は。
リンネの方へと目を向ける。
彼女と対峙していた敵もまた倒れていた。
ダウンした彼女へ駆け寄る。
「大丈夫か」
「な……なんとか……。けど……」
リンネの疑問もハルカズと同じものだ。
彼女と戦っていた敵は、自分の首を絞めて死んでいる。
疑問は残るが。
「今は逃げるのが先決だ。行くぞ!」
まともに動けないリンネを背負う。
周囲を警戒しながらジープへ急いだ。
敵の追撃は見られない。
彼女を助手席に乗せ、運転席へ乗り込む。
「逃げるぞ、チガヤ!」
返事がない。
チガヤはまた花畑を訪れているようだ。
気にはなるが余裕がない。
「出すぞ、捕まれ!」
法定速度を無視して、車を走らせる。
とにかく、安全な場所で身体を休めることが優先だった。
偶然見つけた廃屋の側に車を止め、早急にクリアリングを行う。
安全を確認した後、リンネに肩を貸して中に入れた。
最後にチガヤを抱える。
「どうしたチガヤ。返事をしてくれ」
しかし反応がない。
これまでは、声を掛ければ反応があったのに。
「何がどうなってるんだ……!」
チガヤといっしょに廃屋へと入った。
寂れた部屋の中で、リンネの横にチガヤを寝かせる。
「チガヤ……どうしたの……?」
「わからない。反応がない。生きてはいるが……」
「チガヤ、チガヤ! ぐ……」
「無理するな。今は身体を休めるんだ」
戸惑いながらも、周辺情報にアクセスする。
何から手を付ければいいかわからない。
チガヤについて誰かに相談すればいいのか。
リンネの治療を優先すればいいのか。
チガヤの友達と、襲ってきた連中の関係性を考えればいいのか。
「どうすりゃいい……!」
「し、深呼吸……」
焦るハルカズの手にリンネが触れた。
「ゆっくり息を吐いて。君なら大丈夫」
「ああ……そうだな」
ハルカズは落ち着きを取り戻した。
「まずは、お前の治療か?」
「たぶんだけど、大丈夫だと思う。一時的に麻痺してるだけだよ」
「雷を受けたんだろ?」
「あの女はきっと……獲物をいたぶるのが、好きなタイプだから」
攻撃に加減を加えられていたらしい。
「サド女に感謝するか……」
「サド?」
「どうでもいい話さ。とすると、次はチガヤだが……」
「また、前みたいに動けなくなっちゃったのかな」
「そんな単純な話だとは思えない……」
ハルカズは虚ろなチガヤの表情を見る。
そこで違和感に気付いた。
「笑ってない……」
「え……」
「笑ってないんだ。やっぱり何かがおかしい」
チガヤが動けなくなる前は、微笑んでいた。
聖母のように。
だが今は、瞳と同じく、表情も虚ろだ。
「さっきの攻撃は、俺たちだけを狙ったわけじゃないのかもしれない」
「チガヤも攻撃されてたってこと?」
ハルカズは上谷にもらったデータを思い返す。
チガヤが大量破壊兵器と呼ばれたのは、その攻撃を自覚できず、また防ぐことができない恐ろしさゆえだ。
彼女と似たような能力者が、他にもいたとすれば。
「チガヤの友達は、超能力者の可能性が高いって話したよな」
「……まさか」
「やっぱりチガヤも襲われたんだ。花畑の中で」
※※※
「気持ちよかったでしょ?」
少女はチガヤに笑いかける。
チガヤはぼうっと、自分の両手に目を落とした。
血だらけで、枯れた花を握りしめている手を。
「え……」
――え?
理解が追い付かない。
自分は何を持っている?
一体、何をした?
「なんで、私……?」
枯れた花を手放す。
枯れた花を、チガヤは二度と見ないようにしている。
悲しいから。
なのに、それをずっと握りしめていた?
いや、ただ握っていたわけじゃない。
気付いてはいけない。
そう強く思って、目を逸らそうとして、目が合う。
友達と。
ずっと会いたかった。
いろんなことを教えてくれた少女と。
「ねえ、チガヤ。間引きって知ってる?」
「間引き……?」
「お花がね、吸える栄養は限られているんだよ」
友達は花が密集している場所を指した。
「あんな風にさ、たくさんお花が咲いていると、栄養の取り合いになっちゃうの」
今度はチガヤが枯らした花を掴んで、目の前で見せてくる。
見たくなくて、チガヤは顔を逸らした。
「でもこうやって間引きをすると、他の花が、もっと多くの栄養を吸えるようになるの。それに、こういう病気の花だって、抜いておけば病気が広まらなくて済むよ」
「だから……間引きが必要だって言うの……?」
普通の花畑だったら、それは正しいのかもしれない。
でもここはチガヤの花畑だ。
花は自然なカタチがもっとも美しい。
「そうだね、間引いた方がいいよ。ううん、厳密には違うかな」
「どういうこと……」
「埋め尽くすって表現が正しいよ。だって、あなたはチガヤだから」
「あなたがくれた名前でしょ……。花言葉がお似合いだって……」
「うん、お似合いだよ」
友達がチガヤに抱き着く。
「あなたは世界を覆い尽くす、最強の雑草なんだから」
「――え」
絶句するチガヤに、友達は甘い声で囁いた。
「じゃあ、始めようか。間引きを。お花は、こんなにたくさんいらないからね」
チガヤの瞳から光が消える。
虚ろな表情で花畑を眺める。
一番最初に目に入ったのは二輪の花。
青と橙色の、お気に入りの花だ。
※※※
「なっ――!」
「え――?」
自覚した時には手遅れになっていた。
ハルカズは拳銃を側頭部に突きつけている。
「ハルカズ……!」
リンネはブレードの刃を、自らの首に当てていた。
「これは――まさか――」
先程戦闘した、超能力兵士たちと同じだ。
脈略のない自殺。
本人の意志とは異なる自傷行為。
こうなった原因は、隣で眠っている。
「チガヤ……!」
「チガヤのせい……なの……!」
必死にブレードを抑え込むリンネが叫ぶ。
ハルカズも、拳銃の引き金から指を外そうと奮戦しながら言い返した。
「違う! あの子は花が枯れることを嫌がってただろ!」
「そうだね、ごめん! チガヤのせいなんかじゃない!」
「ここでやられたら敵の思うつぼだ! チガヤの――友達のな!」
確証はないが、確信している。
右手が震えて拳銃がガチャガチャと音を鳴らす。
銃声が響いた。
「ハルカズ! 大丈夫!?」
「なんとかな! そっちも血が出てきてるぞ!」
銃弾をどうにか避けたが、右手はどうしてもハルカズの脳症を銃弾で掻き混ぜたいらしい。
また側頭部に戻ろうとする拳銃を、左手で必死に反らす。
熱を帯びた銃口が肌に触れて、やけどをした。
「このままじゃ――チガヤの手を、汚しちゃう!」
「それだけは許さねえ!」
刀身を血が伝っている。
だが、リンネの表情に絶望はなく、怒りが滲んでいた。
それはハルカズも同じだ。許せない。
チガヤをこんな目に遭わせた存在を。
友達に友達を殺させようとする、外道を。
「どんな理由があろうと絶対に許さないぞ! チガヤに手を出すな!」
チガヤに向かって怒鳴る。
「そうだよ……チガヤから出て行って!」
リンネも負けじと大声を出した。
拳銃が発砲される。
銃弾が左肩を掠ったが、気にならない。
それ以上の苦痛を、チガヤが受けているのだから。
「お前とチガヤがどういう関係なのかは又聞きだ! だが、それとなく予想がつく! お前はチガヤを騙したんだ! 利用しようとした! 友達は、友達ってのはな……!」
ハルカズは、リンネとアイコンタクトを交わした。
「――持ちつ持たれつの関係なんだ! 一方的に利用するだけの関係を、友達とは言わない!」
ハルカズは拳銃を押さえていた手を放す。
リンネも左手を柄から離した。
三度目の銃声と、空を切る音が響く。
「間一髪……」
「――セーフ」
ハルカズはリンネの右腕を。
リンネはハルカズの右手を掴んでいた。
互いの得物を逸らし合い、自殺衝動を受け流した。
身体自体は抵抗なく命令を実行したせいか。
急に力が抜けて、それぞれの武器が床を鳴らす。
「わかったか……!」
チガヤに向けて言い聞かせる。
と、急に彼女が立ち上がった。
「チガヤ……」
呼びかけるが、無反応だ。
こちらに一瞥も暮れずに、廃屋から出て行こうとする。
「止めるぞ」
「ええ」
同時に動き出す――。
《来ないで》
はずが、二人揃って停止してしまう。
「チ、ガヤ……!」
リンネがチガヤに手を伸ばす。
《私のことは放っておいて。二人で帰って》
チガヤは外に行ってしまった。
身動きが取れるようになったハルカズとリンネは、顔を見合わせて呟く。
「……帰るか?」
「ええ……」
先程までの熱意が失せたように。
平静に、淡々と。
帰り支度を始めた。
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