第10話 大量破壊兵器

「本当にいいのか?」


 起床したリンネに声を掛ける。

 昨日の今日だというのに、リンネは早起きしてきた。


「大丈夫だよ。何見てるの?」


 ハルカズの隣に座ってくるリンネ。珍しいと思いつつも端末を操作する。


「計画を見直してる。一応、俺たちは二つの勢力と戦ったが……状況が好転したのか検証しないとな」


 チガヤを欲しがっていたトライアングルは、チガヤ奪取派。

 山中と蛭川はチガヤ抹殺派だったが、同じ勢力内でも組織が違う。

 勢力に属する敵の組織は複数あるのだ。

 トライアングルを倒したからって、チガヤを奪いたい連中はまだいるだろうし。

 国防隊とシノビユニットを追い払ったからと言って、チガヤを殺したい奴らがいなくなったわけではない。

 特に後者に関しては、必死さが増す可能性がある。

 チガヤを本当に大量破壊兵器だと考えているなら、そろそろなりふり構っていられなくなるはずだ。

 もう外食も気軽にできなくなるかもな、などと考えて、


「リンネ……?」


 ぴたりと身を寄せてきたリンネを訝しむ。


「ごめん……やっぱり平気じゃないかも……」

「そうか……だよな」


 リンネは妹を失った。

 彼女に非はないとハルカズは考えている。

 むしろまんまと敵の罠に嵌まった、自分のせいなのではないかとも思うくらいだ。

 しかしリンネはハルカズのせいじゃない、と言った。

 だから、ハルカズはリンネの意志を尊重して、自分を責めることは止めた。

 精神的に弱っているリンネを支えることこそが、最優先事項だ。


「チガヤにも悪いことしちゃった……」

「気に病むな。結果論ではあるけど、チガヤは無事だったんだし」


 チガヤを殺す上で障害になるのがハルカズとリンネだ。

 だからまず二人を排除しようとするのは普通のことだ。

 チガヤを一人にしたことが、必ずしも間違いだとは言えない。


「違うの……。たぶん、私を助けてくれたのは、チガヤなの」

「どういうことだ?」


 ハルカズはベッドで寝息を立てているチガヤへ視線を送る。


「あの子が私を逃がしたの。ううん、その前から助けてくれたんだと思う」


 リンネは、ルテンの攻撃が不自然に止まったこと。

 ルテンを自爆ドローンから助けようとした時に、意思に反して身体が逃げたことを話してくれた。


「なるほどな……」


 これもまた、チガヤの能力なのだろう。

 あの子なりにリンネを助けようとしたのだ。


「お礼を言わなきゃ……」

「そうだな」


 傍目から見るリンネはまだ傷ついている。

 本当なら今すぐにこの場を立った方がいい。留まれば、襲撃リスクが高まる。

 それでも、もう少しだけ待ってあげたかった。

 リンネが不調の時に襲われるのは危険。

 ……という訳もあるが、可哀想だと考えている。

 作戦とは関係ない心情的な理由だ。

 リンネの背を摩ろうとして、端末が鳴った。

 メールだ。アドレスには見覚えがある。


「……」

「どうしたの?」

「少し気になることがな。依頼人からメールだ」

「仕事の依頼?」

「いや……違う」


 今は仕事を断っているし、ハルカズの依頼不履行も知られているはずだ。

 ハルカズとしては依頼人に裏切られたと思っているが、依頼人もまた同じだろう。

 ゆえにしばらくの間、新規の依頼が入るはずはないのだ。信用がないから。

 問題は、憤っているはずの依頼人からのメールであることだ。

 チガヤを抹殺しようとした、国防隊でもシノビユニットでもない依頼人からの。


「なんて書かれてるの?」

「会いたいんだと」

「……会うの?」

「リスクはあるが……」


 貴重な情報源であることは間違いない。

 チガヤについて何か知っているかもしれない。


「今は少しでも情報が欲しい。会うべきだな」

「私も……」

「いや、リンネはチガヤといっしょに待機してくれ」

「いいの……?」


 リンネは心配している。


「いざって時は連絡する。その時は急いで助けに来てくれよ? お前は強いんだからな」

「そうだね……」


 少しだけリンネに笑顔が戻った。

 ハルカズは支度を整える。

 ガンベルトを装着し、拳銃を腰のホルスターへ。ポーチへ予備マガジンとグレネードを放り込み、鞘へとナイフを差し込む。

 最後に緑色のジャケットを羽織った。

 買って数週間しか経っていないのにもうボロボロだ。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 幸いにして、指定された会合場所は近場だ。

 互いに何かあっても、すぐに駆け付けることができるだろう。


「ハルカズ……」


 目を覚ましたチガヤの呟きは、ハルカズに届かなかった。





 前回と同じ轍は踏まない。

 警戒心を強めながら、ハルカズは会合場所へ到着した。

 その雰囲気に困惑する。

 ただの喫茶店だったからだ。

 待ち伏せに似つかわしくない、和やかな雰囲気の店だ。

 店に入ろうとすると、テラス席の客が手を挙げた。


「こちらだ」


 周囲を見渡しながら席へと近づく。

 スーツ姿の中年の男が、コーヒーを飲んでいる。


「座りなさい」

「何者だ」

「こちらは危険を冒しているんだ。早く」


 止む無く男の指示に従う。

 彼は身を乗り出してきた。


「何してるんだね君は」

「呼ばれたからきただけだ」

「そうじゃないっ!」


 声を荒げる男。注目を浴びて、咳ばらいをした。


「なんで始末しなかったんだ。任務傾向から、適任者は君しかいないと考えていたのに」

「お前がちゃんと詳細を書かなかったせいだろ。少女だと知っていたら、こんな依頼は受けていなかった」

「あれが少女だと? 見た目に誤魔化されるな」

「誰がどう見たって少女だろう」

「あのな――」


 男が鼻息を荒くした瞬間に、店員がケーキを運んでくる。

 ぎこちない笑顔を男は浮かべた。


「お連れ様にはカフェオレでよろしかったでしょうか?」

「ああ、あってる。適当に頼んだがいいよな?」

「ああ……」


 男の仕草に毒気を抜かれる。これが演技だとすれば大したものだ。


「そうだな、取り乱した。こういう状況には慣れてない。すまない」

「それは構わないが……」

「確かにフェアじゃない。自己紹介をしよう。私は上谷。国防隊の防衛兵器監査部門にいる。国防隊と言うと皆マッチョを想像するだろうが、ご覧の通り、ただの事務屋だ」

「事務屋がなんで破壊の依頼なんか?」

「君は既に、いくつかの敵勢力と交戦しているね」

「どうにかこうにかやり過ごしてる」


 ハルカズはカフェオレを口に含んだ。甘い。毒物の類は一切ない。


「謙遜するな。少なくとも国側の戦力はどれも特殊部隊級だ。それを撃退している君たちは、紛れもなく本物だよ。今ちょっとでも本気を出せばすぐに私を殺せる。正直に白状するとかなり怖いんでね。ケーキを食べるのを許してくれ」

「好きに食べればいいさ」


 その視点はなかった。依頼人と殺し屋ならば、殺し屋の方が恐ろしいのは不思議なことじゃない。

 上谷はケーキを頬張ると、幸せそうに息を吐いた。

 落ち着いたようだ。


「なぜ依頼したかだったね」


 この小心者の男が、なぜチガヤを殺そうとしたのか。ますます謎は深まった。


「国は国で別に動いてただろ。なのにどうして俺に依頼した」


 チガヤについては保留して、まず依頼の動機が知りたかった。


「皆、本気じゃないからさ」

「……殺しには来てたぞ?」

「誤解を招く言い方だったね。確かに殺そうとはしてた。だがそれは結果を求めてのことだ。どの組織も手柄を得る過程として、あの子を利用していた。ただの踏み台としか考えていなかったのさ。だから組織間での連携を怠り、協力することもなく、友軍を出し抜こうとさえした。これが本気と言えるかな?」

「確かにな」


 そのおかげで、ハルカズたちにも勝ち筋が生まれた。

 完璧にはいかなかったが、こうしてカフェオレを楽しむことができている。


「わかっていないんだよ、誰も。彼女の恐ろしさを」

「大量破壊兵器、か。彼女に核兵器レベルの戦術的価値があると?」

「核兵器か。彼女と比較したら、あんなのはただの威力が大きいだけの爆弾だよ」


 抑止力に成り得るほどの兵器を、兵器監査部門にいる男が鼻で笑う。


「……そこまでか?」

「彼女の前じゃあらゆる武器はゴミ同然だ。大量破壊兵器と便宜上は呼んでいるが、そんな生易しいものじゃない。彼女が本気を出せば、一瞬で世界は終わる。それだけの力を秘めている」 

「彼女の能力は目を見張るものがある。それは認める。だが、警戒し過ぎじゃないか?」

「警戒もするさ。今も不安でいっぱいだ。いつ彼女が世界を終わらせるか、気になってろくに眠れやしない。私が心配性なのは認めるがね、この危惧は、科学的根拠に基づくものだ」

「具体的には?」

「これを」


 男はレポートをカバンから取り出した。


超能力兵器サイキックウエポン計画……?」

「少子高齢化の人手不足と、条約に引っ掛からない新兵器を欲した国の思惑がマリアージュした、バカげた計画さ」


 ハルカズはページをめくり、概要を速読した。


「超能力技術による既存の兵器に分類されない新兵器の開発……。予想通りではあるが」


 呆れて物も言えなくなる。超能力はやはり、軍事利用を目的とした力だった。


「そこに書いてあるように、超能力兵器は銃器とも、戦闘車両や、艦船、航空機とも異なる。現在の様々な軍事的制約や条約には引っかからない。咎められることなく増産できるし、改良もできるわけだ」

「しかし――」

「そうだ。思いっきり人権侵害だな。だが、お偉方の中には、大義だの正義だの、平和のためだの、ビッグなお題目を掲げれば無罪放免になると考えている困った連中がそれなりにいる。もしくは悲劇の英雄みたいな顔をして、仕方ない、とぼそりと言えばクールだと勘違いしている奴らが」


 上谷がコーヒーを呷る。


「それ以上に情けないのは、そんなことがまかり通っているのに、何一つできない私だがな」

「この計画を止めるために、俺に依頼を?」

「止めたい気持ちはある……が、先程も述べた通り、私が一番恐れているのはあの子だよ」

「チガヤか……」


 ハルカズはレポートを読み進める。それらしき数式や数値などは飛ばした。

 今重要なのはチガヤのことだ。


「不思議だよ。なぜあの子はチガヤなんて名乗り始めたのだろう」

「名付けられたんじゃないのか?」

「誰も名付けてなんかいない。少なくとも、研究所の職員は皆口を揃えてそう言っていたよ。番号で呼ばれていたらしいからな」

「……友達」


 名付け親の候補を呟く。上谷が手を叩いた。


「そうだ、友達だ。あの子はずっと友達の話をしていたそうだぞ。そんな子はいないのに」

「……」


 チガヤについてのページが出てきた。

 名称はどうでもいい。個人情報も気になるが、今はいい。

 上谷が恐れる能力の部分を読み解く。


「空間認知能力の拡大と生体電流の送受信による仮想ネットワークの形成――いや、理論は一旦後回しか。その結果どうなったか……」


 チガヤが笑っている画像に目に留まる。彼女はたくさんの職員に囲まれている。

 研究者も警備員も事務職も資材配送員も。

 スーツを着た役人も、調理師も、ごみ収集作業員も分け隔てなく。


「画像の補足として映像がある。見たまえ」


 上谷が端末をこちらに向けた。

 画面に映像が映し出される。



 ※※※




「チガヤ? これ欲しかったんでしょ?」


 チガヤの職員の女性は幸せそうに笑った。 


「俺はこれを買ってきたぞ!」


 別の職員がお菓子を差し入れる。


「ありがとう」


 チガヤは菓子の箱を貰うと、隣の箱の山に置く。

 その全てがプレゼントだ。

 チガヤが欲しがった物。興味を持った物。

 様々な品物を、職員たちが捧げていく。

 その様はまるで王に献上品を差し出すが如く。

 当然ながら、被験体への過度な接近はご法度だ。

 不必要な物品提供もまた、研究に悪影響を及ぼす可能性がある。

 研究員ならば守るべき規範だ。

 もし守れなくても、警備員が飛んできて拘束・退去させる事案。

 だが研究員も、そして咎めるはずの警備員も献品をしている。


「研究所の秩序は崩壊している……」


 撮影者の声音は震えている。怯えているのだ。


「気づけばこうなっていた。いつからかはわからない。人の手を介した記録ではダメだ。システムで管理しなければ。一度あれに呑まれてしまえば、異常性を認識できない。異常だと思ってもそれを通報しようとは思わなくなる。実験当初の影響範囲は限定的だったが……」


 撮影者が扉にカメラを向ける。入ってきたのは研究所の関係者ですらない、近隣に住んでいるだけの住民だった。


「防護壁が機能していない。いや……誰かが機能を停止させているのかもしれない。友達と交信するためだ。T-003は友達と会っているらしい。友達とは誰だ? 私は知らない。この施設にいる被験体は彼女だけだ……職員と友達になっている? それなら誰かが彼女に名前を付けたはずだ。なのになぜ……誰も知らないんだ」


 カメラがチガヤへと戻される。

 椅子に座っていたチガヤは突然、意識を失ったかのように背もたれにもたれかかった。


「またネットワークにアクセスしているらしい。彼女は自らが構築するネットワークを花畑、そして、思念を共有する人間を花と呼んでいる。友達とは花畑で出会ったらしいが……まさか別の研究所の……いやそんなはずは……」


 カメラが突然揺れ出す。撮影者が動き回り、カメラの向きがあちこちへと変わる。

 しかし周囲には誰もいない。撮影者だけだ。


「違うんだ、これは……! わかってくれるのはありがたい! けれど、仕事なんだ……許してくれ!」


 独り言を大声で話す撮影者。


「怒ってない? そうなのか? いや、私は君の友達にはなれない……。そうだ、きっとここの人たちでは無理だ。お願いされても聞けないよ。ああ……友達のところに行きたい気持ちはわかるよ」


 狼狽していたはずの撮影者は、酷く落ち着いた声音で話し出した。


「ああそうだ。この映像は防衛兵器監査部門へ提出される。きっと彼らは君のことを恐れるだろう。処分しようとするかもしれない。嫌なのか、そうだよな……。でも、外には出してあげられるよ。きっと君の能力を、誰かが買ってくれる。だから、外に行こう。そうして、見つければいい。君の友達を」


 カメラが床に落下した。撮影者が手放したのだ。

 そして、チガヤの元へと歩み寄っていく。

 他の者たちと同じように。



 ※※※



 ――チガヤは、その能力を用いて、多くの人間を利用し始めた。

 利用されている対象は、自分が利用されているという自覚はなく、また疑うことも不可能になる――。


「嘘だ!」


 今度はハルカズが声を荒げる番だった。

 テーブルを叩きつけて、上谷を睨む。

 彼は肩を震わせたが、怯えることなく続けた。


「この動画が撮影されてしばらくして、チガヤは現実への戻り方がわからなくなったらしい。職員たちは皆嘆いていたよ。自分たちが友達になれなかったせいで、とな」

「俺は利用されてなどいない! 自分の意志で選んだんだ!」

「そうか……」


 悲しそうに目を伏せる上谷。

 周囲の視線に気付いて、ハルカズが着席する。

 カフェオレを飲んだ。


「君が彼女を殺さなかったのは、困惑はしたが、納得できる。例えどんな大義名分があろうとも、子どもを殺したくないのは私も同じだ。いやそもそも人殺し自体、好んですることではない。なのに、さっき、私は君を責めようとした。すまない」

「……いや」


 上谷の言葉で冷静さを取り戻していく。

 そうだ。別に怒る必要はない。焦る必要も。

 淡々と、彼の危惧とこの報告書を否定すればいいだけだ。

 なのになぜ感情的になった?

 疑問をハルカズは頭の隅へ追いやる。


「しかし疑問なのは、君が彼女を護衛していること。なぜ守ってるんだ」

「友達に会いたいとお願いされたからだ。ちゃんと報酬もあった」

「友達が何者か知っているのか?」

「いいや」

「会ってどうするか聞いたのか?」

「……いいや」

「自分の信念や信条を、曲げたりしなかったか」

「……」


 黙したハルカズを、上谷はただ受け入れた。


「必ずしも、悪いことだとは言わない。他者に影響を受けて自分を変えること。その行為自体に善悪はない。善良な人間に憧れて善く振る舞うのは良いことだし、邪悪な人間に悪影響を受けて、悪辣となるのは悪いことだ。私はあくまでも、データ上での彼女を恐れているだけだ。現実の彼女じゃない」

「確かにあなたの危惧はわかる」


 この報告書にあるように、チガヤが他人を思い通りに誘導できるのなら、確かに恐ろしいことだ。

 大量破壊兵器だと決めつけて、滅ぼしたいのも当然だろう。

 通常兵器ならば攻撃されたことを自覚できる。対策も取れる。

 しかしチガヤの能力なら、攻撃されたことすら気付かない。

 彼女には、攻撃という概念が存在しないのだ。

 攻撃じゃないのだから、防御はできない。回避も。抑止することも。

 上谷が危険視する通りなら、チガヤは人類史上最高の兵器だ。


「だが本当に彼女が危険なら、俺たちはこうして会話することもできないんじゃないか?」

「……続けてくれ」


 上谷に促され、ハルカズはチガヤの発言を、思念を思い返す。


「チガヤは花が枯れることを悲しんでいた。人が死ぬことを。だから、人を殺さないでくれとお願いしてきた。……お願い、だったんだ。命令じゃない」

「彼女に人を傷付ける意図はない、と?」

「俺たちに対しても、お願いしかしてない。きっと、俺が本気で拒否すれば、彼女は放逐したんだろう。彼女に人を支配する気はないんだ。もし本当に他人がどうでもいいのなら、もっと強引な手段で友達に会いに行ってもいいわけだろう? 邪魔をする人間を、能力で黙らせることもできたはず。だが、彼女は違うんだ。人の手を借りるという方法も、その人にお願いするための報酬だって――」


 ハルカズは言葉を止めた。

 チガヤはなんて言っていた?


「どうかしたかね?」

「いや……。とにかく、チガヤに悪意はないよ。この画像の人たちだって、無理やり笑わされているわけじゃないだろ。コミュニケーションをとって仲良くなって、プレゼントしたってだけだ。その方法が普通とは違うから異常に見えるが。友達だって選んでるし」


 花の色……個性や相性か何かによって、チガヤは仲良くする相手を選んでいた。

 言葉の壁がある普通の人間とは違って、彼女は直接的なコミュニケーションを取れる。

 だから、普通の会話では仲良くなるのが困難なタイプが相手でも、コミュニケーションが成立するのだ。


「何が言いたいかと言うと……彼女を危険だと決めつけて、排除しようとするのは早計じゃないかってことだ」

「可能性だけで判断するな、と」

「そうだ。脅威になる恐れがあるから、事前に排除したい。その気持ちはわかる」


 ハルカズも傭兵の端くれだ。石橋を叩いて、その安全を確かめたい。

 だが、叩くことに時間を掛け過ぎてしまったり、叩きすぎて、渡れたかもしれない橋を壊してしまうことだって、ある。


「だからと言って、彼女が世界を壊すという確証もないまま始末してしまうのは良くない。それに危険だ」


 もし殺されそうになったチガヤが、能力を人を傷付けるために使い出したら、それこそ本当に世界が滅んでしまうかもしれない。


「危険……か。他ならぬ危惧した私たちが、彼女を大量破壊兵器にしてしまうと」

「納得、してくれたか……?」


 上谷は誠実な男だ。ハルカズも話し合いで解決したい。

 上谷は残ったケーキを全て口の中に放り込んだ。

 呑み込んで、息を吐く。


「君や、私がチガヤの影響を受けていないことを否定できない」

「ダメか?」

「だが、今の私には君の意見が一理あるようにしか聞こえない」

「じゃあ、手を引く?」

「最初に説明したように、私はただの小役人だ。政府はもちろん、国防隊にどうこう言う権限はない。言いたいことは山ほどあるが。ここでの意見交換は、個人的なものだ。私個人にとっては大いに意義はあったがね。不安が少し消えた」

「俺にとってもだ。あなたの情報は役に立った」

「それは喜ばしい限りだ。……頼みを聞いてくれるかな」

「内容による」


 調子が戻ってきたハルカズは、普段通りに応じる。


「あの子が、大量破壊兵器にならないようにして欲しい」

「手段は?」

「君に任せる。好きな方法を選びなさい」


 抽象的な物言いをハルカズは嫌う。しかし今回に限っては気に入った。


「引き受けてもいい」

「そうか、ありがとう。私の最後の依頼を引き受けてくれて」

「最後? どういうことだ?」

「遠からず私は殺されるだろう。口封じだ。政府の機密を漏らした」

「あなたは、死ななくちゃならない人間じゃない」

「そんなことはないよ。君のような青年を使って、少女を暗殺しようとしたクズさ。報酬は――」

「もうもらった。美味しかったぞ」


 空のカップをテーブルの中央へ寄せる。


「そうか。行くといい。報告書のデータも持っていけ」

「経過報告するからな。俺が任務を果たしている証として」

「わかったよ」


 ハルカズは店を後にした。

 後ろ髪が引かれる気持ちのまま。



 ※※※



「お帰り、どうだった?」


 ホテルの部屋に戻ると、リンネが出迎えてくれた。


「後で話すよ。とりあえず弁当買ってきた」

「何買ってきたの?」


 興味津々の様子で弁当を覗き込むリンネ。


「先に食べててくれ」


 弁当をリンネに渡して、ハルカズは装備品の元へ移動する。

 装備した武器をバッグパックの中に仕舞っていく。

 弾薬ポーチを外し、各種グレネードを厳重に箱の中に入れ、ナイフを棚に置く。

 拳銃をホルスターから抜こうとしたところで、背中に柔らかい感触が当たった。


「ハルカズ……」

「チガヤ……」


 チガヤが抱き締めてくる。


「ねえ、ハルカズは、私のこと、嫌い……?」

「嫌いじゃないよ」


 不安に駆られるチガヤに応えると、彼女は安堵の笑みをこぼした。


「良かった……。あなたも、私の、大切な……友達だよ……」


 ハルカズは拳銃を取り出し、棚に置く。

 ガンベルトを外した。

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