第8話 再会

 女の子が女性に連れられて行く。

 その背中を、涙目で追いかける。

 行かないで。

 全力で叫ぶ。

 だが、女の子は、悲しそうに微笑むだけ。

 待って!

 絶叫するが、届かない。

 音を立てて閉じられた。



 ※※※



 笑い声が後ろから聞こえてくる。

 付随して映像の音も。

 ハルカズは運転しながら問いかけた。


「なぁ、面白いか? それ」

「面白いよ」


 バックミラーをちらりと見る。

 リンネとチガヤは並んでタブレットを眺めている。


「まるで姉妹みたいだな」

「そうかな?」


 リンネが問い、


「そうだよ!」


 チガヤが答える。

 間もなく東京に入る。

 首都である東京は、2052年になっても唯一人口減少が見られない大都市だ。

 これまでは各地にある廃墟を有効活用して、隠れたり、敵を出迎えたりしてきたが、もう通用しない。

 気を引き締めなければならないが、もう少し楽しませていても罰は当たらないだろう。

 赤信号が見えたので、ハルカズは余裕をもってブレーキを踏む。


「ねえ」

「どうしたリンネ」

「ハルカズは、昔のことって覚えてる?」

「仕事の話か?」


 幽霊部隊での仕事を忘れたことはない。


「ううん。その前のこと……」

「組織に入る前……ってことか?」

「うん……」


 リンネは複雑そうな表情を浮かべた。


「朧気だがな。俺は孤児だった。お前は?」

「私も孤児……だと思うんだけど」

「自信がないの?」


 チガヤにリンネは首を縦に振った。


「うん……」

「組織に入る前の記憶は、便利に使いたい連中からすると、邪魔でしかない。昔と今を比較して反発心が芽生えたりするからな。記憶が薄れるよう、いろいろ手を回しているはずだ。記憶の改ざんなんかもしてるかもしれない。今は深く考えない方がいいと思うぞ。時間ができてから、ゆっくりと思い出せばいい」

「そうだね」


 リンネは納得して動画を見始めた。


(中和剤が効いているのかもな)


 闇医者は薬に余計な機能を停止される成分も混ぜたと言っていた。

 その余分の中に、記憶制御も含まれていたのかもしれない。



 ※※※



 タブレットの画面には、緑色のジープが映っている。

 防犯カメラのリアルタイム映像だ。

 カメラは次々に切り替わり、ターゲットを追尾していく。


「東京方面に向かっているようです……」


 少女は報告する。主は感心していた。


『流石だな。あ奴ならもしやとは思っていたが、本当に生き延びるとは』


 標的は幸運にも自壊プログラムを切り抜けた。これまでも、組織から抜けようとしたシノビはいた。

 その全員が報いを受けることになった。ある者はかつての同僚に殺され、またある者はナノマシンの暴走によって命を落とした。

 なのに、彼女は生きている。

 その事実を、少女は受け入れられない。タブレットを持つ手に力が入る。


「如何いたしますか」

『この事態は想定されている。そのためのお前だ。務めを果たせ。国のために』

「仰せのままに」


 少女は跳躍する。

 裏切り者を、あるべき姿に戻すために。



 ※※※



「それで、どうだ……?」

「おいしいよ?」


 チガヤがハンバーガーにかぶりつく。口元にソースがついている。

 ハルカズたちはハンバーガーショップで昼食を摂っていた。

 ハルカズの前にはチーズバーガーセット。

 リンネの前には大きなハンバーガーと山盛りのポテトがある。


「それは良かった。じゃなくて」


 美味しいのは良いことだが、聞きたいのはそれじゃない。

 

「ソースついてるよ」


 リンネがソースを紙で拭き取る。

 チガヤがごくん、と吞み込んで、


「友達の場所のこと?」

「そうだ。都内かな」


 その可能性を考慮して、駐車場に車は置いてきた。

 都内では車よりも公共交通機関の方が便利だ。

 ゴーストタウンも多かった地方とは比較にならないほどの人々が行き来している。


「どうだろう……」


 チガヤは食べかけのハンバーガーをプレートへ置く。そして目を瞑った。


「むうう……」

「可愛い」


 唸っているチガヤを見てリンネが微笑んでいる。

 ハルカズとしては不安が拭えない。そろそろ目的地を絞り込みたいところだ。

 それに元の状態に戻る恐れがある。

 何をトリガーとしてチガヤが身体を動かせるようになったのか、まだ判然としていない。


「あっち」


 チガヤが方角を指し示す。


「ふむ……」


 ハルカズはデバイスでマップを開く。


「都内か郊外か……郊外の可能性が高いか……?」

「こんなに人がいるんだから、都心部じゃないの?」

「チガヤとコンタクトを取れる友達は、超能力者かもしれないとは前に言ったよな? もし、都内じゃなくて関西の方だとしたら厄介だぜ」


 また同じような旅路の繰り返しだ。

 チガヤが動けるようになったのは喜ばしいが、それはそれで別の問題が浮上してくる。


「また車で移動するの?」


 ハルカズは腕を組み、上を見上げた。

 防犯カメラと目が合う。


「いや、少し都内を散策しよう。まずは方角を絞りたい。それに……」


 ハルカズはリンネと目配せする。彼女が頷いた。

 敵の出方を探っておかなければならない。



 ※※※



「ねえ、なにあれ!」


 コートの裾をチガヤが引っ張る。リンネは抵抗せずに引かれていく。


「スカイタワーだね」


 高層ビルの合間から見える巨大な塔に、チガヤは興味津々だ。

 それ以外にも様々な物にチガヤは反応する。その姿はとても愛おしい。

 不思議だな、と思う。

 以前ハルカズが言っていたように、リンネには常識がない。

 比較的任務の多かった東京都内の土地勘はあるが、それでも、リンネが訊いてくるもののほとんどを答えることができない。

 寿司の食べ方すら知らなかったぐらいだ。自分はチガヤか、下手をすればそれ以上に無知だ。

 けれど、チガヤの世話を焼くことができる。

 自然に。

 刀や銃の扱いほどではないが、知っている。


「変な石像があるよ!」

「変だね……」


 先を歩きながらはしゃぐチガヤ。カエルの口から水が放出されている。


「ねえ、リンネ――」


 嬉しそうに笑うチガヤに、何かが重なる。

 チガヤが二重になって見える。

 いや、チガヤじゃない。別人だ。もっと小さな女の子が……。


「……っ」


 頭痛がした。

 咄嗟に頭を押さえて、その肩を叩かれる。

 臨戦態勢へ移行しようとして、


「どうした? 頭が痛むのか?」

「急に、触らないでよ」


 相手がハルカズだと気付いた。


「悪いな。……尾行の目を誤魔化したくてな」

「……いつから?」


 リンネは愕然とする。

 いつもなら気付ける敵の気配を見落としていた。


「そう落ち込むなよ。練度が上がってるし、こんなに人がいたらな」

「落ち込んではないけど……」

「体調悪いのか?」

「そんなことはない、と思う。薬も飲んでるし……」


 あるとすれば、チガヤと共にいる時間を楽しみ過ぎたぐらいか。

 気を抜いてはいけない。

 チガヤは不特定多数の人間に狙われている。

 今まで無事だったのはリンネたちの実力もあるが、敵が手段を選んでいるからでもある。

 気を引き締めなければ。


「私が片付けようか?」

「いや、俺一人で十分だ。チガヤを頼んだぞ」

「任せて」


 ハルカズが単独行動を始めた。敵を誘導して始末する目論見だろう。

 厳密には無力化だが。

 リンネはチガヤへと目を移す。

 彼女は道端に植えられた花を眺めていた。


「本当にお花が好きなんだね……ん?」


 よく見るとチガヤは土をいじっている。何かを埋めているようだ。


「どうしたの?」

「悲しい、から……」


 チガヤが埋めていたのは枯れた花だった。


「どうして、埋めたの?」


 リンネは改めて訊く。


「枯れたお花を見るのは……悲しいの……」


 チガヤにとって花というワードは特別なものだ、とハルカズは分析していた。


「そうなんだ」


 リンネはチガヤと目線を合わせる。


「でも、土をいじるのは……」


 ――ばっちいからちゃんと手を洗わなきゃダメだよ――。


「……」


 言葉に詰まる。

 脳裏をよぎったのは、誰かの言葉ではない。

 自分の言葉だ。

 自分が、誰かのことを注意していた。

 眩い笑顔を見せる女の子。

 あなたは一体――。


「良かった。ようやく会えた」


 背後からの声で硬直する。

 違う。

 異なってる。

 変化がある。

 それでも、その声音には、聞き覚えがある。

 ゆっくりと振り返る。

 そして、対面する。

 自分とそっくりな髪色で、自分と似た顔の、自分より小柄な少女と。

 その名前は。

 彼女の、名前は……。


「ルテン……?」

「リンネ、お姉ちゃん」


 謎の少女――ルテンは、優しく微笑んだ。

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