第6話 例えそれがなかったとしても

「何やってんだ、俺は……」


 ハルカズは小屋の外で独り言ちる。

 五億。依頼の成功報酬である十億の内半分が、リンネの治療に必要だ。

 

 既に必要経費としていくらか使ってしまっているから、半額以下になることは確定だ。

 元々リンネと折半する予定だったので、当初に見込んだ金額よりも大幅に下がってしまう。

 治療費を全てリンネに押し付けたとしても、ハルカズ分の報酬にも間違いなく影響が出る。

 

 ハルカズが、ここまで旅を続けたのは報酬のためだ。

 矛盾があることは認める。だが、根幹は変わらない。

 

 金のために働いているのに、その金がなくなってしまう。

 その事実に葛藤する。

 葛藤してしまっている自分自身にも嫌気が差す。


(恩を仇で返すとはこのことか)


 まだ道半ばだが、リンネの協力なくしてここまで来ることはできなかっただろう。

 義理人情で動く人間ならば、即決できるはずだ。

 しかしハルカズはできない。

 

 流儀に反する。

 ハルカズにとって、流儀は大切なものだからだ。


(流儀は大事だ。そうしないと、俺は――)


 フラッシュバックが起こる。

 助けを乞う男性。その眉間に拳銃を突きつける自分。

 同じように泣きじゃくる女性の頭を撃つ自分。


「くそっ!」


 ハルカズは、小屋の壁を思いっきり殴った。  



 ※※※



 項垂れる青い花と、しおれかけの橙色の花を見つめる。

 チガヤにとって、どちらも大切な花だ。

 

 この二つは枯れさせたくない。

 けれども、今のままでは黄色い花は散ってしまう。

 

 散った花は二度と戻らない。……昔に試して失敗した。

 花が散るのはとても悲しい。

 

 だから、そういう時にチガヤはお願いをする。

 お花畑の中には、他の花を枯れさせないように動いてくれる花が存在する。

 お願いを聞いてくれない花もいる。その時はチガヤも諦める。

 それ以上のことはしたくない。

 

 でも、今回はお願いで解決できる気がする。

 青い花――ハルカズに手を伸ばして、


「……」


 その手を止めた。

 本当はお願いもしたくはない。

 

 だってお花は、自然のままが美しいから。

 どうしようもない時はある。

 けれど。

 

 ハルカズとリンネには……自分が見つけた、友達には。

 お願いをしたくない。

  

「ハルカズ……リンネ……」


 チガヤは悲しそうに、二輪の花を見守り続けた。



 ※※※ 



「あなたたちは、決断しなければなりません」


 その言葉を、遠い昔に聞いたことがある……ような気がする。

 ぐにゃぐにゃに歪んだ世界の中の、深い深い場所にしまわれていた思い出。

 それをリンネは俯瞰していた。

 幼い自分がいる。その隣にいる子は誰?


「どちらか片方が、国のために働くのです。その代価として、もう片方の幸せを約束しましょう」


 二人の幼子が顔を見合わせる。

 幼いリンネは優しい笑みを作って、自分より小さな女の子の頭を撫でた。


「わたしが、やります」


 女の人にそう告げて。

 幼いリンネが手を引かれていく。


「――じゃあね……」


 リンネは女の子と別れた。

 その子が誰なのか、リンネはわからない。

 知っていたかもしれないけれど、忘れてしまった。



 ※



「うっ……」


 痛みによって、リンネは目を覚ました。

 木造の、知らない天井を見上げている。隣には医療装置。

 少し離れたところでは、昼間に会った殺し屋が困惑している。


「お、起きました……?」

「そう、だね……」


 声を発するだけであちこちが痛い。視界が歪み、気持ちが悪い。

 この少女が敵かもしれないのに、ここが敵地の可能性もあるのに、戦闘態勢に移る気力もない。

 

 全身が痛い。

 殴られた時よりも蹴られた時よりも。

 撃たれた時よりも斬られた時よりも。

 あらゆる苦痛に支配されている。

 

 もう全てがどうでも良くなって、楽になりたい。

 そんな気持ちが、頭をもたげる。

 だとしても、まだ捨てたくないものも、ある。


「ハルカズ……は……」

「さっき外に。治療費のことで揉めて……」

「そっか……ぐ――!」


 意識が飛びそうになる。

 でもまだ、話したいことが、ある。

 彼を呼んで欲しい。

 それなのに、声を出して、お願いすることができない。


 

 ※※※



 殴った拳の痛みなど、全く気にならなかった。

 何をやっている。

 ハルカズは自問自答するが答えは出ない。動けなくなっている。

 その事実が情けなさに拍車をかける。


《ハルカズ》

「チガヤ……!?」


 ハルカズはジープへ振り返る。彼女は車に乗ったままだ。


《リンネが呼んでる》

「……わかった」


 ハルカズは小屋の中へと戻る。

 リンネは目を覚ましていた。

 今にも気を失いそうな状態で、気力で意識を繋ぎ止めている。


「起きたのか?」


 リンネは頷き、顔を歪めた。相槌を打つだけで苦しいのだ。

 声を出すのも難しいのだろう。

 

 顔は熱で赤くなり、瞳も充血している。

 浮き出た血管が、喉元から這い出ているように見える。

 この血管が全身を覆いつくした時、彼女は命を失うのだろう。


「お金、でしょ……」


 リンネが言葉を捻り出す。何を言いたいかはわかる。

 彼女は、自分を治療しない理由を言っている。


「……そうだ」

「ドケチ……」


 リンネが苦しそうに笑う。 

 狼狽えるハルカズより先に、リンネは言葉を続けた。


「なんて、冗談……。大金だもの」


 その反応を見て。

 ハルカズは説明するべきだと悟った。

 例えどれだけ言い訳がましくても。


「お前を救いたくないわけじゃないんだ。見殺しにしたいわけじゃない。ただ……」

「ただ……?」

「流儀に反するんだ」


 仕事をする上でタダ働きをしない。

 標的以外は緊急時を除き始末しない。

 報酬が見合っていない場合、その仕事は引き受けない・中断する。

 

 ハルカズが殺し屋稼業を始める上で決めた、ルールだ。

 それを伝えるとリンネは、


「そっか」


 とただ受け止める。

 その姿を見て、ハルカズは言葉を吐き出す。

 洪水のように無秩序に。決壊したダムのように。


「怖いんだよ、俺は」


 そう呟くと、闇医者が急に立ち上がった。


「ミヤ君だったか。コーヒーは好きかい」

「え? まぁ好きですけど……」

「では外で飲もうか」

「えっ、ええっ?」


 邪魔にならないためか、二人は出て行く。

 二人だけの空間になったことを確認して、ハルカズは続けた。


「俺も、お前と同じなんだ。殺し屋を養成する機関で育てられた。幸運に恵まれて……今はこうして、自由な立場だ。だけど……」


 あの頃の記憶が蘇ってくる。

 組織に命じられるまま、標的を殺す過去の自分が。

 無関係な目撃者も、偶然通りかかった通行人も、標的のことを知らない他人も。

 その全てを殺し尽くす、自分が。


「自信がないんだよ。自分が本当に変わっているのか」

「意外だね。自信たっぷり……にっ、見える、のに」

「ただのこけおどしだ。俺は昔の自分が嫌いだ。だから、二度と戻ることのないように、流儀を決めた。流儀を守っている限り、過去の自分に戻らなくて済む。でも、お前を救うことは……」

「流儀に、反する?」


 心臓を掴まれた感覚がした。


「……そうだ」

「……いい、よ」

「え……?」


 耳を疑う。リンネの言葉が信じられない。

 助けられる方法とそのための資金を持つ男の、自分勝手な振る舞い。

 それを、彼女は肯定したのか?


「きみのことは、うらま、ないよ。だって……きみ、は、なにもわるいこと、してな、いから……」

「リンネ……」

「でも、やくそくして、ほしい。チガヤのことは、ぜったい、とどけるって」

「それは……」


 言葉に詰まる。なぜ彼女がそこまでチガヤに入れ込むのかはわからない。

 それを知る機会は、刻一刻と失われていく。


「あとね、ひとつだけ、いわせて」

「なんだ」

「りゅうぎ、まもれ、なくても。ハルカズは、ハルカズだ……よ……」

「――っ」


 リンネは儚く笑う。

 そのまま気を失った。


「……」


 苦しそうに息を吐くリンネを、見下ろす。

 ドアが開いて、闇医者が戻ってくる。


「……覚悟は決まったかな?」


 問われて、ハルカズは答える。


「ああ、決まった」



 ※※※


 

 夜闇に紛れて、兵士たちが行動している。


「情報通りですね」

「シノビユニットには首輪がある。リードなしでも戻ってくるし、戻って来なくても自動で処理できる。便利な道具だ」


 アサルトライフルに弾倉をセットしながら、指揮官である山中は部下に言う。

 絶好のチャンスだ。護衛の片割れは戦闘不能。

 もう一人についてもデータが割れている。


「実力はある。そんじょそこらの兵士とは比較にならないほどに。英才教育だ。お前たちが市井でのほほんと平和を享受している間、あの男は戦闘訓練を受け、銃を撃ち、人を殺してきた。若いからと言って油断するな。戦いに年齢は関係ない」


 向こうは油断することを望んでいそうだが、山中には通用しない。

 そういう手口だ。自分を弱いと誤解させて、相手を油断させる。


「さあ、国のために、世界のために。お仕事といこう」


 命令を出そうとした瞬間、部下の一人が足を撃たれた。


「おお怖い。――戦闘開始」



 ※※※



 敵の足をセミオートライフルで撃ち抜いたが、誰も手を貸す様子はない。


「薄情な奴らだぜ」


 ハルカズは左眼に装着してあるタクティカルアイを、暗視モードへ切り替える。

 裸眼で別の敵に狙いを付けた。引き金を引くと悲鳴が聞こえてくる。


「助けてやれよ」


 だが敵は仲間を放置したままだ。下手に助ければ撃たれるとわかっているのだろう。

 木々に隠れながら接近してくる。

 ハルカズはライフルを撃ちながら岩陰へと移動した。

 

 丘の上にある家の周囲に遮蔽物は少ない。

 それは相手も同じだ。岩の左側から顔を出して銃撃。

 隠れて反対側へ移動し、引き金を引いた。

 

 一人倒したが、もう一人には逃げられた。

 敵を倒している間に別の敵が進行してくる。


(動きが違う……!)


 これまでの使い捨てとは違い、統制された動きだった。

 本気で殺しに来ている。リンネがダウンする瞬間を待っていたのだろう。

 まんまと思惑に乗せられている。

 それでも退くわけにはいかなかった。


「治療費がもったいないからな!」


 正面から銃撃を受けて隠れる。

 その隙に進軍してきた敵の右腕を撃ち抜いた。



 ※※※



「ひ、ひい!」


 銃声に驚いて、ミヤは耳を塞ぎしゃがみ込んだ。

 

 何度目かわからない自問をする。なんでこんなことに。

 今のところ、人生はずっとこんな感じだ。

 

 そも、ミヤがこの仕事をしたきっかけはミヤ自身の過失ではない。

 大金が必要になった理由は単純明快。親が借金をしていたからだ。

 しかもまともではない相手に借りていた。

 その上で、ミヤを残して蒸発した。

 

 借金取りが取り立てる相手は、ミヤしかいない。

 だからなんとしても借金を払わせようと必死だった。

 

 ミヤは公的機関の支援を受けようとしたが、無理だった。

 人手不足の昨今、弱者救済サービスは著しく劣化している。

 ミヤのような子供を救うのは税金の無駄だ。

 ちょっとでも面倒くさい事情が絡むと、行政は平気で切り捨てる。

 

 昔はもっと手厚かったんだけどね、しょうがないよね。

 そんな風に担当官に言われ、絶句したのを覚えている。

 

 返済能力のないミヤに対し借金取りは選択肢を提示した。

 自分の身体を売って金を稼ぐか、殺し屋になって他人の命を奪い稼ぐか。

 

 悩んだミヤが選んだのは後者だった。

 そして今、一人も殺せないばかりか、巻き込まれて殺されそうになっている。


「なんで私ばっかりこんな目に……」

「シャントを使わずにスムーズに透析ができるなんて、一昔前では考えられないことだ。医学の進歩は凄まじいな。そうは思わないかね」

「難しい話はわかりません!」


 何事もないかのように治療を進める闇医者。イカレているとしか思えない。

 ハルカズという男も、リンネという少女も。

 ポッドの中に入っている正体不明の少女も、みんなおかしい。

 ここまでくると、自分もイカレているのではないか錯覚しそうになる。


「ふざけんな! オセロ感覚で狂人になってたまるか! ひい!」


 窓ガラスが割れた。家の周囲を敵に囲まれているらしい。

 が、闇医者は全く動じずに端末を操作している。


「頭とか下げないと!」

「もし撃たれるとするなら、その時はその時だな」

「何言ってんの……!?」

「怖いのなら向こうの棚にシールドを隠してある。それで身を守りたまえ」


 闇医者は殺されても別にいいらしい。なんで?

 ともかく、ミヤは床を這って棚へと移動した。

 防弾シールドを手に持つ。素手よりはマシだろう。

 と、思ったらすぐそばの窓が割れて、にゅっと銃身が飛び出てきた。

 

 狙われているのは闇医者とリンネだ。

 闇医者は治療に集中して気付いていない。

 

 まぁだとしても自分には関係ないここにはその場の勢いで来てしまったし逃げなかったのもどうしていいかわからなかったからだしこの人たちが死んでも良心は痛まないはず――。


「……っ」


 死にかけるリンネを、心配そうに見つめるハルカズの顔が目に浮かんだ。


「うわああああ!」


 ミヤはシールドで突撃。兵士の銃を弾き飛ばす。

 そのままポケットからナイフを取り出して、腕に突き立てた。


「このッ!」


 だが兵士は止まらない。窓から室内に侵入すると、ミヤに殴りかかってきた。

 床に身体を投げ出される。身を縮こませてシールドで身体を覆ったが、兵士は構わずに拳銃を撃ってきた。


「ひえええええ!」


 銃声が響き、銃弾が盾を鳴らす度に死んだと思う。


「ガキが、死ね」


 男が強引にシールドを剥がした。銃口が頭部に向けられる。

 同情なんてしなきゃよかった。

 恐怖のあまり目を瞑って、


「ぐわあ!」


 兵士の悲鳴を聞いた。恐る恐る目を開けると、ハルカズが窓から男の腕を射抜いていた。


「くそッ! この……!」


 兵士はまだ抵抗しようとする。ミヤは立ち上がり、シールドを両手に持つ。


「弱い者いじめ、反対!」


 頭部に思いっきりシールドを叩きつけた。



 ※※※



「まずい……!」


 家の傍まで敵の接近を許していた。ハルカズは弾倉を交換しようとして、背後からの気配に気づく。

 兵士が飛び掛かってきた。咄嗟に振り返ったが、迎撃できない。

 

 地面に押し倒されたハルカズに、兵士はナイフを刺突しようとしてくる。

 左手で掴んで止め、右手で敵の顔を殴りつける。

 怯んだ隙にライフルで殴り飛ばして立ち上がり、仰向けになった敵に銃床を振り下ろした。


「後どれだけ……!」

《ハルカズ……》

「チガヤ!」


 チガヤの危機を察知して、ハルカズはジープの元へ移動する。

 ライフルを構えて索敵。だが、敵の姿は見えない。

 車の陰にいるのか?

 そう思って回り込もうとした瞬間、


《後ろ!》

「なにッ!?」


 足音もなく接近した男に蹴り飛ばされる。

 ライフルが落下した。

 拳銃に手を伸ばすが、先にライフルを向けられていた。


「やあ、青年。初めまして」

「誰だ……?」

「俺は指揮官の山中。国のため、世界のために、公共の敵である君たちに引導を渡しに来た」

「そいつはいいね」


 周囲を観察する。逃げ場か何かないか。

 山中は芝居がかった態度をとってくる。


「実際最高だぞ。人材不足のおかげでなんでも思い通りにできる。俺の代わりはいないから。しかし君の戦い方は、あまりうまくないな。ちゃんと殺してもらわないと。俺の価値が上がらないじゃないか」

「なんだって?」

「部下が死ねば死ぬほど、君の強さの証明になる。そんな君を倒した俺のブランドも高くなる。だからちゃんと宣伝に協力してもらわないと。君だって、その方がいいだろう?」

「何言ってるんだ」


 話を合わせながら隙を探る。


「子どもを無理やり兵士にするより、俺を使った方がいい――そう思われた方が、君や彼女のような悲しい境遇の子が増えなくて済むだろう?」

「……」


 その考え方には同意するが、それを他ならぬ子供を殺そうとしている男が言うのは気に食わない。

 ハルカズは視線でタクティカルアイを操作する。

 左袖に隠してある仕掛けを起動させた。


「おっと怒らせたか? 怖いな。幽霊部隊を敵に回すのは恐ろしい」

「なぜそれを」

「特殊工作専門として我らが国防隊が作り上げた隠密部隊。彼らが通った場所に残るのは死体だけ。凄惨な現場を見た者は皆口を揃えて言ったそうだ。幽霊の仕業だと。俺からすればそれは、生者がいた証明でしかないと思うのだが、君はどう思う?」

「さて……なっ!」


 ハルカズは左腕を山中に向ける――袖の中に仕込まれていた仕込み銃から小口径の弾丸が放たれた。


「おっと!」


 驚くべきことに山中は回避した。代わりにライフルへ命中する。

 拳銃を抜き、撃ちながら接近する。

 

 山中は銃口を見て弾道から身体を逃がし、拳銃を撃ってくる。

 それを至近距離で回避して、取っ組み合いになった。

 

 互いに拳銃を突きつけようとして、空いた手で弾く。

 ハルカズはナイフを抜き、山中も刃を煌めかせる。

 

 拳銃で殴るが、引き金を引いた瞬間に狙いは外されている。

 斬撃は受け流された。

 蹴りは左腕で防御される。


「やるじゃないか!」

「まだだ!」


 ハルカズはナイフを投擲。山中はナイフで叩き落とそうとして、


「うおっと!」


 左腕の仕込み銃を目視。回避行動を取る。

 そこへハルカズが突撃した。

 山中が吹き飛ぶ。拳銃の狙いを山中に付ける。

 彼は中腰の状態で笑みを浮かべた。


「なるほど、仕込み銃はブラフか。してやられたよ。さて、これで終わりかな?」

「……みたいだな」


 ハルカズは周囲を見回す。

 五人の兵士がアサルトライフルを向けていた。


「おめでとう。俺に勝ったぞ。冥土の土産としてはなかなかだろう?」


 拍手する山中。全く勝った気がしない。

 例え仲間がいなくても、この男は自力で切り抜けた気がする。

 その自信に裏打ちされた実力を、山中は備えている。


「安心しろ。君は俺の中で生き続ける。強い相手は忘れないからな」 

「嬉しくないね」

「酷いな。でも、そのタフさは見上げたものだ。……残念だが、コミュニケーションは終わりだ。朝食の予約をしてあるんでね」


 山中が手を挙げる。そして、振り下ろした。

 兵士たちの指が一斉に動く。


(ここまでか……)


 ハルカズは死を覚悟して目を瞑った。

 銃声が轟く。

 しかし、衝撃が襲って来ない。痛みもない。

 ゆっくりと目を開く。

 

 飛び込んできたのは、ぴっちりとしたコンバットスーツと。

 黄昏色に輝くポニーテールだった。


「おっと、これはまずい」


 山中が呟いた瞬間、兵士たちがリンネに向かって銃撃する。

 リンネは跳躍し、刀で直撃弾を切り裂く。

 兵士の元へ着地し、蹴りを頭部に放った。

 

 別の兵士がリンネを狙う。が、銃口は明後日の方向に向けられる。

 ハルカズが利き腕を弾丸で貫いたからだ。別の敵も撃つ。

 最後の男は弾丸を切り裂きながら迫ったリンネに、刀の峰で気絶させられた。


「リンネ……」


 復活を遂げたリンネに声を掛ける。

 リンネもこちらを見てきた。得意げに。


「やっぱり私の方が強い」

「最初に言うことがそれか。……確かにな」


 同意すると、嬉しそうにリンネは笑う。

 警戒心を戻した。

 山中が嘆息する。


「ハルカズ。君は幸運に恵まれてるな。幽霊部隊の時は英雄に救われて、今度はこれか? 羨ましいよ」

「この人誰?」

「国防隊に雇われてる男だろうな」

「まぁそんなとこだ。俺はお国のために命を散らすほど、国防に熱心ではないのでね。降参させてもらう」


 武装解除して両手を挙げる山中。食えない男だ。


「君たちはたぶん殺さないだろうが、一応な」

「……どうするの?」


 リンネが刀の切っ先を向けた状態で訊ねてくる。


「どうもこうも、このまま放逐するしかないだろ。……二度と追ってくるなよ」

「それはフリか?」


 この状況でなお、冗談を言ってくる山中には流石に呆れた。


「あのなぁ」

「冗談だ。大量破壊兵器の件に限っては手を引こう。では、退散させてもらうよ。朝食のパンが俺を待っているのでね」


 そう言うと、ホールドアップの状態のまま颯爽と歩き始めた。


「……いいの?」

「ああいう手合いを殺そうとすると絶対後悔する。お前も危なかったぞ」

「危なくない」

「いーや、あれは厄介な手合いだ。たぶんお前の刀裁きにも普通に対抗してきた。そういうタイプの、敵に回したくない奴だよ。間違いない」

「ハルカズが弱いだけ」

「あのな……いや、いいさ。兵士たちを拘束するぞ」


 ハルカズは兵士の腕を拘束し始めた。どうするかは闇医者と相談しよう。

 リンネは遠くを見ている。日の出だ。

 夜が明けて、太陽が顔を覗かせている。


「手伝ってくれよ」


 気絶した兵士の数が多いので骨が折れる。

 呼びかけると、リンネが振り返ってきた。


「ねえ」

「どうした?」

「――ありがとう」


 日の光と共に降り注ぐ、満面の笑み。

 ハルカズは思わず顔を背けた。

 あまりにも、眩しかったから。



 ※※※




 林をホールドアップのまま進む山中は、その気配に勘づいた。

 この距離になるまで気付けなかったとなると、相当な凄腕だ。

 ああ、マジか。せっかく有名店の予約ができたというのに。

 などと思っていると、意外なことに声を掛けられた。


「あんたはまだ仕事を続けるのか?」

「ん? いや? 約束したからな。なかなか楽しめたし、今回は潔く手を引く」

「国に再度命じられたら、また襲うんじゃないか?」

「それを決めるのは俺の方だ。立場が上だからな」


 雇い主より雇われの方が、立場は強い。

 少子高齢化という不治の病魔に冒されているこの国では。


「嫌われてるだろ、お前」

「実に興奮するな。あいつらは俺が嫌で嫌でしょうがないのに、俺を使うしか生き残る術がない。人材不足社会、最高過ぎるね」

「見逃そう。さっさと行け」

「そう言うなよ。せっかくだからもう少し話を……おや」


 気配が消えた。つれない男だ。


「まぁなんでもいいさ。人手不足万歳!」


 山中はスキップしながら街へと繰り出す。

 朝食が彼を待っている。

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