第4話 トライアングル

「あの青年、結構やりそうですね」


 映像を分析していた男に、部下が話しかけてくる。


「そうだな、実力はある。プラタプスなんて呼ばれてる男だ」

「プラタプス……カモノハシ、ですか。なんだか間抜けですね」

「だが毒を持ってる」

「毒ですか」

「見た目に騙されるな、ということさ」


 トイレでのされた傭兵たち。彼らはちょっと喧嘩に強い程度の相手なら、問題なく始末していただろう。

 だがそうはならなかった。

 18~19程度の若輩者でも、戦闘経験が豊富なプロだ。


「殺し屋稼業を始める前の詳細が知りたい。何かあるはずだ、何か。相棒のシノビガールと同じような何かがな」

「裏切り者のくノ一ですか。あいつら、一体何やってんですかね。飼い猫に逃げられるなんて」

「子どもを使ってドヤ顔してる連中に、一泡吹かせる絶好のチャンスだ。国防とはこうやるんだと、手本を見せなきゃな」

「ですが、いいんですか? こちらから動かなくて。そろそろ他の敵対組織が標的と接触しますよ」

「いいんだよ。ぼやを消すよりも、火事になってから消化した方が、なんかすごいことした感じがするだろ?」


 男は茶目っ気に笑う。

 実際はぼやを消す……事態を未然に防いだ方が優秀だ。

 しかし人はわかりやすい結果を求める。特にお偉方は。

 ならば地味に予防するより、派手に解決した方が得なのだ。



 ※※※



 調達屋に用意してもらった車は、こちらのオーダー通りの性能を発揮してくれた。

 緑色の民間用ジープをハルカズが運転する。後部座席はチガヤを積めるように改造してあった。

 

 なかなかにいいお値段はしたが、報酬から前借りすることで問題なく支払えた。

 軍資金に十億の余裕があると考えると、金払いも気前良くできる。


「高速道路は使わないんだ」


 助手席のリンネが言う。


「それは――」

《逃げ場がない、から?》


 チガヤの思念にハルカズは頷いた。


「そうだ。それに、戦闘になったら車から降りて戦うことになる。パニックを起こした一般車に轢かれたくない」

「避ければいい」

「俺はパワーアシストなんか装備してないし、ナノマシンで反射神経を向上させてないからな」

「……知ってたの?」

「当たったか。脚力は外骨格で説明がつくが、弾丸を斬り落とすほどの反応速度は、ごく一部の達人を除いて、神経伝達を何らかの方法で強化してないと無理だ」


 リンネが眉を顰める。


「ま、そうだとしても、相当に訓練しなきゃ会得できないだろうけどな」


 リンネの表情がわかりやすく変わった。

 ハルカズとしてもリンネの実力を否定する気はなかった。

 

 彼女の強さはこの任務の要だ。

 だが、できれば戦わせたくはない。少し引っかかるところがあった。


「このまま青森を抜けて、順当に南下して行きたいところだ」

「……行けると思う?」

「無理だな」


 ハルカズはジープを右折させた。



 ※



『ターゲットは市街地を悠々と車で移動中。バカなんじゃないの?』


 通信を受けた男は笑みを湛えたまま応じる。


「仕方ないさ。彼らは彼女の価値をわかってない」


 白衣を纏う男は穏やかに、胸の内に秘める自信を隠さずに言う。

  

『ふん。じゃあ始めるよ』

「うん、頼むよ」


 男の指示を聞いて、部隊が動き出す。

 興奮を隠し切れない。

 間もなく友達に会えると思うと。



 ※



 リンネは助手席のシートに身を任せながらも、周辺の警戒を怠っていなかった。

 どこからどんな攻撃が飛んでくるかわからない。

 一番に警戒しなければならないのは狙撃だ。

 

 幸いにして、この車は防弾仕様らしい。

 狙撃によって頭を撃ち抜かれることはないだろうが、だとしても、攻撃を受けていいという話ではない。

 できるなら、先に発見してこちらから仕掛けるのが理想だ。

 ゆえに目を凝らし、異常がないかを確認していると、


《何かが来てるよ》

「何か?」


 ハルカズがチガヤに訊き返す。


《うん。変わった形の、お花が》

「変わった形――ちっ!」


 何かが進路上に落下してきて、ハルカズが急ブレーキを踏む。

 咄嗟に足を踏ん張って、衝撃を最小限に抑えた。

 

 停止する寸前にシートベルトを外し、ドアを開けて外に飛び出ている。

 拳銃を抜いて、ブレーキを踏む原因となった障害物へと向けた。


「よく止まったな。いい反応だ」

「落石注意の看板はなかったぜ?」


 軽口を叩いて、運転席側のドアからハルカズが降りてくる。


「遅い」

「無茶言うなよ。普通は停まってから降りるもんだ」


 ハルカズの身体能力の低さに呆れながらも、リンネは索敵を終えていた。


「三人」「三体か」


 同時に敵の数を言い当てる。リンネは少し見直した。

 右に赤髪の少女らしき人影。

 左側の街路樹の陰に長髪の痩せた男。

 そして正面にいる岩のような大男の、三人だ。


「これだけとは思えないな」

「伏兵がいるってこと?」

「どうだろうな。もしそうだったらさっさと狙撃するはずだろ。この時間が無駄だ。ただ、回収係か何かはいるはずだ。チガヤを殺す目的ではなさそうだし」


 チガヤを殺すつもりならもう撃たれている。リンネも同意見だった。


「チガヤを護衛していた人の仲間?」

「それだと不自然だ。すぐに回収班を出せるほど余裕があるなら、俺たちがあんな簡単に突破できるはずはない」

「チガヤが欲しいどこかの研究機関ってこと?」


 つまり脅威度が二番目の勢力。

 チガヤの生命の安全が保障されている以上、比較的自由に立ち回れる。


「俺は――」

「私がやる!」


 リンネは大男に向けて疾走した。刀を振り上げる。

 男はあろうことか腕で防御しようとしている。

 

 先程見せた高所からの着地で、何らかの肉体補強はされていることは予想済み。

 それを見越した上で、刀の切れ味は上げている。

 

 シノビユニットに支給されている流動ブレード。

 物質流動システムによって、刀身の切れ味を対象に合わせて調整できる刀だ。

 人体から装甲まで。

 

 単独で敵地に潜入、暗殺や破壊工作をしなければならないシノビたちに合わせて支給された万能刀。

 ゆえに、容易く両断されると思われた右腕は、


「どうした?」「――ッ!?」


 ただの皮膚によってその形を保持した。

 リンネは瞠目しながら振るわれた左腕を避ける。

 

 グラスに搭載された小型カメラが大男を分析。最適な数値に刀身が流動する。

 パワードスーツが光学迷彩で隠されているようには見えない。

 薬物を使用した肉体強化にも限度がある。

 

 つまり、この男の皮膚は、その内側に巡る筋肉は……戦車の装甲よりも硬い。

 その事実に目を見張るも、すぐに関係ない、と思い改める。

 

 戦車よりも硬くても、それを上回る鋭利な刀身で斬るだけだ。

 もうこの腕は跳ね飛ばせる。

 

 ――殺った。いや殺っちゃダメか。チガヤが悲しむから。

 

 リンネは再度大男へ肉薄。腕の腱を斬ろうとして、中断した。

 炎が放たれたからだ。

 

 そちらに視線を向けて瞠目する。

 放ったのは少女だ。それ自体に違和感はない。

 問題は、少女が武器を所持していないことだ。ただ手を翳している。

 手のひらから炎を放出したのだ。

 

 全身を隈なく観察する。火炎放射器かその類の装備がされていないか。

 だが、ない。

 再び炎が放出されリンネは後退。

 

 そして、炎を突き破って迫ってくる拳に刀を合わせた。

 衝撃を抑えきれず、身体が弾き飛ばされる。


(肉体の硬度が上がって――いや、それよりも、これは……!)

「バカじゃないの?」


 判断に迷うリンネを少女が嘲笑う。


「我々はトライアングル――超能力者で構成された戦闘ユニットだ!」


 リンネへ向けて、大男が突進してくる。 



 ※※※



 リンネが二人を相手にしている間、ハルカズも長髪の男と対峙していた。

 武器を所持していない。他の三人と同じだ。


「読みが当たったな」


 当たって欲しくはなかったが。

 ハルカズは拳銃の狙いを男につけた。このまま何事もなく倒れて欲しい。

 その願いは、男が口から息を吐き出した瞬間に打ち砕かれた。


「うおッ!!」


 まるで突風が吹いたかのようだった。

 身体がふわりと浮いて、アスファルトに背中を強打する。


「肺活量えぐすぎんだろ」


 息を吐くこと。

 それが彼の武器らしい。

 正直常識を疑う光景だが、チガヤのおかげですんなりと受け入れられる。


「超能力者、か」

「察しがいいな」


 痩せた男がこちら歩いてくる。

 拳銃を前に余裕の態度だ。銃弾は風に流される。

 ライフル弾ほどの威力があれば別だろうが、拳銃弾では彼の吐息の影響は免れないだろう。

 

 彼が吐いているのはもはや息ではなく風だ。

 だから銃口を前にしても怖じずにいられる。

 

 噴射音がして、ハルカズは後方を見た。

 リンネを炎が襲っている。

 そして、火傷する様子もなく迫る大男から逃げている。


「デタラメだな」


 ハルカズは拳銃を仕舞った。

 下手に撃ってリンネの方向に流されたらまずい。

 ナイフを引き抜き、様子を窺う。

 幸いにして、殺傷能力はない――そう考えた矢先、男が口をすぼめた。

 

 間の抜けた顔だが、結果は笑えない。

 ギリギリのところで首を傾けた。

 右頬から血が垂れる。息の吐き出し方で鋭さが変わるようだ。


(ちょっとまずいかもな)


 吐息男と対面の状態は極めて不利だ。

 鋭い息なら、弾丸を避けるのと同じ要領で躱せる。

 しかし広範囲の突風はどうしようもない。死ななくても身体は宙を舞うし、地面へ叩きつけられるダメージは無視できない。

 

 落ちる場所によっては致命傷を受けるかもしれない。

 うっかり空にでも飛ばされて、電線にでもぶつかってしまったら、人体の素揚げの出来上がりだ。

 

 さてどうする……ハルカズが思案していると、背後での攻撃が止んだ。

 リンネがどうにかなったのか――心配した直後、背中に軽く衝撃が奔る。


「……邪魔なんだけど?」

「そっちが邪魔してるんだろ」


 どうやら退避ルートがハルカズの位置と被ったらしい。

 背中合わせの状態になって、互いが互いの敵を見る。


「そのやせっぽっちまだ倒せないの?」

「そっちこそなんで時間が掛かってる」

「あの男、妙に硬くて。あの子どもも邪魔だし」


 道中、ハルカズはリンネの装備について説明を受けている。

 切断力を可変できるブレードでも手こずるとなると、厄介すぎる状況だ。

 

 どうやってこの場を切り抜けるべきか。

 悩んでいるハルカズは、ジープの側に立っている男に気付いた。

 拳銃を向ける。リンネと同時に。


「やぁ。トライアングルの強さ、実感してくれたかな?」


 男の風貌は戦場どころか街中にも似つかわしくないものだった。

 白衣を着た、科学者風の男だ。

 病院か研究施設がお似合いの、金髪の男だ。


「指揮官か?」

「見ての通り僕は科学者さ。指揮官じゃない。けどどうしても友達に会いたくてね。指揮官の真似事をしているよ」

「……友達」


 リンネが反応する。

 まさかこの男がチガヤの会いたい人か?

 もし本当にそうだったら驚きだが、可能性として有り得なくはない。

 

 チガヤに問いたいところだが、彼女は事前の言いつけを守って無闇に思念を送らないようにしている。

 戦闘が落ち着くまで聞けそうになかった。


「君たちは彼女の価値をわかってない。彼女の隣には、僕のような価値を知る者が相応しい。抵抗せず、彼女を渡してくれないか」

「渡せばどうな――」「断る」


 ハルカズとリンネが顔を見合わせる。


「……今渡すことを考えた?」

「とりあえず話を聞こうと思っただけだ」

「どうせお金目当てでしょ。最低」


 リンネが冷ややかな眼差しで見てくる。


「だから違うって。これも戦術の一つなんだよ。話がわかる風を演じて情報を引き出すの!」


 そしてしまった、という顔を作る。

 わざとらしく。

 科学者の男は、気付く様子もなく呆れた。


「今のやり取りで再認識したよ。やはり、君たちに彼女は相応しくない。友達として、悪い虫は排除しなきゃね」


 科学者の言葉を聞いて、超能力者たちが近づいてくる。


「……どうするの」

「信じるか?」

「信じない」

「即答かよ。俺から見て、右から三番目のやつ」


 説明を端折った指示にリンネは従う。左手をハルカズの背部ポーチへと突っ込み、グレネードを取り出した。


「少女に」

「わかった」


 その返事を合図にして。

 二人は同時に動き出す。



 ※※※



「超能力者の敵?」


 ジープを運転するハルカズにリンネは聞き返した。


「想定するに越したことはないと思ってな」


 ハルカズはリンネが思った以上に、多くのことを予測しようとしている。

 リンネはあくまでも実行要員だ。

 事前調査で組み立てられた作戦に従い、標的を始末するのが主な仕事だった。

 自分の領分以外は、全て組織にお任せだ。

 

 対して、ハルカズは個人で活動している。

 依頼を受けるのも、計画を立てるのも、準備をするのも、行動するのも。

 全て彼が取り仕切る形となる。

 だから視野がリンネより広いのだ。


「チガヤみたいな存在が一人だけであって欲しいと切に願うが。実際、そう思い通りにはいかないだろう。チガヤの友達が同じ超能力者でも不思議じゃない。友好的な超能力者がいるなら、敵対的な超能力者だって出てくるはずだ」

「そんなにたくさんいるとは思えないけど」

「こういう時は悪い方向に考えておくのさ。チガヤを欲しがる勢力の話はしたろ?」

「研究機関か何かでしょ」

「そう、研究だ。超能力研究をしているような組織なら、超能力兵士か何かを抱えていても不思議じゃない。こんな研究、軍事目的がメインだろうしな。チガヤ抹殺のため、お前みたいな優秀な殺し屋を送り込んでくる相手とも、小競り合いをしなくちゃならないんだ。戦える力があるのなら、遊ばせてる余裕はないだろう」


 優秀と言われて悪い気はしない。

 実際に、リンネは組織の中でも成績はトップだった。

 珍しく素直に聞いてやろうという気が芽生える。


「それで?」

「対策を立てないとな」

「情報がなさすぎるでしょ」


 まだ超能力兵士が存在するかも怪しい状況なのに。

 リンネが突っ込むと、そうでもない、とハルカズは返してくる。


「まだ推測の域は出ないが、なんとなくな」

「言って」

「チガヤの能力はすごい。すごいが……あくまでも人体の延長線上のすごさなんじゃないかと思っててな」

「延長線上?」

「デタラメはデタラメだが、まだ理解できる範疇のデタラメなんじゃないかってことだ」

「魔法とか、そういう理不尽さはない……ってこと?」

「そうだ。人間の能力の強化。例えばチガヤだが……」


 赤信号で停止する。その間に、ハルカズはスマートデバイスを取り出した。


「ながら運転はダメ」

「いじるつもりはないよ」


 デバイスホルダーにデバイスを装着する。ピコン、と音が鳴って画面が点灯した。

 調達屋からのメッセージだ。


「原理としてはこれに似てるんじゃないかと」

「チガヤは機械ってこと?」


 リンネは後部へ振り返る。

 微笑んだままのチガヤが、車の振動で僅かに揺れていた。


「そういうわけじゃないが。人体には生体電気が流れてるのは習ったか?」

「うん」

「スマートデバイスは、電波で送受信を行ってる。詳しい理論は俺も知らないが、電波は電気エネルギーの波のことだ。脳は……ニューロンだかなんだかが、電気信号でネットワークを形成しているらしいじゃないか。そういう類の能力を強化した結果、電気信号や生体電気の応用か何かで……脳内の情報をチガヤが送受信できるようになったとすれば、まだ科学的に聞こえるだろ?」


 ハルカズが言いたいのは、人が発する電気情報をチガヤが送受信できるようになっているのではないか、という仮説のようだ。

 だから、こちらの考えを読むことができるし、相手に思念を送ることもできる。

 

 それこそ、スマートデバイスでメッセージをやり取りするかのように。

 一理あるかもしれない、とリンネが思い始めると、


《うーん……電気、なのかな?》


 チガヤが思念で首を傾げている。

 少なくとも本人はピンと来ていないようだ。


「……はずれ?」

「俺は専門家じゃない。チガヤの能力について断言なんかできないぞ。ただ、言いたいことは伝わっただろ?」

「超能力は人体の強化。魔法じゃない……」

「そうだ。そう考えれば、それとなく、攻撃向きの能力も予想がつくってもんさ」



 ※



 リンネはグレネードを少女に向けて投げる。

 大男が庇うように少女の前に出た。グレネードの衝撃も、この岩のような男には大した効果がないのだろう。

 

 力を込めて、筋肉を硬くする。その強度が著しく強化されている。

 もしハルカズの推測が当たっているならば、彼の超能力はそんなところか。

 

 大男の前でグレネードが炸裂する。が、その爆発は極めて小規模だ。

 殺傷ではなく、中身の拡散を目的とする爆発。


「煙幕かっ!?」


 白い粉末で視界を覆われた大男が叫ぶ。


「目くらましなんて、バカじゃないの!」


 少女が纏わりつく白い煙を炎で吹き飛ばそうとする。

 そして、愕然とする。火がまともに出ない。

 否、火が出た瞬間に掻き消えている。


「消火剤――え」


 少女が小さく驚く。

 炎を放出しようとした手のひらに風穴が開いたからだ。

 素早く移動していたリンネによる銃撃によって。


「う、う、うぎゃああああ!」


 絶叫する少女に肉薄したリンネは、その顔を殴って気絶させた。

 視界が回復した大男が殴りかかってくる。

 脚力を生かして避けて、懐に飛び込んだ。


「一対一なら!」


 リンネは刀を腹に向かって突く――ように見せかけて、蹴りを正面に放つ。

 大男の股間目掛けて。

 大男が獣のような声を響かせる。

 

 怯んだ隙に、男の急所とはまた別の、人体において柔軟性が必要な部位を狙った。

 腕の関節だ。

 可動性を保持するためには、関節の強度を犠牲にしなければならない。

 

 もしかすると、本来の彼のポテンシャルであれば、関節部も強固にすることができたのかもしれなかった。

 ただし、能力には発動するまでのタイムラグがある。

 

 一瞬の時を稼げれば十分。

 刀で両腕の関節に切れ込みを入れて、強化されたキックを顔面にお見舞いした。



 ※※※



 ハルカズは吐息男へ疾走する。

 吐息男は鋭い息で迎撃してきたが、その攻撃タイミングは学習済み。

 吐かれる息は無色透明。目視で確認することはできない。

 

 それでももう見切っていた。

 躱しながら突撃する。息が吐かれたタイミングでナイフを投擲。

 痩せた男の右足に突き刺さり、悲鳴を上げながら倒れた。

 

 そこへハルカズが飛び掛かる。

 慌てた男が口を大きく開けて、息を思いっきり吐き出した。


「うおッ!?」


 ハルカズの身体が上空へと飛んでいく。


「や、やった……くッ!!」


 勝ち誇った吐息男は増援を認識した。

 リンネが急接近。吐息男は口を小さくして息を連吐する。

 

 リンネを倒すことはできないが、彼女も近づくことができなかった。

 それでも勝機はあると吐息男は考えているだろう。

 

 数的には互角だと。

 空を舞ったハルカズは、重力に引かれて潰れて死ぬと。


「甘いぜ」


 落下し始めたハルカズは男に向けて拳銃を撃つ。


「何ッ!?」


 男の注意が頭上のハルカズへと向いた。


「終わりッ」


 そこへリンネが切迫する。右ストレートが男を無力化させた。


「やべえ!」

「仕方ない」


 ハルカズが地面に激突する寸前に、リンネが跳躍。

 彼を救出して着地した。 


「危なかった。潰れたトマトになるところだったぜ」

「……お礼は?」

「ありがとうよ、信じてくれて」

「まぁいいけど」


 リンネはハルカズの読み通りの、完璧な動きを行ってくれた。

 おかげで花を枯らすことなく無力化できた。


「さて……」


 ハルカズとリンネは最後の敵を見る。

 科学者は青ざめた顔でこちらを見ていた。


「ば、バカな……トライアングルが……ただの人間風情に」

「どれだけ強い力を持っていたって、素人じゃな」


 この三人の本領は正面切っての戦闘ではなく、暗殺とかそういう分野だろう。

 武器を所持していない無力な一般市民――そう誤解させて、不意を突くのが一番有効な運用方法だ。

 この男はそれを見誤っていた。ハルカズたちの力量についても。


「お前たちみたいな子供に……」

「侮ってくれてありがとうよ。それも作戦の内だからな。見事引っかかってくれた」


 まず相手を油断させる。

 それがハルカズの戦術だ。

 ハルカズは拳銃を科学者に向ける。


「ま、待て! 僕は彼女の友達だ! そんな僕を殺すなんて……!」

「本当に友達だったとしても、撃たない理由を探す方が難しいぜ」


 ハルカズは、超能力者を兵士として用いるような奴にチガヤを届ける気はない。

 リンネも同じようで、彼女も拳銃の狙いをつけている。


「僕は本当に友達で……彼女を価値を誰よりも理解していて――」

《この人は友達じゃないよ》


 ジープのバックドアが開いてチガヤが出てきた。

 ゆりかごが彼女の意志に従って自走している。


「そんなことはない、僕は……!」

《だって、私とはきっと、仲良くなれない色をしてるもの》

「違う! 僕は君と友になる価値のある男で――」

「友達がどうとか俺はよく知らないが……友達になるのに、価値なんてものが必要なのか?」

「っ!?」

「さっさと行って。じゃないと殺す」


 リンネが冷たい声音で警告する。

 悲鳴を上げて、科学者が逃げて行った。


《二人とも、ありがとう》

「礼はいい。さっさと行こう。他の組織に襲われたらたまらん」


 ハルカズたちはジープへと乗り込んだ。



 ※※※



「ありがとう」


 二輪のお花にチガヤは改めて感謝を述べる。

 今度は聞こえないように言った。なんでそういう風にできるのかチガヤにはわからない。

 

 けれども、その花が何を考えているのか、どうしようとしているのか。

 性格や名前なんかもわかる。

 より深く見ようとすれば、その人の過去だってわかるかもしれない。


「超能力……」


 お花畑の中に、チガヤの呟きは消えていく。

 チガヤは花畑を見回した。色とりどりで、形も違う。

 どのお花も美しい。

 いつものように美しさを愛でていると、ポキリ、という音が後ろから響いた。

 

 その音が何を意味するのか、チガヤはわかっている。

 それでもあえて振り返って、悲しそうに俯いた。


「また、枯れちゃったね……」


 今日もどこかで花が散っている。

 チガヤにできるのは、大事な花が散らないようにすることだけだ。



 ※※※



「外敵を排除しました」


 血に染まった白衣を見下ろしながら、少女は納刀した。

 冷たさが灯る瞳の先には、四人の死体が転がっている。


「はい。ご命令とあればいつでも」


 指揮官に応じながら、黒い戦闘服に身を包む少女は歩き出す。


「敵と裏切り者はすぐに抹殺できます」


 外骨格で強化された脚部で跳躍する。

 黄昏色の短髪を振りまいて。

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